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「首が飛ぶ予知夢を見た」と泣きついたら、天才王子に「物理法則的に矛盾している。まずは腕立て五百回だ」と訓練場に引きずり出された件〜断罪の場はボイス量と背負い投げで粉砕します〜

作者: なろう系天才王子研究会
掲載日:2026/03/22

【第一章】予知夢と王子の第一声



 夢の中で、わたくしは処刑台に立っていた。


 石造りの台座は、真冬の朝のように冷たかった。膝が笑う。足が震える。でも逃げられない——両脇を、見知らぬ兵士が無言で押さえているから。


 広間には、王国中の貴族が居並んでいた。その視線はどれも同じだった。侮蔑。嘲笑。あるいは——早く終わらせてくれ、という退屈。


 玉座の前に立つ聖女セシリアが、翼を広げた天使のように微笑んでいた。


「ローゼリア・フォン・エルステット公爵令嬢は、王太后陛下へ毒を盛らんとした大罪人です。その咎、万死に値するかと」


 王太后陛下が頷かれた。冷たい、感情のない目で——わたくしを一瞥して。


「婚約を破棄する」


 殿下の声がした。正面を向いたまま、こちらを見もせずに。


「な……殿下、殿下! わたくしは無実でございます! どうか——」


「連れていけ」


 兵士がわたくしの腕を引いた。広間の端で、セシリアがくすりと笑うのが見えた。口だけが動いた。声はなかった。でも、読めた。


 ——ざまぁ。


 その瞬間、斧が振り下ろされて——



「殿下、わたくし断罪されて首が飛ぶ夢を見ましたの」



 わたくし——ローゼリア・フォン・エルステット公爵令嬢は、蒼白な顔のまま王子殿下の執務机に両手をついた。夢から覚めてもう一刻は経つのに、まだ指先が冷たい。石の感触が、まだ足の裏に残っている気がする。


 朝の光が差し込む執務室。散乱した魔術書と計算式の羊皮紙。そして、書き物の手を止めることなく顔も上げないまま、



「その夢、物理法則的に矛盾が多いな」



 と言ったのが、わたくしの婚約者、第一王子アルフォンス・ヴェルト・ラインハルト殿下だった。


「……は?」


「首が飛ぶ、という現象だが。断頭台にせよ斬首にせよ、その後君の首が空を飛んで何かに着地するような演出は、この国の断罪儀式の手順書には存在しない。つまりその夢は、君の潜在的恐怖心が作り出した、事実に即さないイメージ映像だ。信憑性は低い」


「そういう問題ではなくてよ!?」


 ようやく顔を上げた殿下は、焦げ茶の瞳でわたくしをじっと見つめた。整った顔立ちに知性が宿っていて、傍から見れば完璧な王子様なのだが——この人は根本的に、何かがズレている。


「夢の内容を詳しく」


「聖女セシリア様に冤罪を着せられまして。王太后様をたぶらかした罪で、大広間にて断罪されるのです。殿下も……その場で、婚約を破棄されて」


「ふむ」


 殿下は羽根ペンを置き、指を組んだ。


「一つ確認させてくれ。その夢の中で、君は抵抗したか?」


「え……いいえ、ただ泣いていただけで」


「問題はそこだ」


 殿下は立ち上がり、わたくしに向かって人差し指を突きつけた。


「ローゼリア。君が断罪されるとしたら、それは君の身体能力と声量が足りないからだ。今日から特訓を開始する」


「……はい?」



【第二章】地獄の特訓、始まる



 翌朝五時。わたくしは王城の訓練場に引っ張り出されていた。


「まず現状確認だ。ローゼリア、あそこに立っている訓練用の藁人形を全力で押してみろ」


「……なぜですの?」


「断罪の場で兵士に取り押さえられた際、君が自力で振り払えるかの計測だ。現代の断罪劇を分析すると、最初に標的が物理的に無力化されるパターンが七割を超える。君が動けなければ、いかなる反論も意味をなさない」


 ……確かに、その通りかもしれない。


(でもなぜわたくし、令嬢が兵士を投げ飛ばす前提で話が進んでいるんでしょうか)


 藁人形を押してみると、びくともしない。


「うーん、握力が弱い。腕の使い方も悪い。まあ予測の範囲内だ」


 殿下はメモを取りながら頷いた。


「基礎から教える。まず重心移動だが——」


「あの、殿下」


「なんだ」


「これ、本当に断罪対策なのですか? もっと……法的弁護とか、証拠集めとか、そういう方向性はないのかしら」


 殿下はわたくしの目を真っ直ぐ見た。


「それも並行して進める。現在、セシリア・バートン聖女の過去三年間の行動記録を洗っている。彼女が接触した人物、使った魔術、消えた予算——全て把握済みだ。法的包囲網は完成しつつある」


「では……」


「ただし、法は時として機能しない。権力者が感情で動いた場合、証拠があっても君を守れない瞬間がある。そのゼロコンマ数秒のために、君には物理的自衛能力が必要だ」


 ……この人、全部考えている。


(怖い。怖いけど、なんか……頼もしい)


「わかりました。やります」


「よし。まず一日五百回、腕立て伏せから——」


「え、五百回?」


「最終目標は二千回だ。現実的なペースで考えれば三ヶ月で到達できる」


 こうして地獄の日々が始まった。


 殿下の特訓は、想像の斜め上を行き続けた。


 第一週。護身術。殿下自身が対戦相手を務め、「兵士の標準的な取り押さえ動作はパターンが三種類しかない。それぞれの対処法を叩き込む」と宣言。わたくしが投げ飛ばされること約三十回。殿下が鼻血を出して「これは研究熱心なだけで、決して喜んでいるわけではない」と言い訳したこと一回。


「殿下、鼻血が」


「問題ない。君の成長曲線を計測している最中だ」


「曲線と鼻血は関係ないでしょう」


「……気づかなかった」


 第二週。ボイストレーニング。「感情的な場面で論理を通すには声量が必要だ。人間は大きな声に本能的に萎縮する。それを利用する」


 訓練内容は、城の中庭で毎朝「わたくしは無実です!」と百回叫ぶこと。


「殿下、さすがにこれは人目が」


「大丈夫だ。衛兵には『令嬢が喉の病気の治療中』と伝えてある」


「そんな病気ありませんわ!」


「今のが最高音だ。記録した。明日はその一・二倍の音量を目指せ」


 第三週。シミュレーション訓練。殿下が聖女役、侍従が取り巻き役を担当し、「実際の断罪劇を想定した模擬演習」を繰り返す。


「ローゼリア・エルステット! 貴様の罪を暴いてやる!」


(……殿下、めちゃくちゃ聖女の演技上手い)


 わたくしは心の中でツッコミを入れながら、しかし指示通り応答した。


「証拠をお見せください。感情論ではなく、事実をもって反論いたします」


「よし。声量は合格だ。次は表情だが——もう少し余裕を持て。追い詰められた顔は相手に隙を見せる」


「余裕を持てと言われましても……」


「僕が必ずそこにいる。それを思い出せ」


 殿下は静かにそう言った。


 ……なんで今、こんなに心臓がうるさいのかしら。



【第三章】運命の断罪劇



 特訓開始から八週間後。


 それは予告もなく訪れた。


 王城の大広間。冬の午後。王族と貴族が居並ぶ中で、聖女セシリア・バートンが声を上げた。


「王太后陛下! エルステット公爵令嬢が、陛下に毒を盛ろうとしていた証拠を手に入れました!」


 ざわめきが広がる。


 わたくしは深呼吸した。


(……来た。夢の通りだ)


(でも、わたくしは違う)


 しかし——次の瞬間、わたくしの心臓が凍りついた。


 王太后陛下が立ち上がられ、真っ直ぐにわたくしを見て——冷たく、おっしゃった。


「エルステット令嬢。そなたが以前から我が息子の婚約者に相応しくないと感じておったのは、周知の事実。セシリアの申し出、信じるに値する」


 広間がしん、と静まった。


 貴族たちの視線が、一斉にわたくしへ向いた。夢の中と同じだった。侮蔑。好奇。——哀れみ。


(陛下まで……)


 膝が笑いそうになる。それでも。


(殿下が、必ずそこにいると言った)


「証拠をお示しください」


 声が、広間に響いた。


 思ったより大きかった。八週間の成果が、喉から飛び出してきた。


 セシリアが目を瞬いた。王太后陛下まで、わずかに眉を動かされた——令嬢が縮み上がることを、誰もが期待していたはずだ。


「こ、これです! この毒草の瓶が、令嬢の私室から——」


「その瓶、ラベルを読んでいただけますか?」


 わたくしは前に進み出た。膝が震える。でも足は止まらない。


「ラベルには『催眠薬・王立医療院処方』とあります。わたくしは先月から不眠症で、こちらは合法的に処方されたものです。処方箋は今ここに」


 懐から書類を取り出す。殿下に言われて、全ての医療記録を常に携帯していた。


「そ、それでも! 令嬢が陛下に近づいた際、魔術を使って——」


「その日の王太后陛下のお部屋には、魔術封鎖結界が張られていました。記録がございます。魔術は使用不可能です」


「ならば共犯者が——!」


「お名前をどうぞ。全員に本日アリバイがございます」


 セシリアの顔が引きつった。


 しかし——王太后陛下は、まだ揺らがなかった。


「証拠の書類など、偽造もできましょう。エルステット家の財力があれば——」


「陛下」


 静かな声が、広間の空気を切った。


 アルフォンス殿下が、書類の束を手に歩み出てきた。


「その書類の発行元は、王立医療院、王立騎士団記録局、および王室魔術師団です。全て陛下の直轄機関であり、エルステット家が介入できる余地はございません。各機関の長も本日こちらに同席しています」


 三人の高官が、粛々と頭を下げた。


「な……」


「セシリア・バートン」


 殿下の声が、今度はセシリアに向けられた。


「君が過去三年間で行った、計二十七件の不正行為の記録だ。横領、証人買収、禁忌魔術の使用——それと今日の冤罪工作。全て証拠が揃っている」


「な……そんな、でたらめ——」


「なお、この書類の複製は王立裁判所、騎士団長、そして隣国大使館にも既に送付済みだ。今更隠滅は不可能だよ」


 取り巻きの貴族たちが次々と青ざめていく。


 殿下は淡々と続けた。


「君たちが今日ここで何をしようとしていたか、その動機も記録してある。セシリアの聖女としての地位が、エルステット家の魔術研究によって脅かされることを恐れたから——違うか?」


 聖女は何も言えなかった。


 広間が静まりかえった。


 王太后陛下が、初めて表情を変えられた。


 そして——その瞬間だった。


 セシリアが何かを叫びながら飛びかかってきた。ドレスの袖に隠していたナイフが、わたくしに向けられて。


(——来る!)


 身体が、勝手に動いた。


 八週間の訓練が、思考より先に手足を動かした。


 セシリアの手首を取り、重心を崩し、床に投げる。


 ……バン、という音が広間に響いた。


 セシリアが床に倒れ、ナイフが滑って遠くに落ちた。


 ……静寂。


「よし、合格だ」


 殿下の声がした。落ち着いた、いつもの声で。


 わたくしは自分の手を見た。震えていた。でも——できた。


(わたくし、やった……?)


 騎士たちが駆け寄り、セシリアと取り巻きたちを取り押さえていく。王太后陛下が——今度は穏やかに、頷かれた。王の口から、セシリアの処分が告げられた。


 全部、終わった。



【エピローグ】王子の爆発



 広間を出た廊下で、わたくしは壁に寄りかかった。


 膝が、今更になって笑っている。


「……緊張してたんじゃないか」


 隣に殿下が立った。


「してましたわよ! 当たり前でしょう! でも殿下のおかげで……体が動いてくれました」


「計算通りだ。繰り返し訓練を行った場合、恐怖より前に運動記憶が発動する。それを狙っていた」


「本当に全部、計算ずくなのですね……」


 殿下は黙った。


 わたくしも黙った。


「……一つ、計算外があった」


 珍しく、殿下の声のトーンが変わった。


「セシリアが飛びかかってきた瞬間、僕は——」


 殿下が、急にわたくしの両肩を掴んだ。


「ローゼリア」


「は、はいっ?」


「君が他の男に捕まえられたり、他の男の前で泣いたり、他の男が君を守ろうとする場面を想像するだけで、僕の前頭葉に著しいダメージが蓄積する。今日は君に刃が向いた瞬間、僕の思考回路が一時的に停止した」


「……それは」


「医学的に言えば恐怖反応だが、これほどの強度は経験したことがない。サンプル数が一なので統計的根拠はないが、僕は今、非常に不合理な状態にある」


 殿下の手が、わたくしの肩から頬に移った。


「君が他の誰かのものになる想像をするだけで、脳細胞が死滅しそうだ。これは効率が悪すぎる。解決策は一つしかない」


「……解決策?」


「責任を取って、一生僕に監禁されてくれ」


 ……長い沈黙。


「殿下」


「なんだ」


「それ、プロポーズですの?」


「……意訳すればそうなる」


「意訳しなくていいので、直接言っていただけます?」


 殿下が、初めて口ごもった。


 この、何百冊もの魔術書を読破し、敵の包囲網を完璧に構築し、どんな状況でも理論を並べ続けるこの人が——言葉を探している。


「……僕は、君が好きだ」


 小さな声だった。


 でも廊下に、はっきり響いた。


「八週間、君と特訓した。毎朝君の声を聞いて、君が少しずつ強くなるのを見ていた。君が笑うたびに、僕の生産性が著しく低下した。これが恋愛感情でなければ、僕には診断できない」


「……殿下」


「結婚してくれ。論理的に考えても、君以外の選択肢が存在しない。感情的に考えても、結論は同じだ。両方のアプローチが一致する結論は、覆しようがない」


 わたくしは——笑ってしまった。


「プロポーズに『論理的に考えても』はいらないですわよ」


「参考にする。で、答えは?」


「……はい」


 殿下が、わたくしを抱きしめた。


 執務室で出会った日も、訓練場で転がされた日も、広間で震えた今日も——この人はずっとわたくしのそばにいた。


 訓練も、書類も、鼻血も、全部——わたくしへの愛だったのだ。


「殿下」


「なんだ」


「わたくしのために、ずっと動いてくださっていたのですね」


「……当然だ」


 しばらくして、殿下がぼそりと言った。


「……一つだけ聞いていいか」


「なんですの?」


「さっきの投げ技、僕より綺麗なフォームだったな。八週間で超えるとは計算外だった」


 わたくしは殿下の胸の中で、声を上げて笑った。


「もちろん。だって先生が優秀でしたから」


「……そうか」


 廊下の窓から、冬の日差しが差し込んでいた。


 断罪の夢は、二度と見なかった。



【了】



──────────────────────

作者より:筋肉と論理と愛は、世界のあらゆる問題を解決します。(王子談)

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