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ロストアタッチメント  作者: ガル
天使の子供
12/20

9章





 この家に住んでいるという少女を連れて逃げたのは、間違いなくルピアが追っていた悪魔だった。

「! ま、待って」

 慌てて追おうとしたルピアを止めたのは、激しい獣の咆哮だった。空気を震わすほどのそれに、ルピアの足が縫い止められる。

 ルピアは敵意を剥き出しにした相手を一瞥して、息をのんだ。

「あ、あなたは……」

 短く整えられた白い髪。白い肌。なにより衝撃的だったのは、その苛烈な黄金の瞳だ。

 燃えるように爛々とした目。

 これと酷似した目を、ルピアは他にも知っている。

「あなたは、まさか……。まさか、あの人の」

 問いかけても、相手は答えなかった。

 そもそも言葉が届いていないのかもしれない。獣じみた目が、それを証明している。

 これは天使だ。

 ルピアはそう確信した。自分たちと同列の存在だと、ルピアに流れる血が教えてくれる。

 だが、まだ幼い。暴走する自我を抑える術さえ知らないような子供だ。

 迷っている時間はなかった。仕方がない。

 ルピアはゆっくりと目を閉じた。息をつく。

 再び開いたルピアの目もまた、獣のような鋭さを帯びていた。






 ヤンがシュエを抱えて飛び込んだのは、彼女がいつも狩り場にしている山の中だった。

 大きな木の根本で下ろされた時には、シュエは疲労困憊状態だった。

 何せ人間には考えられないほどの速度で移動してきたのだ。酔わないはずがない。

 吐き気をなんとか我慢しながら、シュエはヤンを振り返った。すぐにでも口から飛び出そうとしていた文句が、ゆっくりと溶けていく。

 大きな木の根本にもたれていたヤンは、シュエの比じゃないほど辛そうだった。元々青ざめていた顔が、死人のようになっている。

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねー。死ぬ。もうだめだーおれ。やり残したこといっぱいあんのに」

「……そんだけしゃべれるなら、大丈夫そうですね」

 呆れて言うと、ヤンは舌を出して笑った。おどける余裕はありそうだが、顔色が酷いのも事実だ。

 シュエはふらふらの足取りでヤンの所まで歩くと、傍らにひざまずいた。

「ヤン。わたしはちょっと戻るから」

「はーあー?」

「トール置いてきちゃったじゃないですか。だから。あ、ヤンはついてこなくていいから」

 説明すると、ヤンは眉をひそめた。

「トール?誰?……もしかして、あいつの名前?」

「ん?あ、そっか。ええーっと…………ハイ」

「まじで?いつの間に?」

「い、色々あったんですよ」

 しどろもどろに答えると、ヤンは「ふーん?」と言ってニヤニヤした。居心地が悪くなる。

「……なに、ニヤニヤしてんですか?」

「べっつにー?」

 白々しくそっぽを向いたヤンだったが、すぐに吹き出して笑いだした。

「冗談。……トールか。うん。いいんじゃね?ちょっと普通だけどさ」

「悪かったですね」

 憮然とした口調でシュエは返した。

 確かに我ながら普通の名前だと思ったが、あの時はそれが自然に浮かんだのだから仕方がない。

 そんなことを考えていたシュエだったが、唐突に話がそれていることに気づいた。こんなことをしている場合ではない。

「とにかく、トールのところに戻らないと。あの子、様子がおかしかったんですよ」

「あーだめだって。逆効果」

 手を振って、ばっさりとヤンが却下する。意味が分からない。

「逆効果?」

「だからさ、トールがぶち切れたのはシュエがきっかけなんだって」

「へ?わたし?」

 シュエは自分を指さして聞き返した。「そ」とヤンが頷く。

「びっくりだよ、ほんと。あいつら来て、やべぇとか思ってたら、トールが裏から入ってきて。

 んで逃げるタイミングみてたら、いきなり例の銃だろ?それでトールがぶち切れて飛び出してったってわけ」

 とても簡単に、分かりやすくヤンが説明する。あーなるほどーとしか言えない。

 ではあれがトールのぶち切れた状態なのか。……うん。そんな生易しい雰囲気ではなかったけど。

「だからシュエがいないほうが、トールの頭も早く冷めんの。分かった?」

「いや、でも。兵士とか天使もいたし、何かあったらどうするんですか」

「あー。平気平気。あいつらが追ってんのはおれだし」

 あっさり告げられた言葉に、シュエは呆れてしまった。

「……やっぱりヤンが元凶だったんですね?」

「すんません」

 悪びれもせずにヤンが謝った。シュエはため息をつく。

 彼の説明によれば、ルピアに追いつめられて死にそうだったところを、シュエたちが拾ったらしい。

 偶然にしては出来すぎている気もするが、嘘はついていなさそうだ。

 それにしても最初にあの女を拾った日から、シュエの毎日はおかしなことばかりが続いている。

 天使といい悪魔といい、普通に生活していたら、まず関わらない類のものなのに、今は当たり前のように横にいるのが不思議だった。

 シュエはそっと隣のヤンに、目を向けた。彼は疲れたように木にもたれて目を閉じている。

「……ヤン、寝てるんですか?」

「んー。起きてるけど。なに?」

「ちょっと聞きたいんだけど……天使ってなんなんですか?」

 問いかけると、ヤンはうっすらと瞼を開けた。そのまま目だけを動かして、シュエを見る。

「何って?」

「だからさ。天使が悪魔を追いかけ回すのは分かるんですよ?貴重な食料だし。でもなんで軍の兵士と一緒にいるんですか?」

 ルピアと兵士たちが、まるで仲間のように接していたことを思い出す。いや仲間というより、天使に対する兵士の態度は、まるで目上の上司に対するようなものだった。

 天使が王都で管理された生き物だとは知っているが、なぜ軍人と一緒にいるのかが理解できない。

 するとヤンはものすごく呆れた顔をした。

「そりゃそうだろ?天使ってのは、軍属なんだし」

「……はい?なに?」

「兵士と一緒。軍の駒」

 気だるげにヤンは説明した。

「天使ってのは王都の軍で管理されてんの。繁殖から孵化まで、それこそ全部な。んで生まれてすぐに軍籍に入れられるわけ」

「軍籍って……じゃあ天使も軍人ってことですか?」

「んーどっちかってゆーと、生物兵器のほうが近いんじゃね?」

 生物兵器。

 言葉を失ってしまったシュエに、更にヤンは言う。

「人間じゃ悪魔は倒せないから、今回みたいな悪魔の討伐じゃ、絶対に天使が出てくるし。普通に人間同士の戦争でも使ってるみたいだけど」

 話を聞けば聞くほど、シュエが思っていた天使のイメージとは離れていく。

 王都で大切に保護されている稀少な種族。シュエはずっとそう思ってきたが、実際は少し違うらしい。

 シュエは混乱しそうになる頭を何とか整理した。

「て、天使ってそんなに数いるんですか?」

「いや?少ねーよ。今は20か30くらいか?数なら悪魔のほうが圧倒的に多いんだけど、なんせあいつら強くて……」

 説明しながら、しんどそうにヤンは目を閉じた。肌は青ざめ、目が落ち窪んでいるのがよく分かる。

 一体彼は何日食事をしていないのだろう、とふと思った。少なくとも、シュエたちが拾ってからは一度もないはずだ。

 しかもその間、トールに血まで提供しているのだから、そうとう身体に堪えているに違いない。

 ほとんど無意識に、シュエは右手を差し出していた。

「ほら」

 目の前に突き出された腕を、ヤンはまばたきしながら見つめた。それから、シュエの顔を見る。

「は?」

「お腹すいてるんですよね?」

「そりゃもう腹ぺこだけど……」

「だったらどーぞ」

 ヤンは苦笑しようとして失敗した。顔をゆがめ、乾いた声で笑う。

「えー?トールに八つ裂きにされねー?」

「トールにはちゃんと言っておくから。っていうか、そんなへろへろで、逃げられると思ってるんですか?」

「そりゃそーだけど……。って、ちょ、近づけんなってば!まじでうっかり噛んじゃうじゃんか!」

「だから噛めって言ってんですよ」

「トールに殺される!!」

 ヤンは両手をあげ、必死な様子で首を振った。そこまで拒否されると、逆におもしろくない。

 口の中に手でも突っ込んでやろうか、などと物騒なことを考えていたシュエは、ふとヤンが表情を消したのに気づいた。

 彼はどこか警戒するような顔つきで、ゆっくりと目を上空へと向けた。

「ヤン?」

「しっ」

 静かに、と身振りで示され、シュエは口をつぐんだ。辺りが静まり返る。

 山の中を吹き抜ける風の音以外、何も聞こえない。

 ふっと、ヤンが唇をゆがめて失笑した。

「……やだやだ。まじで化けもんかよ」

 え?と、シュエが問い返そうとした、その時だった。

 落ち葉を踏む乾いた音がして、少し離れたところに誰かが降り立った。

 シュエは思わず自分の目を疑う。

 ついさっきまで誰もいなかった場所に、人が立っている。ルピアだ。

「え?ええ!?」

 歩いてきたのかどうかさえも分からない神出鬼没ぶりに、シュエはぽかんと口を開けた。

 気のせいでなければ、気のせいでなければ、上から降りてきたようにも見えたのだけど。いや、まさか。

 唖然とルピアを凝視していたシュエは、ふとあることに気づいた。

 さっき会った時は綺麗だった彼女の服は、今、黒ずんだ赤色で汚れている。あれは……まさか、血だろうか?

 喉が、奇妙な音をたてた。ルピアは怪我をしているようには見えない。では、あれは誰の血なのか。

 ふと背中を軽く叩かれた。ヤンだ。

 ヤンはシュエに笑いかけると、緩慢な動きで立ち上がった。

 離れたところにいるルピアに向かって、彼は肩をすくめて嘆息する。

「久しぶり?ってか、おれはもう二度と会いたくなかったんだけど。あんたしつこいー」

「あ、あなたが逃げるからじゃないですか」

「そりゃ逃げるに決まってるし」

 シュエは息を吸いこんで深呼吸すると、ルピアに声を投げた。

「あんた、その血は? ……トールはどうしたんですか?」

 ルピアはそれには答えず、ただシュエをちらりと一瞥した。

「あなたには後でお聞きしたいことがあるんですけど。……でも、今はその悪魔のほうが先、です」

 薄暗い影の中で、天使の目だけが爛々と輝いている。

 おどおどした口調とは裏腹に、獣じみた双眸に、思わずシュエはヤンを見上げた。

 ヤンは余裕のある態度を崩さなかったが、どこか緊張しているのが分かる。

 無理だと思った。ヤンでは勝てない。唐突にそう直感した。

 そもそも種族的に、悪魔は天使に劣ると言ったのは、他でもないヤンだ。その上、この疲労した身体では勝てるはずがない。

 気がついたら、シュエはヤンを庇うように前に出ていた。ふたりの視線が前後から突き刺さって痛い。

「シュエ」

「な、なんのつもりですか?」

 ルピアは理解できないと言いたげに、戸惑った表情を浮かべている。

「それは、悪魔ですよ?あなたがた人間を喰らうものです」

「はぁ。まぁ、そうなんですけど……さすがに5日間も一緒にいると、情が移っちゃうっていうか」

 自分で言いながら、シュエはおかしくなった。

 最初の女から始まって、トール。それから、ヤン。自分は情を安売りしすぎな気がする。

 それでもまぁ、いいかと思ってしまうのだから、仕方がないのだけど。

 ルピアは嫌悪感をかすかに滲ませながら尋ねた。

「……あなたは本当に悪魔なんですか?」

「いや、わたしは人間」

「だ、だったらなぜ」

「なぜって言われても……うーん。分かんないんですけど」

 自分でも本当に分からなかったのでそう言うと、後ろでヤンが吹き出した。

 笑うとは失礼な。肩越しにじろりと睨むと、思いの外近くでヤンと目があった。

「いけないんだー。天使の親のくせに、悪魔に味方なんてして」

 ふたりにしか聞こえないような小声に、シュエは顔をしかめた。

「うっさいな」

「礼を言ってんだよ。普通にうれしいし。……あのさ、シュエ」

「なんですか?」

「もう一回だけ、おれを助けてくれる?」

 何を今更、と返そうとしてできなかった。ヤンの顔が近づいてくる。

「!」

 あ、と思う暇もなかった。

 首と肩の間に噛みつかれる。ガリッという耳慣れない音とともに、一瞬視界が真っ白になった。遅れて強烈な激痛。

「っ!!」

 あまりの痛みに、シュエは顔をゆがめた。

 生温かい何かが、首元に広がっていく。むせるほど強い、血のにおい。

 激痛と出血のショックで、意識が朦朧としてくる。ふらついた身体が、後ろから支えられた。

「なっ……なにをするんですか!?」

 ルピアの驚愕した声が、やけに遠く聞こえた。

「何って、見てわかんね?ちょっと食事」

「その人はあなたの仲間ではないんですか!?」

「仲間ねぇー」

 シュエのすぐ近くで、ヤンが笑った。いつもと同じ、あっけらかんとした笑い声だった。

「んなわけないじゃん。ちょっと利用させてもらっただけだっつの。この子、お人好しそうだったしさ」

「あ、あなたという人は……!」

「っと、来んなよ?」

 シュエを支えていた腕が動く。振動で痛みが増し、シュエは顔をしかめた。ああもう、無闇に動かないでほしい。頭が痛くて死ぬ。

「一歩でも動いたら、この子殺しちゃうよ?」

「な、何を……」

「あんただって気づいただろ?この子はあの天使の親だ。この子がいなくなったら、あの天使はどうなるんだろーな?さぞかし悲惨な末路だろうけど」

 勝手に人を殺すなと言いたかったが、もう声も出ない。溢れてくる血は熱いのに、逆に身体はだんだん寒くなってきた。

 どれくらい経ったのか。短くも長くも感じられる沈黙の後、ルピアが低い声でつぶやいた。

「……分かりました。あなたを追いません。約束します。だから、その人から離れてください。はやく!」

「はいはいっと」

 軽い口調でそう答えると、ヤンはゆっくりと抱えていた身体を離した。

 足が身体を支えきれず、膝をつく。気持ちが悪い。頭ががんがんと痛むし、何より自分の血の匂いに酔いそうだ。

 このやろう、という気持ちをこめて、シュエはヤンを睨みあげた。するとヤンは目をまたたかせた後、こっそりと苦笑した。

「悪い、シュエ。あーそれから、ごちそうさま?」

 小声で囁かれた言葉に、シュエは顔をしかめる。なんだそれは、と文句をつけたかったが、口がうまく動かない。

 そうこうしている間に、ヤンは立ち上がった。ルピアのほうを見たまま後ずさる。

 一瞬の間の後、ヤンの姿は消えていた。





 ヤンが消えた方角を睨んでいたルピアは、しばらくして思い出したシュエに視線を向けた。

 目が合うと、ルピアは言葉を失ったかのように立ち尽くした。

 そんなにひどい格好をしているだろうか。少しだけ気になったが、確認するような余裕はシュエにはない。

 激痛は続いているし、吐き気がひどい。思考回路が血の匂いでショートしてしまったのか、ほとんど何も考えられなかった。

 ただ飛びそうになる意識を、必死でつなぎとめることしかできない。

「だ、だ、大丈夫ですか?」

 遠くでルピアの声が聞こえる。これが大丈夫に見えるのかと言い返してやりたいが、やっぱり声が出ない。

 ぼやけてきた視界の中、ルピアが近づいてくるのが分かった。

「ど、どうしましょう。すごい血。すぐにお医者さまを……」

 そうつぶやいて、ルピアが傍らに屈み込もうとした、その直前。

 激しい咆哮が、辺りを揺らした。

「!」

 打たれたように、ルピアが素早く身を引いた。シュエは目を瞬かせる。

「……トー、ル?」

 ルピアとシュエの間に割り込むように現れたのは、トールだった。シュエに背中を向け、ルピアと対峙するように向かい合っている。

 目の前の背中を見て、シュエは息をのんだ。

 トールの背中は血だらけだった。それだけではない。服が裂け、そこから血にまみれた小さな羽のようなものが見える。

 トールが再び吼えた。怒り狂った獣の叫び声だった。

 まずいな、と思う。止めなければ。でも身体が動かない。

 こいつらと比べると、人間ってひ弱だなぁ、なんてどうでもいいことを考えてしまう。

 シュエは痛みを堪えながら、懸命に腕を伸ばした。

 血塗れになったトールの服の裾をつかむ。それを何とか引くと、一瞬おいて、トールが振り返った。

 目が合う。

 その顔を見て、ちょっと笑ってしまった。普段はクールですました顔をしているくせに、なんだその変な顔は。

 って、だめだ。視界が暗くなってきた。

「っ、シュエ?……シュエ!」

 意識が途切れる直前に見たのは、泣き出しそうな表情をしている小さな子供の顔だった。








 王都に戻る前日の夜、セイレンは少し離れたところにある幼なじみの家を訪れた。

 小さい頃は毎日のようにお互いの家を行き来していたふたりだが、さすがに大きくなってからはなくなった。

 そもそも今はセイレンが王都にいるため、会うことすら限られている。

 それはそれで仕方がないことだし、そもそも成長してまで幼なじみ同士べったりなほうが問題だとセイレンは思うのだが、彼の両親は違うらしい。

 シュエの親が亡くなって、一時的に彼女を預かっていたせいか、セイレンの両親は今でもシュエを自分たちの子供のように接している。




「そういえば、近所に誰か越してきたのか?」

 思い出して母親に尋ねると、母親は首をかしげ「誰も越してきてないわよ」と答えた。

 脳裏に、トールの姿が浮かんで消えた。もちろん小さなトールと、生意気なトール二人分の姿だ。

「そんなはずない。トールたちの家族が越してきただろう?」

「は?トール?どこの子?」

 怪訝そうに問い返され、セイレンは言葉に詰まった。そういえばトールがどこの子なのか、そもそも男なのか女なのかも知らないのだ。

 知っているのは近所に越してきたことと、シュエが預かっていることくらいか。

 それを言うと、母親は目を輝かせ「それじゃシュエちゃん今、子供預かってるの?やだー言ってくれればいいのに!」

 そう言って、セイレンに大量の食料を持たせた。これは何だ、と問うと夕飯のおすそわけだという。

「子供預かってるなら、ご飯とか大変でしょ?セイレン、それ持っていってあげなさい」

「どうしておれが」

「母さんは今手が離せないの。それにセイレン、明日には王都に戻るんだから、きちんと挨拶してきなさい」

 なぜ王都に戻るのに、わざわざ幼なじみに挨拶をしなければならないのかと疑問に思ったが、それは黙っておいた。反論するのも面倒くさい。

 それに王都に戻ったら、また何ヶ月も帰ってこれないのは確かなのだ。今回の帰郷ではあまり話せなかったし、顔ぐらい見ておいてもいいかもしれない。



 そんなわけで大量の食料を持って、セイレンはシュエの家に来たわけだが。

「……」

 幼なじみの家の前で、セイレンは立ち尽くしていた。なんだこれは、と唖然とする。

 あるはずの家の扉はなく、残骸と思われる木の破片が辺りに錯乱していた。夜だというのに家の中は暗く、静まり返っている。

 誰もいない。

「シュエ、いないのか?」

 呼んでみても返事はない。どこかへ出かけているのだろうか。ーーー家をこんな状態で放置したまま?

 さすがにそれはないだろう、と思いつつもセイレンは家の中へ入らせてもらった。少し待っていれば、シュエが戻ってくるかもしれない。

 けれどセイレンはその考えが甘かったことを知る。



 夜が更け、朝になってもシュエは戻ってこなかった。






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