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ロストアタッチメント  作者: ガル
天使の子供
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1章



 シュエが好んで立ち寄らない場所の一つが、街の公共書庫だった。

 あの独特の静けさはもちろん、何よりも苦手なのはあの大量の本だ。勉強嫌いのシュエにとって、活字の塊である本は、頭痛もしくは眠気を引き起こす物体なのだ。

 にも関わらず、その公共書庫を訪れたのには訳がある。

「えーっと……」

 シュエは背表紙に書かれた文字を睨みつつ、目的の本を探した。

 とりあえずは卵に関係する本だろうか。

 何しろ、今家にいるあの赤ん坊が人間かどうかすら分からないのだ。見た目だけなら可愛い子供だが、シュエの常識からすると人間は卵から生まれない。

 とにかく何か分かるのではないかと、こうして公共書庫まで来たのだが。

「うーん。ないなー……」

 手がかりすら見つからず困り果てていると、シュエが向かい合っていた本棚に影がふっと落ちた。

「シュエ?」

 名前を呼ばれて振り返る。後ろにいたのは、無愛想な顔つきの少年だった。背が高いので、自然と見上げる形になる。

 まばたきをした後、ああ、とシュエは顔をほころばせた。

「セイレン!久しぶりー元気だった?」

「ああ。……おまえは変わらないな」

 しみじみとした口調で言われ、思わず笑ってしまった。セイレンもちっとも変わっていない。

 彼ーーセイレンは、シュエの幼なじみだ。無口で無愛想で冗談が通じないような少年だが、頭だけは良い。

 シュエと違って勉強を重ね、今は医者の卵として王都で勉強しているはずだ。

「そういえば休暇が貰えたんだっけ。今回はいつまでいられるの?」

「10日後には王都戻る」

「10日後?じゃ、ちょっとはゆっくりできるんだ?」

「ああ」

 表情一つ変えず、少年が答えた。彼の手には、難しそうな厚い本が収まっている。

 セイレンは、シュエが抱えていた本をちらりと見ると、露骨に眉をひそめた。

「……本を読むのか?」

「うん、ちょっとね」

「シュエがか?」

「そうだよ。何、その含みのある言い方は。わたしだって本くらい読むし」

「……」

「お願いだから、無言になるのやめてくれる?」

 シュエの勉強嫌いを身を持って知っているとはいえ、ここまで疑われるのもいかがなものだろうか。

 セイレンは息をつくと、ひょいと腕を伸ばしてシュエが抱えていた本を奪っていった。

「あ、ちょっと!」

「『卵料理百科』『世界の卵』『ニワトリと卵はどちらが先か』……おそろしく脈絡がないな」

「あるでしょ。卵つながり」

「中身がつながっているとは思えないが。そんなに好きだったか?」

「は?」

「卵」

 真面目な顔をして何を聞いてくるかと思えば。シュエは苦笑した。

「卵はまぁ、好きだけど。ちょっと調べたいことがあって」

「調べたいこと?」

「うん。あ、そうだ。セイレンさ、卵から生まれる生き物って何がいるか知ってる?」

 セイレンは唐突だな、と訝りながらも答えた。

「鳥、魚、両生類、爬虫類」

「だよねぇ……」

「あとは天使もそうだな」

「やっぱそれだけだよねぇ……って、え?」

 シュエはぽかんと口を開けたまま、幼なじみを見つめた。

「天使?」

「ああ」

「天使って、あれだよね。あの、天使?」

「どの天使かは知らないが、多分、その天使だろうな」

 ちょっと目眩がした。

「……天使って卵から生まれるの?」

「さっきからそう言っている」

「いやーそうなんだけど。うーん」

 腕を組んで、シュエは唸った。

 天使か。存在は知っていたけれど、そもそも見たこともなかった。

 本来ならこんな田舎にいるような生き物ではない。王都できちんと管理されるような稀少生物だ。

 なら、今家にいるあの赤ん坊は天使……なのか?ちっともピンとこないが。

「天使って、見た目は普通の人間と同じなんだっけ?」

「ほとんど変わらないだろうが…天使なら羽があるはずだが」

「羽?」

 シュエは眉を寄せて、記憶を手繰り寄せた。

 あの行き倒れていた女は、腕以外は触らせなかったので分からないが……。

 そういえばあの赤ん坊の背中には、コブのような物がふたつあった。ちょうど肩甲骨のあたりだ。

 もしやあれが羽になるのだろうか。

 悶々と考え込んでいたシュエを、セイレンは怪訝そうに見つめている。

「……天使に興味があるのか?」

 興味があるも何も、今、家にいる赤ん坊がそうかもしれない。そう言おうとしたシュエは、見上げたセイレンの表情を見て口を閉ざした。

 セイレンは表情と同じ、嫌悪感をにじませた口調で告げた。

「天使にはあまり関わるな。あれは神聖視されているが、そんなにいいものじゃない」

「……えーっと。というと?」

「そういうことだ」

 ぶっきらぼうに告げると、セイレンは背中を向けた。相変わらず口数が足りない相手だ。

 っていうか、関わるも何ももう家にいるんですけど。シュエはこっそりとため息をついた。





 セイレンと別れてから、改めて天使の文献を探したシュエは、読みやすそうな物を借りて家に戻ることにした。

 家について、扉を開けて、脱力する。

 部屋の中はひどい有様だった。物が錯乱し、あちこちで暴れた後がある。原因が分かっていなければ、強盗かと思うほどだ。

 その原因はというと、扉を開けた途端に突進してきた。

「ああ、うー」などと理解不能の言語を放つ生き物が、片足にしがみついて離れなくなる。一応寝ている間に出かけたのだが、起きてしまったらしい。

「こら、歩けないってば」

 苦笑しながら言っても、離れる気配はない。しかたなくシュエは、片足に赤ん坊をしがみつかせたまま部屋の中に入った。

 机の上に本を置いて、赤ん坊を抱き上げる。今度は大人しくされるがままだ。

 赤ん坊は今、人間でいう1、2才くらいの大きさになっていた。おそろしいことに、卵から孵ってまだ二日目である。

 にも関わらず、もう二足歩行で歩くのだから驚きだ。この調子なら明日にでもしゃべりだしそうな気がする。

「しっかし、本当に天使なんですかね、きみは」

 あやしながら、そっと背中を確認してみる。羽らしき物は生えていないが、やはりコブは気になった。

「うー」

「眠いの?」

 赤ん坊が次第にうとうとしてきたので布団に運び、寝かしつける。温かい毛布で身体をくるむと、あっという間に赤ん坊は寝付いた。まさしく天使の寝顔だ。

 ちょっと可愛いなぁ、なんて思ってしまう自分が怖い。まだ結婚すらしてないんですけど。




 部屋をひととおり片づけたシュエは、まだ赤ん坊が寝入っている内に、借りてきた本を読むことにした。

 大量の活字による頭痛、睡魔と戦いながら読み進めていくと、色々知らなかったことが分かった。

 例えば性別について。

 この本によると、天使という生き物は最初、両性具有で生まれてくるらしい。それから環境に応じて男女どちらかの性別に分かれるという。

 つまり今この赤ん坊は男でも女でもないということだ。着替えの時にばっちり裸を見ていたので、単純に女の子だと思いこんでいたが、実はそうではないらしい。

 他に興味深かったのは刷り込み現象だ。他の卵生生物に稀にあるように、天使は孵化して最初に見たものを親と思いこむという。

「………これは見なかったことにしよう。うん」

 この文献が事実だとしたら、あの赤ん坊はシュエを親だと思っているかもしれないのだ。それはちょっと困る。

 仮にあの赤ん坊が天使だとしたら、間違いなく母親はあのシュエが助けた女だ。腹に手をおくような仕草をしていた時に気づくべきだった。

 とにかくシュエは本当の親ではないし、なるつもりもない。

 自分一人が生活していくのがやっとの状況で、無責任に誰かの人生を預かることなんて、できるはずがなかった。

「とにかく母親の所に戻してやるのが、一番いいんだろうけど……」

 そもそもあの女がどういうつもりで卵を置いていったのか分からないのだ。何か事情があったのか、それとも、捨てたのか。

 できるなら、前者であったほしいけれど。

「うーん」

 頭をかき回したシュエは、ふと聞こえてきた音に顔をあげた。

「ん?」

 なんだか変な音がしたような。気のせいだろうか?

 本に目を戻そうとしたら、また音がした。地鳴りのような低い音だ。

「……」

 シュエは目を細め、音の出所を注視した。自然と目が行き着いたのは、例の赤ん坊の所だ。

 ぐごごごご。

 そんな音が、再び聞こえてきた。

「……え、なに?もしかしてお腹の音?」

 返事をするようにもう一度赤ん坊が、否、赤ん坊の腹の虫が答える。どんだけ大きな虫なんだ。

 そういえば孵化して以来、子供は何も食べていなかった。ミルクを与えようとはしたものの、嫌がって飲もうとしなかったのだ。

「そういや母親も偏食だったっけ?あーもー親子そろって手の掛かる」

 シュエは急いで読んでいた本のページをめくった。天使が何を食べるのか、想像もつかない。

「あ、あった。えーっと、なになに……」

 目を通したシュエは、そこに書いてあった文字に唖然とした。


『天使の食料は、悪魔である』


 そんな堂々と書かれても。

「どーしろって言うんですか!!」

 思わずシュエは本を投げた。音に起きた赤ん坊が、驚いたように泣きはじめ、シュエは慌てた。



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