第75話 「名前呼び練習を一人でやったら家族に聞かれた」
アキラには、まだ未クリアのイベントがあった。
名前呼び。
ミレイ本人からは、いつか呼び方を変えてもいいと言われている。
許可は出ている。
しかし、実行できない。
(名前呼びは、ボタンを押すだけの行動ではない。関係性、タイミング、声量、周囲の環境。すべてが整って初めて成立する高難度技だ)
その夜、アキラは自室で練習することにした。
机に向かい、小さく呟く。
「ミレイ先輩」
言った瞬間、自分で顔を覆う。
(破壊力が高すぎる)
もう一度。
「ミレイ先輩」
少し慣れた気がする。
次に、会話風に言ってみる。
「ミレイ先輩、この資料ですが」
まだ無理だ。
「ミレイ先輩、ありがとうございます」
かなり危険。
「ミレイ先輩、僕は……」
そこでドアが開いた。
姉のマドカが立っていた。
「続けて」
アキラは椅子から転げ落ちそうになる。
「ノック!」
「したよ。返事なかったけど、ミレイ先輩の名前は聞こえた」
アキラは机に突っ伏す。
「終わった。家族に名前呼び練習を目撃された」
マドカはにやにやする。
「青春だねえ」
「やめろ。その単語は最近デバフ化している」
さらに母まで廊下から顔を出す。
「ミレイ先輩って、文化祭の時の綺麗な生徒会長さん?」
アキラは絶望する。
「家族イベントが連鎖した」
母は嬉しそうに言う。
「アキラ、お友達の名前を呼ぶ練習してるの?」
「友達の名前呼び練習という説明もかなり痛い」
マドカは笑う。
「もう告白の練習もしておけば?」
「順番を飛ばすな!」
翌日、アキラは寝不足で登校する。
生徒会室でミレイに会うと、昨夜の練習が脳内再生される。
ミレイが言う。
「黒瀬くん、少し眠そうね」
アキラは反射的に言いそうになる。
「ミレ……」
そこで止まる。
ミレイが固まる。
リコが目を光らせる。
アキラは急いで誤魔化す。
「ミ、ミスです。睡眠ミスです」
リコが吹き出す。
「睡眠ミスって何ですか」
◆オチ
帰宅後、マドカが聞く。
「今日は呼べた?」
アキラは小さく答える。
「ミ、まで」
マドカは真剣に頷く。
「進捗五十音で一文字か。遅いけど進んでる」




