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S’s~暁の鐘  作者: 祖父江直人
1.暁の街
1/23

1-A 変わり果てた少年の街

物語が始まります。その前に一曲。何故一曲なのか。そう言う小説なんです。

『Lighting』

http://www.youtube.com/watch?v=l2bPl13h6y4

 西暦2032年2月28日14時27分―――

十三人じゅうさんにん』最高機密文書『Project “S's”(エスズ)』にアクセス―――

≪―――解凍できる文書データは10個あります。選択してください。

[Shadow] [Sound][System][Sin][Steel][Suicide][Strange][Survival][Second]

―――『2030.4[Shadow World]』のデータを解凍します≫


 

 ―――夜更かしをした時、決まって午前五時前後で猛烈な眠気に襲われる現象には、何か正式な名称があるのだろうか。

 そんなことを考えながら、東雲晃陽(しののめこうよう)は父親の勤める会社の社宅を出て、朝の散歩に出かける。これで眠気が晴れた試しはないものの、寝てしまったらもっと辛いことになるのも分かっていた。

 思ったよりPOPする時間が遅かったのだ。晃陽は頭の中で寝不足の言い訳を並べ始める。

 別にログアウトして寝てしまっても良かったのだが、ゲーム仲間がリアルでも友達だと後々面倒なので頑張っていたら、中学二年生の新学期が始まる朝になっていた。

 第一棟の一階の二番目、1102号室を出てすぐの用水路沿いを歩く。町は静かだ。

 陽はまだ昇っていない。空はほんの少し白む程度で、暗闇というわけではないが、薄暗い。春先だが、肌寒さもなく、思いなしか体も軽い気がする。

 ―――え?

 用水路の橋に差し掛かったところで、気付いた。

 ―――俺は今、なんて思った?静かだって?

 この道は、それほど人の往来が多いわけではないが、この時間帯は、夜勤明けの社員や車とすれ違うはずだった。

 しかし、晃陽の住む二色にしき町内は、異様な沈黙に包まれたまま静止していた。

 立ち止まり、耳を澄ましてみる。

 風の吹く音、鳥の鳴き声、普段は聞こうともしない微かな音を拾おうとしてみた。が、街は変わらず、微動だにしない。

「あーーー!!」

 叫んだ。自分の声は聞こえる。耳はおかしくなっていない。おかしいのは、街の方。

 ―――どうなってるんだ。

 焦る頭で橋を渡り、沈黙と薄暗闇が支配する街を歩き続ける。しかし、歩けど歩けど音も声も人影もなく、アスファルトを踏みしめる靴音が耳に届くばかりだ。

 不思議と体の疲れは感じなかったが、精神的に平穏無事でもない。何かを求めるように空を見上げる。

 ―――あれ?

 異常な静けさに続き、またも気付いてしまった。

 ―――あれから少なくとも30分は歩いた。なのに、どうして陽が昇らないんだ。

 二色町は、道がハッキリと東西南北に伸びている。自分の向いている方角は、間違いなく東のはずだった。だが、日の出の気配は一切ない。

 パンクしそうな頭で、晃陽は視線を動かす。

 そして、ついに決定的な異常を見つけてしまう。 

「なんだよ、これ―――」

 思わず声が漏れる。見上げた空、あるはずの無い異様。何故気付かなかったのだろう。脳が見ることを拒んでいたのだろうか。

 その目に映ったのは、巨大な塔だった。

 雲を貫かんばかりに生えた、円柱状の異形。自分の住む街にこんなものがあった覚えはない。むしろ「ここにあってはならない」と思いたくなる。

 圧倒的な存在感を前に足がすくんだが、間もなく我に返り、駆け出した。

 ―――ここにいてはいけない。

 走りながら考える。

 ―――ここは違う。

 運動は苦手だが、走り続ける。

 ―――ここは、俺の住んでいる街じゃない。

 運動が苦手なはずなのに、走り続けられる・・・・・・・

 ―――どうする?

 息も切れない。心臓が早鐘のように鳴ったりしない。

 ―――とにかく、家に帰る!

 とりあえず出した結論と新たに浮かんだ疑問を抱えながら元来た道を戻っていると、声がした。

『タスケテ』

 が、立ち止まる。人の声だ。こんな外で、耳に直接届くエコーの掛かったような声がするはずもないという当然の疑問は脇に置いて、声のした方へ向かう。家に帰らなければならない、という頭は残っていたが、それでも晃陽は行った。行かなければならない。そう思った。

 我が家を通り過ぎ、さらに街を南へと下り、商店街へ辿り着いた。

 昼はそれなりに人がいるし、夜にも開いている店があるはずのアーケードは、やはり無人で、閉まり切ったシャッターを叩く風の音さえもない。

 そのすべてが肉眼で確認できた。屋根で日が遮られているはずだが、外と中の明度はまったく変わらなかった。

「―――誰だ!?」

 不意に叫んだのは、そんなよく見える目の端が、影のような何かを捉えたからだった。

 影は、商店街の西側、狭い路地へと至る道に入っていった。晃陽は追いかけるかと思ったが、再び『タスケテ』なる声が頭に響いたので、先を急ぐことにした。

 アーケード商店街を抜けると、鳥居が見えた。二色神社だ。

 夏の祭りか、正月でもなければ訪れない場所にも、人の気配は全くない。

 石畳と砂利道を進み、境内へと向かう。

『タスケテ』

 また、声。それの導く方向を頼りに、晃陽は大きな社殿の中へと入っていく。

 何故か鍵が開いていた社殿で最初に目に飛び込んできたものは、仰向けになった少女だった。

 小柄だが、今年14歳になる自分と同じくらいの年齢だと推察した。あまり女子の容姿に興味のない晃陽が見ても可愛いと思う顔立ちだったが、まだ寒さも残るこの季節に薄手のワンピース姿、というのが気になる。眠っているのか、晃陽に全く反応しない。

「も、もしもし、大丈夫か―――」

 つっかえながらも声を発し、死んだように眠る少女を揺り起そうと手を伸ばす、が、果たせず、肩口に置こうとした手はそのまま板張りの床に通り抜けてしまった。

「わっ!」

 予想外過ぎる事態に飛び退く。後方に倒れ、強かに尻を床に打ち付けてしまう。

 痛みをこらえ起き上がりながら再びよく見てみると、少女は体全体が透けている。全身が半透明だった。

 ―――この子が、自分を呼んだのだろうか。

 考える。だが、当然答えは出ない。

『―――!!』

 さきほどまでの声とは違う、重低音の唸り声を聞き、社殿の外へと飛び出した。

「誰だ!?」

 震えの混じった声で叫びながら、辺りを見回す。暗く、判然としない視界で、何かが動くのを捉えた。商店街で見た黒い影の正体かと思ったが、違った。

『―――!!』

 獣のように獰猛だが、同時冷たさを感じる唸り声を晃陽の頭の中で反響させながらこちらに近づいてくる四足の犬のような形のそれは、影のようなもの(・・・・・)ではなく、影そのもの(・・・・)だった。犬の輪郭をとった全身を漆黒で覆った頭部に顔はなかったが、口のある場所がぱかりと開くと、そこだけには律義に黒い牙が並んでいる。動物との交流は得意だと自負する晃陽も、到底友好的な関係を結べそうにない第一印象だった。

 しばし睨み合いが―――とはいっても、相手に目はないが―――続き、体感で一分ほどが経った。晃陽は取り急ぎ、頭の中に選択肢を用意する。

 1.このまま“影”と正対を続け、相手が焦れて帰るのを待つ。

 2.社殿へと逃げ込む。立てこもったあとのプランはない。

 3.思い切って飛び出す。武器もなく“影”へと飛び込んでいったあとのプランはない。

 相手頼みは『自分の主義』ではない。1.は却下。同じく、外部からの助けが期待できない―――というか人がいない状況で、2.も選べない。

「3.、か」

 正直、選びたくない選択肢だった。

 ―――けど。

 人のいない街、謎の声、謎の半透明少女、謎の影、襲われる俺。

「―――うひゃひゃひゃ」

 突如、境内で笑い出した自分に、“影”は何を思っただろうか。

「……面白くなってきた!」

 その声を自分への号砲に、晃陽は社殿から飛び降り、地面を蹴った。同じく“影”も、猛然とこちらに襲い掛かってきた。

「そうだ、こっちだ!こっちに来い!」

 わざと挑発したのは、社殿の中に眠る少女を思っての行動だったが、果たして人の手が触れられない身体にそれ以上の危害が及ぶかどうかは分からない。

 晃陽は、ただ“心のまま”に身体と口を動かした。ここに来るときと同じだ。『そうしなければならない』という理屈にならない理由が、正体不明の“影”との恐らくは命懸けの鬼ごっこを晃陽にさせていた。

 晃陽の背中を追うばかりで、あまり知能はないらしい“影”を相手に境内を大回りして鳥居へと向かう。

『―――!!』

『―――!!』

『―――!!』

 しかし、そこにはさらに三体の“影”が待ち構えていた。前言撤回。こいつらには待ち伏せという“知恵”があるようだ。

 当然、退路を塞ぐように構える“影”たちを突っ切る勇気などなく、急遽、右に方向転換。

 このまま北方向へ神社を抜けられれば、家に辿り着けることを思い出し、わずかに希望を持ったが、そういえばこの先は行き止まりだったことを思い出し、深く絶望した。

「畜生……あれ?」

 記憶が正しければ、確かに柵で囲まれていたはずだった。だが、進行方向にそれはなく、道は住宅地へと続いていた。

 自分の記憶違いに感謝しつつ、そのまま走る。

 唸り声は未だに聞こえていたが、“影”は俊敏しゅんびんそうな見た目に反して晃陽の足に追いつく気配がない。

『―――アカツキノカネ……ナラセ』

 家に飛び込み、ドアの鍵をかける。さらに、自分の部屋の、親に黙って勝手に作った鍵をかけると、力が抜け、そのまま床に倒れ込んだ。


 眠った。というよりは気絶に近い状態から目覚めたのは午前7時30分。恐る恐る居間に向かうと、東雲家のいつも通りの朝の光景が待っていた。

「あら、今日は早いのね」

「ああ、まぁ……」

 キッチンから、夜勤明けの父親が食べた朝食の食器類を洗う母親の声に、晃陽が生返事を返す。

『離島のロックフェスとして三年前より始まった“天唱祭”の準備が着々と進められ―――』

 観る人がいないまま点けっぱなしになっていたテレビからは、なんということも無いニュースが流れている。

「毎日これくらいの時間だと洗い物がいっぺんに終わるのにねぇ」

「なぁ、母さん。昨日の夜、何か変なことなかったか?」

「あなたも朝ご飯食べちゃいなさい」

「会話しろよ」

 マイペースが化けて出てきたような母親との会話のドッジボール的なやり取りにも、安心感を覚えている自分がいた。

『昨年9月に起こったAB事件の真実に迫る検証番組を今夜放送します』

 テーブルを見ると、そこには皿が乗っていた。しかし、白い楕円形のそれには何も乗っていなかった。

「なぁ、食べるものがないんだけど」

「あらごめんなさい、私が食べちゃった」

「嘘だろ」

 いくらなんでも天然の度を超えていると思ったが、やはりテーブルの上には食パンがあったと思しき残骸しか残されていない。もう一度いう「嘘だろ?」

「おい、どうやったら息子に用意した飯を忘れられるん―――」

「そうねぇ、昨日はぐっすり寝てたから、変なことはなかったわねぇ」

「アンタが変だよ。なんだ?やっと俺の声が届いたのか?俺は月と交信しているのか?」

『十年前に見つかったオーパーツが日本に戻り―――』

「もういいや、朝くらい自分で準備するから」

「ごめんね、もうパンないのよ」

「嘘だろ」

 十数秒ぶり本日三度目となったセリフを吐き、驚愕を露わにする晃陽。

『次世代携帯機器コンパクト・タブレット“CT”の開発で知られるダート社のアンドリュー・バルカスCEOが来日し―――』

「こうちゃんの分を焼いてる時に『ああ、これでなくなっちゃうんだな』って思ってたら、食べちゃった♪みたいな」

「みたいな、じゃねぇよ。見たいのはアンタの脳みその中身だよ」

『本日は一日晴天です。全国的に入学式・始業式の日ですからね、学生さんたちには良い日になってほしいものです。それでは、いってらっしゃい』

「もういいや、行ってきます」

「あら、どこ行くの?」

 晃陽の中で、何かが切れた。

「学校だ馬鹿野郎!春休み!昨日で終わり!TVからも聞こえております通りです!?」

「あらあら」

 朝から血圧を高くするやり取りに割って入る声があった。

「どうしたんだい?」

 寝巻を纏った晃陽の父が、眠そうだが穏やかな顔で、血圧の高くなっている息子をなだめる。

「すまない父さん。ただ、人に用意したはずの食事を自分で食べるのはあまりに度が過ぎている」

「それは面白いねぇ」

 息子からの当然の進言に対しても飄々と返答を寄越す父に、晃陽はわざと他人行儀な口調をとる。

「これだけは言うまいと思っていたが、今日こそ申し上げます。あなたの妻はおかしい」

 出会ってからもうかれこれ三十年を超える付き合いらしい伴侶を実子に批判されても、父は和やかに苦笑するのみだ。母親も我関せずといった様子で皿洗いを続けている。ボケに対するのはツッコミだが、天然ボケに対抗できるのは柔らかな微笑みだけだと知ったのが、この家に生まれた収穫だと晃陽は思った。

「まぁいい。今日は始業式で授業はないけれど、帰りは遅くなるかもしれない」

「どうして?」

 母の問いに晃陽の目が星のように光った。

「どうやら、この街の禁忌に触れたようだ。(れい)と調査してくる」

「あらあら、また始まったのね」

 息子が発した突拍子もない発言に、母が顔を上げ、そう一言呟く。

「どういう意味だ」

「いいえ、一応、お昼ご飯は準備しておくわ」

「一体、何を見たんだい?晃陽」

 母親のリアクションに不満を持ったらしい晃陽が眉間に皺を寄せたので、代わりに父が訊いてやる。

「実は―――」

 自分が工場で作業を続けていた時間帯に起こった不思議な出来事を深刻な、しかしどこか嬉しそうな表情で話す息子の話をテーブルに腰掛けて聞いたあと、父はこう感想をいった。

「それは、怖かったね。身体はなんともないのかい」

「流石に驚いたし、生命の危機を感じたが、まったく無傷だ。疲労もない」

 しかし、話しながら恐怖が蘇ってきたのか、やや早口で声に震えが帯びている晃陽に、こう問いを続ける

「それは良かった。しかし、本当なのかな、夢ではなくて?」

「いわゆる明晰夢と呼ぶにはすべての感触がリアル過ぎる。父さんも夜勤明けは気を付けた方がいい」

 息子の中でどのような『物語』が出来上がっているのかは分からないが、父親はこくこくと頷いた。『いつものこと』だ。


「じゃあ、腹が減ってしょうがないけど、行ってきます」

 いってらっしゃいと我が子を送り出した母がため息を吐きながら父―――東雲(あきら)のもとにやってきた。

「どうしたんだい?」

 タブレットで今朝のニュースを追う手を止めた輝は、妻に問いかける。

「あの子、良い子なんだけど、どうしてこうなのかしらね」

 妻は、子供の頃から変わらない困ったような形の眉毛と、優しげな垂れ目を持つ顔で心配そうに言った。

「こう、とは?」

「んー、なんていうか、変な方向で想像力が逞しいというか、ちょっと夢見がちというか、誰に似たのかしら」

「言動が突飛なところは、まさしく君だね」

 妻が無言で首を少し傾げる。年齢不相応な仕草だが、もともと小動物的なところがある女性故に、輝は気にならない。

「どうしてこうなったのか、なんて決まっている、というか、さっき君がいったじゃないか」

「なんだっけ?」

「良い子、だからさ」

 今年で14年目。あまり構ってやれず、ゲームや小説などを保護者役にしてしまったり、突然の転勤に伴う転校で、ころころと生活環境を変えさせてしまった手前、健康でいてさえくれればそれでよし、と割り切っている。

 だから、深夜に“おかしくなった街”の話をあくまで現実の出来事として興奮気味に話す程度のことは笑顔で受け止めなければあの子の親ではいられない。そう、輝は思っていた。

「それでも、ちょっと可哀想だね。晃陽の友達、黎くんっていったかな。また、いろいろ迷惑をかけてしまうかもしれないね」

 幸い、人間関係で物怖じするような子ではなかったので、学校では楽しくやっているようだ。上々である。

「今度おうちでおもてなししましょう。あらいけない、食パンあったわ」

 ふわふわと言う幼馴染の妻に輝は声を上げて笑う。確かに少し変だが、悪気はないのだ。それは、あの子も一緒だ。


 家の用水路沿いを抜け、クラスメイトの親が個人経営する喫茶店や、今年から新一年生となる小学生たちがちょこちょこと歩く閑静な住宅地を通り過ぎると、すっかり葉桜となった桜の並木道が晃陽を迎えた。

 同じような制服姿が歩いている道の先、二色町という街の地図を描くと、ちょうど中心辺りに位置する中学校の正門に向かい、晃陽は細身の身体を走らせていく。

 夜中にあれだけ走った上、大層寝不足なはずだが、不思議と疲れはない。いよいよもって怪しい雰囲気に、晃陽は胸を高鳴らせていた。

 そう。晃陽は心身の疲れを上回る勢いで興奮していたのである。早くあの未明の冒険談をある人物に聞かせたかった。

「あ、こうちゃん!リアルではお久しぶり~」

「いや、お前じゃない」

「何が~?」

 正門をくぐった晃陽を呼び止めた甲高い声の持ち主は、去年まで同じクラスだった浅井香美奈あさいかみなだった。

 早く“彼”に会って話したい衝動はあれど、終業式以来となる友人との会話を無下にもできず、晃陽は昨年中にようやく追い越せた肩を並べると、ゲーム廃人の割に発育が良く背が高めの香美奈と歩幅を合わせた。

「昨日はありがとね~。こうちゃんが来てくれなかったらアイテム取られちゃってたよ~。あ、あと春休み前に貸したゲームクリアできた?まぁ、こうちゃんなら楽勝だよね~」

 語尾が間延びしているのでのんびり屋に聞こえるが、実際はかなり早口で機関銃のようにしゃべり続ける香美奈が言っている「昨日のこと」とはネットゲームのことだ。偶然同じMMORPGをやっていて、去年からよく一緒に遊んでいるのだ。

 香美奈は中学生の身でありながら若干の中毒を疑わせる程のめり込んでいる。どうやら、昨夜晃陽がログアウトしてからもずっとやっていたようだ。

 それ故、わずかばかりの睡眠という名の気絶をしていた晃陽より確実に寝不足なはずだが、高いテンションで話し続けるネトゲフレンドに、晃陽は訊いてみる。

「なんでお前はそんなに元気なんだ?」

「いや~、なんだか寝ないと変な気分になっちゃうっていうか~。興奮しちゃうっていうか~」

「女子がそういうこと言うな」

 細面の顔を両手で挟みながらおどける少女に指摘すると、香美奈がぐっと晃陽を覗き込む。

「あれ~、ひょっとして気になっちゃった~?東雲くん、浅井さんのこと気になっちゃった~?」

 やや近視らしい切れ長の目に見つめられながら、晃陽は顔色一つ変えずにこう言った。

「誰がネトゲ廃人の腐女子中学生なんかに」

 言った瞬間、胸倉を掴まれた。

「いい~?クラスのみんなには、内緒だよ~?特にふじょ……し?うん、その言葉はよく分かんないけど~」

 そういうセリフはもっと可愛らしい場面で使われるべきだと思ったが、笑っていない目を見ると、黙って頷くしかない。


 昇降口の前の液晶掲示板に人だかりができていた。生徒たちの歓声や悲鳴の元になっている巨大な液晶には、各クラスと担任の名前が映し出されていた。

 現代の通信技術なら、各家庭のPCかCTにクラス分けの連絡を一斉送信すれば事足りるのだろうが、実際に学校に来て見てみるまで分からない高揚感というのも大事である。

「また一緒のクラスだといいね~」

「そうだな」

「……」

 素直な心境をやり取りしただけなのに何故か急に黙った香美奈を不審がりながら、晃陽は掲示板に目をやる。

「二年三組、出席番号十番……どうやらまた同じクラスらしいな」

「そうみたいだね~。あれ、あたしの上に誰かいる」

 クラス分けの表を指さし、香美奈が言った。晃陽も見ると、確かに『二年三組浅井香美奈 出席番号二番』となっている。

「一番逃した~」

 香美奈が心底無念そうに言う。

「仕方がないだろう」

 女子の出席番号1番は『暁井あけい あかり』とあった。“東雲晃陽”が言うのもなんだが、変わった名前だと思った。

「あんな名前の子、いたっけ?」

「8クラスもあるんだから、知らない名前がいて当然だろう」

「ううん、あたしは全学年全クラスの子にパイプがあるから」

「何者だ、お前は」

「転校生か~、あたしの夢を奪ったのは~」

「そんなせせこましい夢は捨てろ。ほら、行くぞ」

 いつまでもいるせいで、通行の邪魔になっていた。道を開け、後ろに立っていた人物に「すまないな」と言いながら振り返る。

「―――え?」

 しかし、そこにいた人物を見た瞬間、晃陽は固まってしまった。

「君……は……?」

 小柄な体。

 短く切りそろえられた髪。

 身体と同じく小さな顔に丁寧に収まっている目鼻。

 服装こそ、制服とワンピース姿で違うが、それ以外の全てが、あの社殿で見た少女のものだった。

 晃陽は、少女の華奢な肩にゆっくり手を置いて、緊張で嗄れ切った声帯を動かした。

さわれる―――」

「ちょっとこうちゃん、何やってんの?」

「あっ……!」

 香美奈の声で我に返り、手をどける。目の前の少女は、晃陽の奇行に怯えた表情を浮かべている。

「ごめんね~。たまにバカになるんだこの人~……ってあれ、あなた……」

 謝罪した香美奈がクラス表と少女の顔を交互に見つめる。

「名前見たときにもしかしたらって思ってたけど、ひょっとして、暁井さん?同じ小学校だった―――」

 香美奈の問いかけに、小さな少女―――暁井明は、ハッと目を見開き、小さな口をゆっくり開いた。

「―――知らない、どいて」

 か細く否定の言葉を言い放つと、人ごみを抜け、足早に去って行く。その背中を見つめていた香美奈が、は~っとため息を吐いた。

「あ~あ、やっぱり暁井さんだ~。そっか~、こっちに戻ってきてたんだ~」

「香美奈、さっきの子のこと知ってるのか」

 すっかり乾いてしまった喉を唾で湿らせた晃陽が尋ねる。

「うん、まぁね~」

 普段のお喋り振りがなりを潜めている香美奈に晃陽は勢い込んで訊いた。

「頼む!教えてくれ!」

「ええ!?こうちゃんて、ああいう小っちゃい子がタイプだったの?」

「そうじゃない。けど、どうしても知りたい、知らなければいけないんだ」

 雰囲気に圧倒されたのか、香美奈は頷いた。

「うん、分かった。けど、ちょっと長くなるかもだから、あとでね」

 校舎から、生徒を体育館に集める放送が届いてきていた。

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