表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/23

4-B 影喰い

「なるほど、その剣で斬った腕が“もう一つの明の体”に戻ったということか」

 晃陽からの説明を聞いた氷月は、何度か頷いた後「“影喰かげくい”か」と呟いた。

「昨日、晃陽の話を聞いた後、色々調べてみたんだが、伝承上の怪物に、似たようなものがいることを思い出してね。それが“影喰い”。相当信憑性の疑わしい資料から引っ張ってきたんだが、奴らは人の魂、生命エネルギーのようなものを喰らうらしい」

「魂?」と、黎が(いぶか)しげに訊く。

「黎は攻撃を喰らったんだろう。しかし、身体的な痛みは無く、喰われた左手が透けてしまった。恐らくそれが奴らに攻撃された時の症状だ。時間が経つと治るようだが、そうではない場合もあるのかもしれない。明、ご家族から、何か聞き出せたかい?」

 話を振られた明は、昨夜父とした話をする。正直、気が立ってあまり眠れなかったし、今こうして話をして、再び恐怖感が襲っていたが、まだ何か隠していることがあるらしいことまで、全て話す。

「やはり、そうだったのか。とすると、俺の調べてきた話も本当かも知れないな―――神隠しにあった人間が消えると同時に、その人に関わる記憶も消えてしまうという話だ」

「記憶!?」

「自分の子供が五日もいなくなっていたのに、捜索願も出さなかった。聞けば君のおじい様は土地の有力者だろう。個人で捜索隊でも駆り出しそうなものだが、何のアクションも起こさなかった。それはつまり―――」

「忘れていた……?」

「そういうことになるね。なら、晃陽の言った通りかもしれない。“暁の街”に眠る明は、明の“半身”」

「なんでそうなるんですか?―――って、晃陽、お前さっきから何も話していないだろう。珍しく妄想の賛同者が現れたってのに」

 説明した後は一向に会話に加わらなかった晃陽に、黎が言う。

「一言多いぞ黎。大丈夫だ、ちゃんと聞いていた。つまり、こういうことだろう。明は三年前、暁の街に迷い込み、影喰いに襲われた。そして、黎と同じように回復し、五日ほどで戻った。だが、喰われた明の魂は、あちらの世界に残ってしまった」

「若しくは、何者かが意図的に残した。奇妙なメッセージと共にね」氷月が言う。

「あの文章を晃陽の解釈通りだとすると、夜明けの塔を開く“鍵”は、その暁の街のほうにある明の魂ということになるね」

 氷月の言葉に、場が静まり返る。

「それは、確かに奇妙ですね。ここまでが、誰かの陰謀のようにも思えてくる―――他人に操られているかもしれないというのは、気分が悪いな」

 黎が苦い顔で言う。

「そうだね」

 氷月の言葉を最後に、また、沈黙がやってこようとした。すると突然、晃陽が隣に座っていた明の方を向いて言った。

「明、大丈夫か」

「え?何が?」

「ずっと気になっていたんだ。少し顔色が悪い。寝不足なんじゃないか」

 それで、あまり会話に加わらなかったのか。明は「大丈夫だよ」と言うが、晃陽は納得しない。

「いや、やっぱり心配だ」

 そう言うと、やおら明の右手を掴み、両手で包むように握り締めた。

「俺が必ずお前のはぐれた半身を取り戻してやるからな」

「べ、別に、わわ私は、どどどこもおかしく、な、ないし」

 突如として訪れた身体接触に、しどろもどろになりながら明が言う。

「影を喰われたんだぞ、後々悪くなっていくかもしれないだろう」

「影だってちゃんとあるよ?」

「影……的なものだ」

「う、うん、何でもいいけど、東雲くん、手―――」

 聞こえていないらしい晃陽。今度は両手を取って握りしめた。

「ひっ!?」

 先ほどから起こり続ける出来事に脳内で処理が追い付かず、妙な声が出てしまった。

「あちらの世界の明は、俺たちが助ける。誰が何を企んでいようと、関係ない」

「さりげなく俺も頭数に入っているんだな」

 苦笑する黎に晃陽は驚いた表情で「え?降りるのか」と訊く。

「いや、お前だけじゃ不安だから、ついていくよ。それに、途中で投げ出すなんて晃陽の小説みたいなことはできない」

「本当に一言多い奴だな黎は。そういうことだから、明は家で半身が戻るのを待っていてくれ、危ないからな」

 しかし、いよいよ耳まで真っ赤になった明は、ほとんど聞こえていないようだ。無論、顔同様に血色がよくなった両手は、晃陽の手でホールドされ続けている。

「う、うん。分かったから、早く手、離して……ください」

 微妙な敬語になりながら伝えると「ああ、悪かったな」と言って解放された。動悸を抑えながら「頑張ってね、東雲くん、小暮せんぱ」と言いかけたところで遮られた。

「晃陽だ」

「え?」

 不満そうな顔の晃陽が続ける。

「俺が名前で呼んでるのに、なんでお前は名字呼びなんだ?よそよそしい」

 明は思い出した。

 そういえば、この人の中では『名字呼び=よそよそしい』という図式があったんだっけ。

 ということは、『名前呼び=特別な関係』ということになるのだろうか。

 そう考えてしまったが最後、急に恥ずかしくなった。

「どうした?やっぱり体調が悪いのか。心なしか、顔が赤いし」

「いや、顔はもうずっと赤いぞ晃陽」

「彼はいつもこんな感じかい?」

「ま、大体は」

 黎と氷月のやり取りが続く中、晃陽が顔を近づけてくる。明は自分の顔から湯気でも出ているのではと感じていた。

「ち、違う。慣れて無いの。小学生の時、色々あって人と距離取るようになっちゃって」

 嘘ではない。人見知りする部分も、人付き合いに対する苦手意識もあるにはあるが、これはどう考えても違う。

 しかし、晃陽は生真面目に受け取ってしまう。

「そうか。でもな明、それじゃお前が損をするばかりだぞ。俺もそういうときがあった。萎縮していたら、本当に何も変わらない。黙っていたら、何も伝わらないし、何もしなければ、何も起こらない。俺はそれが嫌だから、変わった。だから明も、もっと自分を出すんだ。図々しいくらいがちょうどいいんだ」

 諭すような口調の晃陽に、明はクスリと笑い「東雲くんが言うと、説得力がある」と言った。笑えて、少し落ち着いた。

 晃陽は、その言葉に口の端を少し曲げる。

「ほう、どうやら黎の性格が少し移ったようだな。それでいい。あとは……!」

 手を伸ばし、明の小さな顔の真っ赤な頬を両手で軽くつねる。

「ひゃっ!な、なにするの?」

「お前には表情が足りない。もっと笑え。いいな」

「わか……分かったから、話して、お願い!」

 明の中では大声だったが、晃陽は満足気に頷くばかりだ。

「おお、良い顔になってきたな。その方がずっといい―――」

 バチーン、という小気味良い音と共に、晃陽の手は、強制的に離された。

「―――うむ、これくらいアクティブな方が、いや、悪かった」

 左頬を腫らしながら謝罪する。

「私からも、東雲くんにアドバイスするけど、他人に思想を押し付ける人は嫌われます」

「うん」

「それと、あんな風に女の子の顔にベタベタ触っちゃだめ」

 それに関しては反論があった。

「誰にでもはしない。相手が明だからやったんだ」

「え!?それ……」

「友達だろう?」

「……そうだね」

 急に帰りたくなった。でも、ここで帰ったら負けだと思った。

「とにかく、今よりもこれからが大事だ。もっと頼ってくれていいから、遠慮するな」

「うん、ありがとう東雲くん……あ、こ、こう……」

「はぁ、まぁ今日のところは勘弁してやろう」

「ごめんなさい」

「もう強要はしない。俺だってちゃんと反省はする」

 違う。そうじゃないのだ。本当に申し訳なく思う。

「―――ところで」

「はい?」

「黎と氷月先生はどこに行ったんだ?」

※※

「ラブコメは余所よそでやれって、いつも言っているんですが」

「ということは、ああいうことをほかにもやっているのか」

「俺が見ただけでも、あと二人います」

「まったくの無自覚とは性質(たち)が悪いな」

 話しながら黎と氷月は廊下を歩いていた。

「ところで、晃陽の手に入れた剣のことだが―――」

「こっちの世界に戻ってきたら、消えていました。また手に入るかは、晃陽次第ってところです」

「そうか、恐らく、影喰いに対抗する唯一の手段だ。扱いは慎重に、無理はしないようにな」

「はい。―――先生、俺からも、一ついいですか」

「なんだい?」

「晃陽に、何をさせるつもりだ?」

 先程までとは打って変わって鋭い声で発せられた黎の言葉に、氷月が少し目を細める。

「晃陽は単純に良い助言をくれる人間が現れて浮かれていたが、あんたの出てくるタイミングが都合よすぎる。神隠し、二色の歴史、暁の街、影喰い、いくら教師だからって、詳し過ぎる。答えてくれ、何が狙いだ」

 氷月は表情を崩さない。端正なポーカーフェイスは、黎に何も読み取らせない。

「―――そうだな、晃陽がしたいようにさせること、かな」

「どういう意味だ」

「俺は教師だからね。生徒を導くのが役目なのさ。今は、これで納得してくれないか」

 数十秒、氷月と向かい合ったまま、その眼を探るように見つめていた黎は、ふっと息をつくと、妥協の言葉を口にした。

「とりあえずは、な。ただし、もし晃陽や明に下手なことをしたら―――」

「俺は、君たちの味方だ。それは、信じてくれていい」

 いつもの自然体な笑みを浮かべて、氷月はそう言った。

「気を付けて帰れよ」

 そう言い残して歩き去る氷月を、黎は変わらず、険しい顔で見送った。

※※

≪直情・謀略・疑心・約束、思惑と感情は絡み合い、少年は闇へと分け入っていく≫

第四話終了。次回からバトル展開が始まります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ