表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストアタッチメント  作者: ガル
置いていかれた卵
2/20

2章


 女は大人しく手当てを受けたが、名前を教えようとはしなかった。

 シュエだって名乗っていないのだからおあいこだが、そういえば姉弟がドアの前で何度も呼んでいたのだから、とっくに知っているのかもしれない。




 街中の様子がおかしいと気づいたのは、女を拾った二日後のことだった。

 女の容態も落ち着いたため、その日シュエは食料などを調達するために、一番近い街に来ていた。

 王都と比べれば小さな街だが、商人が多く出入りするため活気がある。常に客呼びの声が飛び交うような、そんな街だ。

 だがこの日はいつもと違った。活気はあるものの、どこか妙な緊張感が漂っている。

 シュエは眉をひそめつつ、屋台の店主に声をかけた。この街へ来たときは必ず寄る馴染みの店だ。

「こんにちはー」

「おお、シュエ。いらっしゃい。いつものでいいか?」

「うん、よろしくー」

 店主が商品を袋に入れるのを待ちながら、シュエは顔を寄せた。

「ね、何かあったんですか?やけにみんな大人しいですよね」

「そりゃ大人しくもなるさ。ほら、あれ」

 店主が顎をしゃくった方向に目を向けて、納得した。大通りを我が物顔で占領しながら歩いてくるのは、兵の集団だ。

 総勢20人ほどだろうか。街の人々を威圧しながら進んでくる。腰に帯びた武器が物々しい。

「なんですか、あれ」

「見れば分かるだろ。軍の奴らだ」

「はぁ。なんでまたそんな人たちが?」

「おれたちもよく分からんが、どうも人探しをしているらしい」

 シュエは目をまたたかせた。

「人探し?」

「ああ。昨日、おれのところにも聞きに来たんだ。何だったかな……そうそう、白い髪の女を見なかったかって」

「!」

 思わずむせそうになってしまった。

「し、白い髪の女?」

「ああ。知ってるのか?」

 知ってますとも。とは、さすがに言えなかった。あはは、と笑って誤魔化しておく。

「まっさかー」

「だろうな」

 店主が袋詰めに意識を向けている間に、シュエはもう一度兵士を盗み見た。

 見るからに威張りくさった態度で、とてもお近づきになりたい感じではない。

「……さっきの話」

「ん?」

「その人、なにかしたんですか?」

「さぁな。気になるなら聞いてきたらどうだ?もっとも下々のおれらに教えてくださるとは思えんがな」

 皮肉たっぷりの口調で笑うと、店主は袋を差し出してきた。それを受け取って金を払うと、シュエは早々にその場を立ち去ることにした。





 家へと戻ったシュエは、扉の前で呼吸をひとつした。鍵を外し、中に入る。

 奥の布団の上には、噂の女が座っていた。女は壁にもたれて腹に手を当てていたが、シュエに気づくとこちらをじっと見つめてきた。

「ただいま。何か困ったことなかったですか?」

 荷物を置きながら尋ねると、女はこくんとうなずいた。最初の頃のような敵意はなくなったが、やはり口数は少ないままだ。

 うーん、とシュエは内心で唸った。

 出会った初日の態度はともかく、今の女を見ていてもそんな悪事を働くような人間には見えない。この二日間で情でもうつったのだろうか。

 いつの間にかまじまじと眺めてしまったらしく、女は眉をひそめた。

「……どうかしたのか?」

「ん?あーいや。何でもないですよ」

 首を振って、シュエは買ってきた物の仕分けを始めた。女はその様子をまばたきもせずに見つめている。

「とりあえず適当に食べ物買ってきたんですけど」

「必要ない」

「あのねえ。そう言って、全然食べてないじゃないですか。失血死をまぬがれた後で餓死とか笑えないですよ」

「……本当に、必要ないんだ」

 女はそう言うと、再びお腹に手を置いて目を閉じた。そのまま彫像のように動かなくなる。

 シュエは嘆息した。





 傷口を清潔な布を使って消毒し、包帯を新しい物に替える。

 女を拾って四日目。まだまだ無理は禁物だが、傷はだいぶ塞がりはじめていた。

「はい終わり。タオルと着替え、ここに置いておきますから」

 包帯を巻き終えたシュエは、洗濯したばかりのタオルと着替えを布団の側に置いた。女が小さくうなずく。

 傷口以外を触れられるのを何故か女は嫌がった。

 腕の包帯を替える時はされるがままだが、その他のことは自分でやろうとする。シュエもそこまで強要するつもりはないのでいいのだが。

 汚れた布や包帯をひとまとめにしているシュエを、女はじっと見つめていた。

 前々から口数の少ない相手だが、シュエといると、こうしてこちらの行動を、見守っていることが多い。

 最初の頃は警戒して監視するような顔つきだったが、近頃はただ単に、動きを目で追っているだけのようにも見える。

「さてと。今日の夕飯、どうしようかな。何か食べたい物ありますか」

「必要ない」

「……いい加減にしないと、まじで餓死ですよ!飢え死にですよ!もしかして変な遠慮とかしてるんじゃないですよね!?」

「していない。大丈夫だ。……ありがとう」

「それならいいんですけど。って、ええ!?」

 買ってきた物を取り落とし、勢いよく振り返ったシュエを、女は怪訝そうに見た。

「なんだ?」

「今、ありがとうって言いました?」

「……言ったら、いけないのか」

「全っ然いけなくはないんですけど!むしろそれが普通なんだけど」

「なにが言いたい」

「……ちょっと、びっくりした。うん」

 驚きをそのまま正直に伝えると、女は心外だと言わんばかりに眉をひそめた。

「わたしだって、お礼くらい言う」

「そりゃそうですけど。まさか自分が言われるとは思わなかったもんで」

 思ったことを素直に口にすると、女はますます渋面した。

「おまえだから言った」

「はい?」

「わたしを助けてくれた、おまえだから言ったんだ」

 あまりにも真っ直ぐな言葉に、シュエは目をまん丸にした。とっさに返す言葉も思いつかなかったが、純粋に嬉しいと感じたのは確かだ。

 へへ、と満面の笑みを浮かべると、女も表情をゆるめた。

 どこか穏やかな顔で、女が問う。

「ひとつ聞いてもいいだろうか」

「何ですか」

「なぜ、何も聞かない?」

 シュエは女を見やった。彼女はいつものように壁にもたれ、腹に手を置いている。

 肩をすくめて答えた。

「最初に約束したじゃないですか。事情は聞かないって」

「では質問をかえる。なぜ、わたしを兵に突き出さない?」

 シュエは女の目を見据えた。黄金の瞳は、初めて会った時のような苛烈さは微塵もない。ただ穏やかに凪いでいる。

「兵が女を捜していたはずだ。おまえは、それがわたしのことだと知っている。なのになぜ、黙っている?」

「……それも、重要なんですか?」

「不思議なんだ。わたしにはおまえが何を考えているのか分からない。だから教えてほしい」

 まるで子供のような真っ直ぐな問いかけだった。答えを求める視線に、シュエは内心考え込む。

「……わたしはそんなに頭よくないんですよ」

「ああ」

「ちょっと、そこは否定するところじゃ……」

「頭が良ければ、そもそもわたしを匿ったりはしないだろう。……それで?」

 シュエは息をついた。

「とにかく、わたしはバカだからそう難しいことは考えられないんですよ。あなたが怪我してたから助けただけだし、一緒にいて、あなたが悪い奴にも見えなかったから、兵にも突き出さなかった。それだけ」

「それだけか」

「そうですよ。単純でしょ?」

「単純だ。だが、理解するのは難しそうだな」

 女はそう言うと、どこか慈しむような目で、己の腹を見つめた。そこに当てた手が、ひどく優しげだった。

 後から思い返せば、その時にシュエは気づくべきだったのだ。彼女がよく、腹をかばうような仕草をしていたことに。

「……選べるのなら、おまえのような人間が良かったのにな」

 ぽつんとつぶやかれた言葉は、小さすぎて聞き取れない。聞き返しても女は「なんでもない」と答えるだけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ