第5話:赤くて丸いもの
第5話:赤くて丸い物
智沙の病室の前で息を整えて、深呼吸をする。
よし。
「智沙、俺だけど。入るよ?」
暫くしてから智沙の声が聞こえた。どうやら寝ていたようだ。
「・・・ハル?うん、いーよ」
静かにドアを開けると、智沙が微笑んで迎えてくれた。
思わずその微笑に見とれて、ドアを開けたところで立ち尽くしてしまった。
智沙が不思議そうな表情になったのを見て、やっとベッドまで動いた。
「・・・おはよ」
「おはよう。どうしたの?そんなに汗かいて」
智沙はクスクス笑いながら、ベッドから起き上がって俺にタオルを渡した。
「や、走ってきたから・・・。起きて大丈夫なの?」
「やぁね、そこまで病人じゃないわ。少し眠いだけ」
そう言って智沙は眠そうに目を擦った。
「そっか。そうだっ、智沙にプレゼントだよ」
俺がそう言うと、智沙は目を輝かせた。
「何?何?プレゼント?」
俺が紙袋をガサガサさせると、身を乗り出して覗いてきた。
「うん、ホラ。昨日約束したリンゴだよ」
きっと智沙はさっきよりも目を輝かせて言うんだ。
「わぁ!美味しそうなリンゴっ。ありがとう、ハル!」
そうしていつもみたいにギュッって抱きついて、俺が息苦そうに悶えるのを見て可笑しそうにクスクス笑うんだ。
そしてそんな可愛い智沙を見て、俺も笑顔になれるんだ。
「なぁに、ソレ?」
「え・・・?」
―「検査なんだって。明日になってリンゴが分からなければ早熟タイプ、わかればそれ以外のどちらか、ですって」
―「早熟タイプは発病から死に至るまでの期間が10日で」
“短くてあと一週間の命です”
息が上手く吸えない。
「・・・智沙、これはリンゴって言う、果物だよ・・・」
「リンゴ?」
智沙はリンゴを手に取り、不思議そうに眺めた。
そんな智沙を見ていると、俺はどうしても涙がこみ上げてきた。
だが、俺が泣いても智沙が心配するだけだと思い、必死に堪えた。
お前が泣いてどうする。
一番つらいのは智沙なんだぞ。
深呼吸をする。
「智沙、食べてみる?甘くておいしいよ」
笑顔でそう言うと、智沙は嬉しそうに目を輝かせた。
「うん!・・・このまま食べられるの?」
「これは皮で、剥かなきゃ食べられないんだ。ほら、かして」
俺に出来る事
智沙のためにしてやれる事はなんだ。
― オルゴールは一週間後に取りに来い
あっ・・・
俺はリンゴを剥き終わり、それを切って智沙に渡すと、席を立った。
「どうしたの?」
「ごめん、用事が出来たからもう行くね。また、来るよ」
智沙は少し寂しそうだったが、また行く、というのを聞いて笑顔になった。
病院を出ると、友のところまで走った。
亀吉。
俺は・・・どうすれば・・・。