表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

第3話:鮮明な思い出

第3話:


先生に話しを聞いてから、ずっと頭の中に白いモヤがかかったような感じがして、ボーッとしていた。それは俺だけじゃなくて、姉ちゃんも同じようだった。

俺はいつのまにか智沙の病室に居たけれど、どうやってここまで来たのかすら朧気にしか覚えてなかった。


「ハル…?」

そんな俺の異変に気づいた智沙の心配そうに声を聞いて、ようやく俺は現実に戻った。

「ハル…どうしたの?具合、悪い?」

どうやら俺の方が、病院に似合った顔色をしていたようだ。

俺は智沙を安心させようと無理やり笑顔を作ったが、結局余計心配させてしまったようだ。

智沙はお見舞いのフルーツバスケットから真っ赤なリンゴをとり、未だにボーッとしている俺に突きつけた。

―『皮をむけ』という意味だろうか。

「これが、何かわかりますか?」

俺は智沙の意図がわからず、とりあえず普通に「リンゴ」と答えた。

「―…って聞かれたのよ、さっき。検査なんだって。明日になってリンゴが分からなければ早熟タイプ、わかればそれ以外のどちらか、ですって」

俺はそういう言い方はカケをしているみたいで少し嫌だったけど、明日になったらタイプがわかるのかもしれないと思うと、心臓が高鳴った。

『智沙が死ぬ』なんて俺には想像が出来なくて、何だか可笑しかった。

「『これは何?』って聞かれて、『リンゴに決まってる』て思ったでしょう?私は思ったよ。

でも私はソレさえも、そんな簡単な事さえもわからなくなってしまうのね。御伽話みたいだけど、現実なのね」

そう言って智沙は悲しげに眉を寄せた。

俺は慰める言葉が見つからなくて、何を言っても気休めにしかならないとわかっていて、口をつぐんだ。

「リンゴ、食べよっか」

そう言うと智沙は結局俺にリンゴの皮をむかせた。

「やっぱりハルの方が料理は上手よね。…おじさまとおばさまが亡くなってから、もう6年か」

「うん…。もうそんなに経つんだね」

俺の父さんと母さんは姉ちゃんが中2、俺が小6、智沙が小5の時に交通事故で死んだ。

その時、叔母さんが俺達を引き取りたいって言ってくれたけど、姉ちゃんがどうしても両親の残してくれた家で暮らしたいって言ったから、ずっと二人きりで今の家に暮らしていた。

二人きりとは言っても、叔母さんや叔父さんもしょっちゅう来てくれてたし、寂しいなんて感じた事はなかった。

智沙はそのころから頻繁に俺の所に遊びに来るようになった。

俺達は中学、高校と同じ学校に通った。

智沙は何回かご飯作りを手伝ってくれたけど、料理をこぼすし、皿を落として割るし、その皿の破片で怪我するしで大変だった。

破滅的に不器用な智沙を見て、叔母さんも相当不器用だった事を思い出しこぼすように笑うと、俺の考えている事がわかったのか、智沙は頬を膨らまして怒った。

それが何とも言えず可愛くて、俺はもう一度笑ってしまうのだった。

何故か、何でもないような彼女との思い出が次々に思い出された。

昨日の夕飯の事だってあんまり覚えていないのに。

…サンマだったっけ?…から揚げだったっけ?

あぁ、そうそう、昨日はから揚げで一昨日がサンマだった。

…いや、そんな事はどうでもいいんだ。


彼女との思い出は全部覚えてる。

何一つとして曖昧な思い出なんかない。

どれも鮮明に頭の中で浮かんでくれた。

それが俺には最高に嬉しかった。


告白なんてものはなくて、いつのまにか俺達は付き合っていた。

智沙は俺と同じ高校に入るべく猛勉強を始めた。

特に彼女は国語を苦手としていた。

面白かったのは四字熟語だ。

智沙のユニークさには頭が下がった。

絶体□□という穴埋めの問題で、答えは絶体絶命なのだが、彼女は絶体無理と書いた。

おそらく智沙の感情と比例してるんじゃないかと思う。

それから□前□後、答えは空前絶後。

しかし彼女の答案用紙には自信満々に鉛筆で濃く、午前午後と書いてあった。

そんな彼女が無事に合格したのは奇跡だと思う。


智沙は春で高3だ。

そして、自忘症だ。


「リンゴ、美味しいねぇ」

事の重大さをわかっているのかいないのか、智沙は呑気にリンゴを食べている。

「…明日買ってこようか、リンゴ」

俺がそう言うと智沙は顔を明るくした。

リンゴは智沙の大好物だ。

「うん!買ってきてっ。『みちくさ』のリンゴじゃないとダメよ」

智沙はクスクス笑っている。

『みちくさ』とは近所の駄菓子屋の名前なのだが、バナナやリンゴなんかも置いてある馴染みの店だった。

店主のお婆さんは人あたりの良い人で、俺と智沙が小さい時からお世話になってる人だった。

俺達を含めたほとんどの人が、親しみを込めて“千代ばぁ”って呼んでる。

「ん、了解」

俺は笑顔で(多分ぎこちなかったと思う)そう言って、部屋を出た。


廊下のひんやりとした空気は、俺を一気に現実に引き戻すようだった。

堰を切ったように、俺の目から涙が溢れた。

今日始めて流す涙だ。


俺は病室の中の智沙に聞こえないように声を押し殺して泣いた。

智沙の病室に背を向けて、泣き崩れた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ