7-B 光 後編
『Lighting』
http://www.youtube.com/watch?v=l2bPl13h6y4
この曲の歌詞の意味が、ようやく分かります。
長い螺旋階段を昇っていく二人。
「出口があるといいんだがな。」
何者かに、良いように泳がされている気がしたが、ほかに選択肢も無い。
「晃陽くんの友達のことは?」
「今は、光のことが先決だ。必ず無事に連れて帰る。」
光は少し笑いながら、晃陽に訊く。
「晃陽くん、明の前でもそんな感じなの?」
「人によって態度を変えるのは嫌いだ。」
「そっかぁ。じゃあ、まだ弟の望みはあるかも。」
「随分とこだわるな。弟に憧れでもあるのか?」
「憧れっていうか、そういう子が、後輩にいたんだけど、一個下だから、もう先輩になるのか……う~、ややこしい!」
確かにややこしい。このまま学校に戻ったら、果たして光はどういう扱いになるのだろう。
「まぁ、行ってのお楽しみだな。何かあったら、俺が助けてやる。心配するな。」
「だからそういうことを軽く言っちゃうのは―――」
「何か悪いか?」
「ううん、もういい。確かに、楽しみだね。」
それからは、ただ黙々と歩き続けた。相変わらず疲れは感じないが、単調な風景に気が滅入り、口を開くのも面倒になってくる。
雲にまで届いたのではないかと思うくらい昇ると、終点が見えてきた。
「ようやく終わりか。階段じゃなくエレベーターでも用意しておけ。」
文句を言いながら昇り切った先は、また何もない半径五十メートルの大広間だ。
「光、疲れはないか。」
「うん、全然平気。それよりさ、あたし、思い出したよ。なんでこの変な世界に来たのか。あたしね、さっき言ってた後輩の両親を探しに来たの。」
「両親?ここにか?」
「分からないけどね。いや、こんな場所じゃ、きっといないよね。」
―――親が、居ない。
(俺は養子だよ。)
「その後輩って、部活のか?」
「そうだけど?あたしが始めたの。」
―――部活。
(俺“たち”が始めた部ですから。)
「まぁ、部員は三人しかいなかったけどね。」
(去年は三年が一人籍だけ置いてくれたんだ。だからユーレイ部員だろうがシャドウグールだろうが今年も誰か入れないといけない。)
胸がざわついていた。だが、無視した。そんなこと、あるわけがない。だが―――
「光、その部活って、文芸部か?」
「え?なんで分かるの?」
晃陽は、答えられなかった。
「……嘘だ。」
知らず知らずのうちに、呟いていた。
「いいや、お前の思った通りだよ。晃陽。」
背後から、声。
「何で―――何故なんだ、黎!」
振り返ると、澄ました表情で、友人が立っていた。
「黎?本当に、黎なの!?」
光が呼びかける。沈黙。
「黎、どうしてだ。いや、一体、何をしたんだ?」
「ふふ、当ててみろよ。お前の得意な妄想で。まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。」
黎は、広間の北方向へ歩き出した。
「やはり、晃陽の部屋に通じた“道”は閉じたか。まぁ、それは想定内だ。」
黎の向かった先をよく見ると、人一人が通れるくらいの、黒い穴が開いていた。
「よし。“出口”はある。晃陽!考えは、まとまったか?答え合わせをしてやるよ。」
快活な声で晃陽に呼びかける。晃陽は、面白い玩具を見るような目を見つめ、話し始める。
「二年前、文芸部には三人の部員がいた。三年生で部長の貴江、二年生に光、そして、一年生の黎。」
黎は腕組みをし、軽く目を閉じて聞いている。まるで心地よい音楽を聴いているような様子だ。晃陽は続ける。
「そして、夏休み前、六月の下旬辺りに、光と明が神隠し……いや、この街に迷い込んだ。運よく明は戻ってこられたが、光は影喰いに襲われ、閉じ込められた。現実世界では、光のことは忘れられてしまった。」
黎は舟をこぐように頷きながら「続けていいぞ。」と、言う。
「だけど、黎だけは憶えていたんだろう。お前は特別みたいだからな。」
特別、という言葉に少し反応する黎。
「何故、そう思うんだ?」
「影喰いに襲われた光の体は、自然に戻ることは無かった。思い出してみたら、俺もそうだ。敵を倒すまで、体が戻ったことは無い。お前だけなんだよ。何もせずに回復したのは。」
「なるほど。それが、俺の特別か。」
「それだけじゃない。何をしたか知らないが、お前は、この街にある程度干渉できるんじゃないか?この塔も、あの文字も、いや、この街全体も、お前が作ったんじゃないのか?」
黎が白い歯を見せて笑う。拍手をしながら「本当に、お前には驚かされるよ。」と言った。
「ほとんど正解だ。細かいことを言うと、この街自体は最初からこんな感じだ。必要に応じて、少し動かしたりしたが。例えば、お前が最初にここに来た時とか、な。」
「行き止まりだったはずの道が、開けていた。そうだな、あれもお前がやったのなら納得できる。」
「あと、みんなが光のことを“忘れた”と、言っていたが、正確じゃない。“最初から無かったこと”にされたんだ。」
そこで、声色に怒気が帯びた。
「それ以外は、お前の言った通りだ。“特別”な俺は、光の存在が消えなかった。だから、絶対に救い出すと誓った。何を犠牲にしても。」
その言葉に、晃陽は引っ掛かりを憶えた。黎は、久しぶりに会えたはずの光と、未だに言葉を交わしていない。何を考えているのか。
「話が長くなったな。この穴が出口だ。こんなところからは、さっさと出よう。」
「待てよ、黎。この出口、ちゃんと閉じるんだろうな。この塔は、もう外から入り放題だ。影喰いが現実世界に出ていくかもしれない。」
黎はため息交じりに「やっぱりそう来たか。」と、言い、晃陽の疑問に答える。
「この出口は、閉じない。それだけじゃない。この街に作ったものは、もう、今の俺ではもとに戻せない。」
「そんな―――」
「だから何だって言うんだ!?」
黎が、声を荒げる。と、同時に、黎の体から黒い筋のようなものが湧き出した。
「そんなことは、些細なことだ。光を救うためには、こうするしかないんだ。」
晃陽は、考える。だが、やはり、納得はできない。
「来い、デイブレイカー。」
剣を出す。
「こいつの力なら、消せるかもしれない―――」
穴の方に近付くが。
「やめろ!」
黎の鋭い声と共に、剣先が動かなくなった。見ると、黒い触手のようなものが巻き付いており、それが黎の手先から伸びていた。
「れ、黎……。」
黎の、尋常ではない様子に二の句が継げない。
「やらせない。言っただろう。何を犠牲にしても、俺は光を助ける。」
黎の目を見た。光が宿っていない目。
「黎、だめ、止めて……。」
光が、擦れた声で呼びかけるが、黎は答えず、全身に力を込めるように、身を屈めた。
周囲の空気が揺れた。
「二年だ。二年も、光はこんな世界に閉じ込められていたんだ。俺だけが憶えていた。俺だけが、光を救うことができた―――」
黎の体から、身の毛が逆立つように黒い影が溢れ出した。
「晃陽、お前には分からないだろう。途中から物語に参加しただけのお前には、俺の、覚悟が!」
やがて、全身に黒い衣を纏ったような姿になった。
「邪魔をするのなら容赦はしない。全力で叩き潰す。この力―――光を救うために手に入れた“影無人”の力―――!」
両腕から“影”が鞭のように伸び、先端が枝分かれしていく。
「俺は影喰いの力を取り込むことができる。この姿になることに、迷いは無かった。晃陽も、覚悟を決めろ。俺の邪魔をするのなら―――」
腕がしなるように動き、触手状の影で攻撃を仕掛けてくる。
「―――俺と戦え。」
「……ッ!光、下がれ!」
晃陽が剣で影を弾く。しかし、先端で十本に枝分かれした影は自在に動き、反撃の隙を与えてはくれない。
「晃陽、お前はこの物語に、何を差し出した?」
剣に影が巻き付く。手を放し、再び呼び出し、次なる攻撃を防ぐ。影喰いと同じく斬ることはできるが、次々と復活する。
「いつも言っているだろう。ちゃんと時間をかけて練り上げろって。詰め込み過ぎず、削れって。お前の頭の中だけで完結している妄想を広げるだけじゃ、何も形になりはしないんだ、って。」
やはり、大元を叩くしかないようだ。
「俺には勝てないぞ。何一つ失わず、最高の結果だけを求める。そんな甘い考えじゃ、いつもと同じ、全て中途半端で終わる。いつもの、お前の姿だ。」
死角からの一撃、避けられない―――。
剣が弾かれ、影の鞭に吹き飛ばされた。床に背中から叩きつけられ、息が詰まる。
「晃陽くん!」
光が駆け寄って来ようとするのを手で制する。取り落とした剣の方に手をかざす。
「分かったか、晃陽。俺は光を助けるためなら全てを差し出す。」
「来い、デイブレイカー!」
剣を手に戻し、立ち上がる。
「いつもいつも、うるさいな、黎は。」
剣の切っ先を、黎に向ける。黎がわずかにたじろぐ。目鼻立ちのはっきりした顔だと思っていたが、こうして真正面から射抜くように見つめられると、分かる。
これは、何があっても決して揺らぐことのない固い意志を持った者の顔。
そして、黎はそれに気圧されている。自分を一直線に貫く光芒のような瞳を見て、覚悟が揺らいでいる。
「何かを差し出さなければ、何かを失わなければ良い結末を迎えられないなんて、それが本当にお前のやりたかったことなのか。勝手に悩んで、一人で袋小路に追い込まれて言っただけじゃないのか。方法なんか、ほかにもあったはずなのに、なんで言ってくれなかったんだ。」
黎は戸惑った表情を見せたが、何も言わない。だから、晃陽がその思いを代弁してやる。
「言ったって信じてもらえないと思ったか?そんなわけないだろう。黎がいつも付き合ってくれたように、どんなおかしな話だって信じたさ。―――友達だろう?」
黎が明確に怯んだ様子を確認して、剣を投げつける。そして同時に駆け出す。
黎が影で剣を防ごうとする瞬間に、手に呼び戻す。晃陽は既に、眼前に迫っていた。
影によるガードが、一瞬遅れる。黎の体に向け、剣を振りぬく。しかし、影を切り裂く刃は、届かなかった。
「この剣、生身の体を斬るには鈍だったな。」
黎は直前で影喰いの力を解除し、左腕で刃を受け止めていた。次の瞬間、晃陽の顎に強烈な一撃が入った。
「晃陽くん!黎、なんで!?」
光が叫び、晃陽の下に来る。黎は光の方を決して見ず、倒れている晃陽に話しかける。
「酷いこと言ってごめん。お前の言う通りだったかも知れないな。俺は主人公になっていたつもりの、ただのバカだ。勝手に一人になって、誰も信じられなくなってた。」
晃陽は立ち上がろうとしたが、顎に食らった右アッパーのせいか、体に力が入らない。どうにか動く口で、説得する。
「今からでも、十分だろう。一緒に―――」
しかし、その声は途中で遮られる。
「もうだめなんだ。この道は、選んだ時からこうなるしかない道なんだ。本当にごめん。」
絞り出すように言うと、黎は再び影の衣を纏った。
「さっきも言ったように、出口の穴を閉じることはできない。だが、この世界の影喰いを外に出すようなことも、しない。」
言いながら、影の触手を晃陽と光に巻き付ける。凄い力だった。軽々と二人分の体重を持ち上げてしまう。
「何をするつもりだ。」
達観したような気配を見せる黎に、晃陽が訊く。
「消せないなら、影の力で塞げばいい。内側から、な。」
「それは―――」
黎は二人を出口へと運んで行く。
「嫌だよ、黎。一緒に帰ろうよ」
光が目に涙を浮かべながら言う。
「黎!降ろせ!なんでいつもお前はそうなんだ!」
晃陽が影を振りほどこうと暴れながら叫ぶ。黎は足掻き続ける友に、静かに言う。
「晃陽、お前は、俺なんかよりずっと、大切なことを分かっている。だから、頼む。光を、守ってやってくれ。」
「嫌だ!姉妹二人も面倒見られるか!光はお前が守れ!」
喚く晃陽に、黎は少し笑う。
「もちろん明も頼む。部活は、お前が部長だ。光が再入部して、また三人。仲良くやれよ。」
出口の向こう側で、降ろされる。晃陽が穴に向かって駆け出す。しかし、辿り着く直前で、出口は、膜のようなものに塞がれてしまった。
「来い!デイブレイカー!」
剣を呼び出そうとするが、できない。ここが、暁の街ではないからだ。晃陽は、塞がれた出口に頭を押し付けながら、自分の力不足を呪う。
「くそっ、くそっ、くそっ!!ふざけるな……!!」
何度も黒い膜の上を殴りつける。
「晃陽くん……。」
光が、力無く声をかける。
「あたし、ごめんなさ―――」
「だめだ、謝るな光。それだけは絶対に、だめだ。俺は、光を助けたことに後悔なんてない。黎もそうだ。だから、謝るな。」
必死に言う晃陽。
「……うん、分かった。」
涙を拭いながら、光が頷いた。
「とりあえず、家に帰るか。というか、ここはどこだ?」
真っ暗で、何も見えなかった。
「黎の奴、出口の先がどこかくらい伝えて―――」
「ここ、学校だよ。学校の地下室だ。」
光が言葉に、晃陽は気が付いた。夜明けの塔が建っていた場所は、二色南中学校。つまり、自分の通う中学校の敷地にあったのだ。何故今の今まで気が付かなかったのだろう。
「外に出よう。きっとまだ、夜明け前だろうしな。」
そうではなかった。学校は既に始業しており、しかも午後だった。晃陽と光は地下室から外に出ると、まず教師に見つかり、移動教室だった生徒たちにも見つかった。
校内が上へ下への大騒ぎの中、校庭に消防車と救急車、それにパトカーが各一台ずつ駐車したことで、近隣住民を巻き込むパニックとなった。
今朝早く、誰もが今まで忘れていた暁井光のことを思い出したこと。黎が行方不明となり、義父から捜索願が出されたこと。地下室は警察による現場検証が行われているが、恐らく何の発見も効果も無いであろうということを晃陽が知ったのは、一通りの検査と事情聴取、大事を取るための入院手続きが済んだ深夜になって、見舞いに来た明が来てくれてからだった。
「ありがとう、東雲くん。お姉ちゃんも、そう言ってた。」
二年間の行方不明を経て、姉妹はどんな会話をしたのだろう、と晃陽は考え、やめた。今は、あまり多くのことを考えていられない。
「そうか。ごめん明、少し疲れた。今日はもう休むよ。」
ベッドに仰向けになった晃陽を見て、明は何事か察したように頷く。
「うん、分かった。また明日、来るから。」
明が病室を出ると、晃陽も外に出た。屋上に向かう。夜景の美しい街ではないが、不思議と、心は落ち着いた。
「黎―――。」
もう、この世界にはいない友の名を呟く。
「俺は、どうすればいい?」
答えの決まっている問いだった。押し付けられるようにして残った、約束がある。
黎が自分の全てを救おうとした人。二年以上もの間、異世界に幽閉されていた光には、これから、辛いことが数多くあるだろう。彼女を、守らなければならない。
―――光を、頼む。
「分かったよ。」
晃陽は、星の無い夜空を見上げる。漆黒の虚空は、暁を告げる鐘の音を待っているようだった。
※※
≪そうして、少年の物語は、苦い痛みと寂寥を以て終わりを迎えた。全てが良い結末に向かうことなど、ありはしない。大きな喪失を経て、少年は少しだけ大人になり、親友が自身の全てを賭けて救ったものを、守り抜いていくと固く誓う。 了≫
※※
≪それでいいのかい?≫
※※
「こんばんは、あまり良い夜とは言えないね。晃陽。」
闇夜に、どこかで聞いた声が響く。晃陽は振り返ると、驚愕した声を上げた。
「氷月……先生?」
教師にしては長めの髪を夜風になびかせながら、背の高い、痩身の元非常勤講師が立っていた。
「もう、先生はいらない。因みに、“氷月”というのは『十三人』が使う秘密保全用の偽名で、本名は言えないんだ、すまないな。」
さらさらと己の素性を話しながら、晃陽の方に近付く。
「どうして、いや、今までどこにいたんだ?」
晃陽の問いに、いつもの微笑を崩さず、氷月は答える。
「急に消えて悪かった。アレを確保する算段を付けるのに、手間取っていたんだ。」
「アレ?」
「“暁の鐘”だよ。とはいえ、まだ手元には無いが。その前に、晃陽の方で何があったのか、聞かせてもらえるかな?」
※※
≪否、まだ終わらせるわけにはいかない。少年は白紙のページに、物語の続きを紡ぎ出す。彼が望んだ、最良の結末へ向かって―――≫
※※
影の力で出口を塞ぐと、黎は広間の中央に寝転がった。
「これで、良し。」
誰ともなしに呟くと、大きく伸びをして「疲れた~。」と、間延びした声を上げた。
掌を見る。体の輪郭を覆う程度だった影が濃さを増している。全身を浸食されても自我を保っていられる保証は無いが、もしそうなった場合、出口は解放され、影喰いが晃陽たちの世界に溢れ出す。
「その展開がお望みだろうが、そうはいかないぞ。いるんだろう。」
黎は上半身を起こすと、何者かに呼びかけるような声を出す。
「勝手に“ルール”を書き換えたろう。この塔は、影喰いが入ってこられないように、光が中に入ったらすぐ閉じるようになっていたはずだ。」
全ての可能性を捨てず、この展開も見越しておいて良かった。これで当面は影喰いを防いでいられる。
「やはり君は頭が良い。盲目的に彼女を救おうとしながらも、冷静に私の狙いを読んでいた。」
音もなく背後に現れた男が言うが、黎はその評価を否定する。
「乗せられていると知りながら飛びつくのは、ただの馬鹿だ。晃陽の言っていた通り、ほかの方法もあったかもしれないのに。」
今回の計画。結果に後悔しない覚悟はできていたつもりだった。だが、あの生意気で直情的な妄想屋が思い出される度、胸の辺りが少し痛んだ。
「まぁ、そのうち俺のことなんか忘れるさ。いや、もう忘れてるか。」
「それはどうかな?」
男が笑みを含みながら言う。この男もまた、自分と同じく“影無人”だということは分かっているが、黎のそれとは違う。
体全体が半透明なのは、影喰いにやられた者のそれと同じ状態だが、影無人ならば、すぐに回復するはずだ。さらに、顔は黒く塗りつぶされたように判然とせず、先程のように、忽然と姿を現し、突然消える。
「あんた、何者なんだ?」
何度目かの同じ質問を、男にする。
「何者でもなく、何でもない。君と似てはいるが、存在としては、君に満たない。」
そして、同じような返答。
「あんたは、晃陽より病気が進行しているようだな。」
面白くなさそうに黎が言う。
「氷月じゃ、ないよな。」
疑いは持ったが、カマをかけた時の反応で、違うと分かっていた。
「私に対する詮索は無意味だ。私に力は無い。この街の夜明けが、全てを導くのだ。」
「言ってて恥ずかしくないのか、このおっさん。」
しかし、退屈だ。影を体から離せない上に、伸ばせる範囲はこの広間より少し広い程度なので、自由に動き回ることもできない。
「つまらなさそうだな。せっかく故郷に帰ってきたというのに。」
「故郷か。そんな気は全くしないな。」
しかし、間違いなく自分はここで生まれたのだ。記憶は微かだが、確かに、ここにいた。
「俺は、一体何なんだ?」
独り言のように呟くと、男が言った。
「ならば、思い出してみるといい、君の物語を―――」
急展開を見せる物語の次回タイトルは『少年の物語』
黎のここまでの行動を追っていきます。お楽しみに。