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第4話:みちくさ

次の日の朝、俺は智沙との約束通り『みちくさ』へと足を運ばせていた。

マフラーに顔を埋めて早足で歩く。

このマフラーは智沙が去年に作ってくれた物で、所々穴が開いていたが、不思議と暖かかった。

「おーい!千代ばぁっ、居るかー?空けてくれー」

ボロイ戸を叩くと、すぐに中から優しい顔をした千代ばぁが出てきた。

「今朝は珍しい客がくるもんだねぇ、朝が苦手なつくしにこの時間に会えるなんて思わなかったよ。外は寒いねぇ、さぁ中にお入り」

俺は鼻をすすりながら店の中に入った。部屋はストーブが点けてあってすごく暖かかった。

「今日はちーちゃんは一緒じゃないのかい?」

千代ばぁから智沙の名前が出てきただけで、体が硬直した(寒さのせいもあった)。

―…何て言おうか

「智沙は…、勉強してるんだって。冬休み明けにテストがあるからって」

心配症の千代ばぁのことだから、本当の事を言ったらショック死するんじゃないかと思って、俺は嘘をついた。

「…そうかい、そうかい。あの子は頑張り屋だからねぇ。無理をしてないといいんだけど」

ごめん、千代ばぁ

「あ、ねぇ。リンゴ買いに来たんだけど」

「あぁ、いくつ欲しいんだい?」

俺は少しぶっきらぼうに指を2本立てた。

「じゃぁ、一つおまけするからちーちゃんにあげて頂戴」

(元々智沙にあげるために買ってるんだけどな)

そう思いながらも、俺はコクンと頷いた。

千代ばぁは真っ赤なリンゴを3個、紙袋に入れている。

それからふと思い出したように、レジ(とは言っても大きめのそろばんが置いてあるだけだが)の下の戸棚をあけて、何やら埃を大量に被ったものを取り出してきた。

「何、ソレ」

俺は繁々とソレを眺め回し、埃臭い匂いを防ぐために鼻をつまんだ。

「ちーちゃんに頼まれていた物でねぇ、オルゴールだよ」

千代ばぁからオルゴールを受け取り、蓋に息を強く吹きかけると、埃が飛ばされて

文字が彫ってあることがわかった。

更に指で埃を拭うと、なんとか文字が読めるようになった。

かろうじて読めた字は『宗四郎から千代子へ』と彫ってあった。

「宗四郎さんは私がお前達と同じくらいの歳に亡くなった私の旦那様だよ」

「千代ばぁって結婚してたの?」

「あぁ、そうだよ。宗四郎さんは優しい方でねぇ、嫁いですぐに結核でお亡くなりになってしまったのだけど、このオルゴールはその時に頂いた物なのよ。当時はこんな物でも何でか高価でねぇ、たった数日一緒に暮しただけの娘にくれるなんて…」

千代ばぁはオルゴールを見ながら目を細めた。

「今はもうサビついててほとんど動かないんだけど、ちーちゃんに話したら欲しいって言うからあげようと思ったんだけど」

俺はオルゴールのネジを巻いてみたが、音は途切れ途切れにしか聞こえなくて、なんの曲なのかさえわからなかった。

「やっぱりダメだねぇ。まぁ、ちーちゃんには捨ててもいいって伝えておいて頂戴」

俺はオルゴールとリンゴの袋を抱えて『みちくさ』を後にした。

すっかり温まっていた体に、冷たい風が吹き付けてきて、来たときよりも余計に寒く感じた。

俺は病院とは逆方向へと急ぐことにした。

そいつは俺のいわゆる親友って奴で、少し(かなり)変わり者だった。

しかし、まさかこんな形で奴を必要とする日がくるとは思わなかった。

奴の家は骨董品屋だ。爺さんがやってる店らしいが、奴も興味があるらしくほとんどその店で時間を使っているようだった。

そして、その店では骨董品の売買の他に、掃除や手入れもやっているという話を本人から聞いた事があったことを思い出した。


店につくと、窓から奴が忙しそうにせわしなく手や足を動かしているのが見えた。

勢いよく扉をあけて奴の名前を大声で叫ぶ。

「おーい!!亀吉かめきち!」

亀吉は怪訝な目をこちらに向け、中指で眼鏡あげた。

「大声をあげんでくれ、つくし。狭い店だ、ちゃんと聞こえる」

亀吉は俺を一瞥すると、すぐに作業に目を移した。

「何の用だ」

亀吉って名前は爺さんがつけたらしい。本人は気に入ってないようだが、この喋り方や雰囲気にはピッタリだと俺は思う。

「あぁ、頼みがあるんだけどいいか?」

「内容を知らない以上は頷けん」

亀吉は顔がいい上クールな性格のお陰でモテるようだけど、俺は相当な変わり者だと思う。

そう思っていても仲がいいのは、俺自身不思議でならない。

「コレなんだけど…、直せるか?」

亀吉は黙って俺からオルゴールを受け取った。

亀吉は上着のポケットから布を取り出し、それでオルゴールを綺麗に拭いたあと、蓋を開けた。

雑音と化したメロディーを聴くなり、亀吉は眉間にしわを寄せた。

「こりゃ、ひどい」

亀吉はそのまま蓋を閉めて、俺にオルゴールを突っ返した。

「出来ない事もないがコストが掛かりすぎる。そこまでのリスクを背負う程の価値がコレにあるとは思えんな」

手についた埃を落としながら、亀吉は言った。

「頼むよ、金は払う」

俺は精一杯頼むが、亀吉は全く表情を変えない。

「俺は納得のいかん仕事は引き受けん。つくし、お前は何故コレにこだわる。お前にとっては価値のある物だとも、俺は思ってないぞ。理由が聞きたい」

「理由…」

俺は答えに困って俯いた。

勢いよくここまできたが、確かにこのオルゴールは俺にとっては価値のないものだ。

ただ、智沙を喜ばすためだ。

困っている俺の心を読んだかのように、亀吉は急に微笑んだ。

「フッ、まぁいいだろう。お前の頼みだ。ただし報酬はちゃんと貰うぞ」

「い、いいのか?いくらだ?」

思いがけない亀吉の返事に、俺は顔を明るくした。

「10万」

「了解!10万なっ!…―って10万?!」

思わずノリツッコミみたいに返してしまう、そんな俺。

「ウッソ」

「って嘘かよ!!お前最近キャラに似合わずお茶目だぞ…」

俺がそう言うと、俺ぐらいにしか見せないとびきりの笑顔を浮かべた。

キャーキャー言ってる女共には見せてやらないんだ。親友の俺にだけみせる顔。

何だかそれが優越感って感じでくすぐったい。

「ははっ、構わん。タダでやってやる。そのかわり毎日購買の焼きそばパンな」

「それってタダって言わないだろ。っていうかそれだけでいいのか?金かかるんだろ?」

ウチの購買の焼きそばパンは120円。卒業まであと四ヶ月くらいだから、約二万もかからない。安すぎるんじゃないかと思う。

「ふむ、そうか。じゃあ焼きそばパンとコロッケパンと三色パンとクリームパンとチョココロネとカツサンドと…―」

指は一本一本折って数えながらドンドン購買で売ってるパンの名前をあげていく亀吉。

10万するわっ!!

「わ、わかった…!焼きそばパン!なっ?」

慌てた俺がそう言うのを、亀吉は面白そうに笑う。

つくづくやっぱりコイツはよくわからない。

「オルゴールは一週間後に取りに来い」

「オッケ、了解」

俺はキョロキョロと時計を探した。古ぼけた時計は11時を指していた。

「やっべ、もうこんな時間か」

俺が急いで身支度を始めると、オルゴールを調べていた亀吉は眼鏡をとって俺の方をみた。

「なんだ、用事があるのか」

最後にリンゴの入った袋を持って、俺は外にでた。

亀吉は椅子に座ったまま寒そうに身を縮めた。

「あぁ…うん、まぁ。そうだお前リンゴいるか?」

言葉を濁し、それを誤魔化すようにそう言った。

亀吉には智沙の事を話すべきだろうか。亀吉にとって智沙きっと妹みたいなものだ。3人で遊んだ思い出も少ないわけじゃない。

だけど、智沙の自忘症の事を誰かに話してしまうと、それを認めようとしていない俺はどうすればいいんだろう。

「くれるなら貰う」

亀吉は俺が悶々と考えてるなんて思っていない様子で、今まで通り平然としている。

俺は紙袋からリンゴを一つだして、そんな亀吉に向かって投げた。

「…『みちくさ』で買ったんだけど、一個余分なんだ」

「そうか」

亀吉はリンゴを服で拭いている。

「じゃあな」

ピシャリと戸を閉め、俺は早足で病院へと向かった。


気がつけば駆け足で病院に向かっていた俺は、冬だというのに汗をかいていた。

予定よりも来るのが遅くなってしまった事が無償に悔しくて、それを取り戻すような気分で走っていた。

あと、どれくらい一緒に居られるのかわからないんだ。

出来る限り傍に居たい。


それが、それだけが俺の願いだ



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