第100話 「会長、夏休みの静かな学校で黒瀬くんを待つ」
夏休み最初の生徒会作業日。
ミレイは少し早く学校に着いた。
校舎は静かだった。
いつもなら聞こえる足音や話し声がなく、遠くから部活動の声が少し聞こえるだけ。
窓の外では蝉が鳴いている。
生徒会室の鍵を開け、窓を少し開ける。
夏の空気が入ってくる。
ミレイは机の上に書類を並べた。
部活動申請書。
使用教室一覧。
二学期準備資料。
やることはある。
けれど、黒瀬くんが来るまで、少し落ち着かなかった。
(本当に来てくれるかしら)
もちろん、黒瀬くんは来ると言っていた。
でも夏休みだ。
家でゆっくりしたいかもしれない。
オタク活動が忙しいかもしれない。
暑くて外に出たくないかもしれない。
そう考えていた時、廊下に足音が聞こえた。
ドアが開く。
黒瀬くんが立っていた。
「おはようございます、ミレイ先輩。重要クエストなので」
その言葉を聞いた瞬間、ミレイはほっとした。
来てくれた。
それだけで、朝から心が明るくなる。
リコは少し遅れると連絡があった。
つまり、しばらく二人だけ。
ミレイは少し緊張した。
でも、それ以上に嬉しかった。
作業は順調に進む。
黒瀬くんは相変わらず丁寧で、分類も早い。
時々、書類を見て、
「この部活、活動時間がボス戦前の準備みたいですね」
などと言う。
ミレイは笑ってしまう。
夏休みの静かな生徒会室に、黒瀬くんの不思議な言葉がある。
そのことが、妙に落ち着いた。
休憩に麦茶とゼリーを出す。
「よかったら休憩しましょう」
黒瀬くんは嬉しそうに受け取る。
「夏イベントの回復アイテムですね」
ミレイは自然に返す。
「ええ。回復アイテムよ」
自分でも、黒瀬くんの言葉に慣れてきたと思う。
前なら「回復アイテム?」と首を傾げていた。
今は、それが少し楽しい。
窓の外を見ながら、ミレイは言う。
「夏休みの学校って、少し不思議ね」
黒瀬くんは言う。
「通常ステージの裏マップみたいです」
裏マップ。
なんとなくわかる気がした。
いつもの場所なのに、いつもと違う。
人が少なくて、音が少なくて、時間がゆっくり流れている。
そして、その中に黒瀬くんがいる。
ミレイは思わず言ってしまう。
「今日、黒瀬くんが来てくれてよかった」
黒瀬くんがゼリーを落としかける。
その反応を見て、ミレイは自分の言葉に気づき、顔が熱くなった。
けれど、取り消したくはなかった。
本当にそう思ったから。
◆オチ
その日の個人メモ。
夏休みの生徒会作業日。黒瀬くんが来てくれた。静かな学校で一緒に作業した。
追記。
来てくれてよかったと伝えた。
さらに追記。
黒瀬くんはゼリーを落としかけた。
夜、リコに話すと、こう言われた。
「会長、黒瀬くんの心臓をゼリーより柔らかくしないでください」
ミレイは真面目に答えた。
「そんなつもりはなかったの」
リコは笑った。
「だから効くんです」




