第7話:雪のように
あたりはもう真っ暗だった。
俺と亀吉は何も話さず、家に向かって歩いていた。
冷たい風が吹き付けていたが、心はほんのりと暖かかった。
「・・・じゃあな、亀吉。ありがとう」
俺は少しバツが悪かったから、亀吉の目を見ずに言った。
「いつまでかかるかわからんが、俺もベストをつくす」
「え?」
「オルゴールだ」
亀吉は少しだけ照れくさそうに左手で眼鏡を押し上げた。いつもと同じような風景。
二人で並んで歩く時、いつも俺は左側で亀吉は右側にいる。左側から見る眼鏡を押し上げる姿。何度も何度もみているその仕草は、俺を妙に落ち着かせた
「俺、自分に出来る事、考えてみるよ」
「あぁ」
「・・・なんか俺情けなかったな」
俺は親友の前で泣きじゃくってしまった事を今更ながら思い出し、急に恥ずかしくなった。
きっとそれを亀吉に伝えると、きょとんとしながら「なんで?」って聞くだろうから言わないけど。
「そう思うならそんな顔をするな」
亀吉はそう言って軽く笑いながら頭を小突いた。
「おぅ、・・・じゃあ帰るよ」
亀吉に背を向けて、俺はその場を立ち去ろうとした。
「・・・っ、・・・つくし!」
俺を呼び止める声とともに、腕を強い力で引っ張られ、その思いのほか強い声音と力に驚いて振り向くと、眉をひっそりと寄せてただ俯く親友の姿があった。
何か言いたげな表情ではあったが、しばらくたった後、何も言わずゆっくり手の力を緩めた。
「いや・・・、気をつけて、帰れよ」
俺は何を言いたかったのか問いただしたい気持ちいっぱいだったけど、亀吉は頑固でこういう時、どんなに聞いても絶対に言わない事を知ってたから、何も言わず俺は帰った。
帰り道。空を見上げると、月が満月よりもほんの少しだけ欠けていた。
自分自身、何故あの時親友を止めたかったのかわからなかった。ただ、体が勝手に動いた。
あるいは、そうすることが一番自然であるような気がした。という方が的確かもしれない。
今なんとかしないと、目の前の親友は誰にも手の届かない所に行ってしまう。そんな気がしたのだ。だけど、それは言葉に出来る程じゃないくらいほんの少しの、絶対なる予感だったから、俺は何も言えなかったんだ。
胸がつまるようだった。親友のあんなに情けなく取り乱した姿は初めて・・・いや、一度だけあったかもしれない。つくしと智沙ちゃんがケンカをしたときだ。
今までケンカをしたなんて話はめったに聞かなかったから、とても印象に残っている。
今にも泣き出しそうな表情で、ケンカをしたと相談してきたつくしは、いつもの明るいつくしからは創造も出来ないくらいの情けなさで、かなり笑えた。
結局あいつがあんな顔をするのは智沙ちゃんが絡んだ時くらいなのだ。あいつの中では、智沙ちゃんがすべての中心なのだろう。
そう思うとなんだか胸が苦しかった。嬉しくて悲しかった。微笑ましくて切なかった。
どうして・・・。
「ふぅ・・・。寒っ」
ふと寒さに気づいて空を見ると、チラチラと雪が降り始めていた。手のひらを空に向けて広げると、雪はふわふわと宙を漂い手の中で消えていった。
「・・・オルゴール直すか」
ドアをピシャリと閉める音がひっそりと雪に響いた。