第8話:君のために
太陽はいつも地球を照らしている
でも誰も太陽を照らせはしない
眩しすぎてまっすぐ見られない
本当は太陽になりたかったけれど
本当は一緒に隣にいたかったけれど
それは出来ないから、僕は月になろう
太陽が居なくなった時にみんなをほんのり照らせるように
共に居ることは出来ないけれど、それだけで充分だから
ずっと考えてた。俺にできること俺だけに出来ること。
そう、簡単な事だ。最初から一つしかなかったんだ。
『プルルルル・・・-。プルルル・・・-、・・・ガチャッ』
「・・・・・・もしもし・・・あぁ、うんそう・・・・・・・・・いや、そうじゃなくて・・・俺わかったんだ・・・そう。俺が、俺だけが智沙のために出来ること・・・・・・うん。俺は―――」
外に出ると、昨日の夜から降っていた雪がうっすらと積もっていた。白いモヤっぽい世界は儚く凛としていて美しく、智沙を思わせた。
息を吐くたびに白い息が出ては消えた。やっぱり冬の朝は好きだ。冷え切って張り詰めた空気はどんな時でも俺を現実的にしてくれた。
でも今日だけはいつもと違って、人っ子一人居ない銀世界はなんだかふわふわしていて夢のようだった。俺はゆっくりと病院へと向かった。
病室に行くと、昨日はなかった花が飾られていた。
「おはよ、智沙。これは?」
「ハルっ。おはよう。そのお花ねお母さんが持ってきてくれたのよ」
嬉しそうに花を見つめる智沙。
「そっか、・・・俺も買ってこようか?」
そう言うと智沙は一段と顔をパァッと明るくした。
「ほんと?!ハル、じゃあ私ね、ヴィデがいいな!」
「ヴィデ?」
聞きなれない単語に首をかしげると、智沙はベッドの横の棚から新聞紙の切り抜きを出して、俺に渡した。
「半年くらい前から、新しく植物登録された花なんだけど、真っ白な花ですごく綺麗なのよ。私、この花大好きなのっ」
そう言って微笑む智沙は花のように可憐だ。
「わかった。じゃあ明日から毎日買って、ここに届けるよ」
「本当?!・・・ハル、大好き!!」
智沙は俺の服の裾をクイッと引っ張ると、頬に軽くキスをした。
「なっ・・・!」
俺が慌てると、智沙はくすくす笑いながら俺の手を握った。
「ハル、照れてるー」
「・・・うるさいなぁ」
俺が赤面させると、智沙は更に笑って、ベッドの横のいすに俺を座らせた。
そしてわざとゆっくり俺を抱きしめて、俺の髪を指先で優しくかき混ぜた。
「私、ハルの髪好きよ。柔らかくてふわふわしてて」
「そうかな?癖がつきやすいから毎朝大変だよ」
いつもは恥ずかしがってすぐ逃げるんだけど、智沙の手があんまり弱々しかったから、俺は智沙にされるがままだった。
「ふふっ、なんか猫撫でてるみたい」
そう言うと智沙はくしゃっと髪を丸めた。
「わわっ、ひどいなー」
「いいじゃなーい、少しくらい」
俺が髪を整えようとすると、わざと乱暴に髪をかき混ぜて髪に癖をつけようとしてきた。
「智沙は子供の時からよく俺の髪で遊んでたからなー」
「そうだっけー?」
「ほら、よく俺の髪をゴムでしばったりして遊んでたじゃん!あの時からわりと髪の毛長かったからさ」
「えー!私そんな事したことないよー!」
「あったって!最近だってしょっちゅう俺のあたまグリグリやるじゃん」
「ないない!」
「絶対あった・・・って・・・あ」
そこまで言って気がついた。
もう智沙が自忘症になってから4日経つから、思い出が消え始めてるんだ。
そっか・・・。こういうことなんだな。
「うーん、やっぱ無いでしょー?」
智沙は俺の顔を疑わしげに覗きこんだ。
「いやっ・・・やっぱ俺の勘違いだわ」
「ほらねー!・・・って私じゃなかったら誰がそういう事をするのよー!」
「えっ!」
予想外の反応に戸惑う俺を見て、頬を膨らませる智沙。
「・・・さぁ?昔の事は覚えてないなー」
ちょっと意地悪かなって思ったけど、頬を膨らませて怒る智沙があんまり可愛かったから、俺はとぼけることにした。
「なにそれー!ずるいっ!うりゃっ」
智沙は俺の前髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜたが、ふと手が止まり、どうしたんだろうと思う間もなく、智沙に抱き寄せられた。
「・・・他の子、好きになっちゃ嫌よ?」
心がキュンと締め付けられた。
「ならないよ・・・。っていうかなれないよ。智沙みたいに小っこくて華奢でバカで一生懸命な可愛い子いねーもん」
そういうと智沙はくすぐったそうに笑った。
「バカは余計でしょー」
俺は、優しく控えめに額と頬にキスをした。
「智沙、結婚しよう」
智沙は目を大きく見開いて俺をじっと見つめた
そして俺の胸にもたれて透き通るような声で嬉しいと呟いた。
君は俺の太陽だ