夜と駅
「逃げ切れたか?」
偽りの夜の中、小次郎が呼吸を乱さず、対して息をきらして立ち止まった銀の問いに否定的な答えを返す。
「多分星屑の影響で歌舞伎町全体の反応が鈍化してる。おそらくは星屑だなーー駆竜のそれと同じだろう」
ふたりが振り返った、歌舞伎町のネオンは、まだ真夜中の残酷な青さに変わる前、熱を帯びたオレンジとマゼンタで通りを染め上げていた。
銀がスマホで確認すると時刻は23時前。週末の喧騒がピークを過ぎ、終電に向けて人々が動き出し始めた、奇妙な高揚感が残る時間帯である。
遠慮と恥を知らないい客引きの声はなおも粘り強く、その向こうでは海外が長い銀も聞き覚えの無い様々なアジア系の言語が渦を巻いているのだった。
そびえるゴジラヘッドの眼下、謎めいた路地から吹き出す雑踏のエネルギーは、まるで巨大な装置の異形のエキゾーストのようだ。
そのままふたりが明治通りへ出ると、新宿の街は違う顔をさらけ出し、空気は一変するのだった。
歌舞伎町のギラつきとは違う、事務的な光の帯。東新宿駅方面へ進むにつれ、オフィスビルのガラスウォールに反射する光は、冷たく、均質になっていく。ふたりの視線の先、高速道路の高架下を走る車のテールランプは、都市の血液が流れる動脈の光だ。いや静脈かもしれない、上っつらを流れる汚れた血。
終電間際の駅前は、まだ賑わっている。酔客、少し不用心な、あ夜勤明けのOL、そして大きな荷物を持った旅人――彼らは皆、自分たちの一時的な物語を抱えて、地底へと消えていく。
巨大なビルディングの山並みの谷間、見上げる空には、人工の太陽が作り出す、どす濁った薄明かりの向こうに、この世界の隠された真実が、くたびれた娼婦の如く、静かに横たわっているように見えた。
少なくとも銀にはそう感じられた、業力の霊視ではない 、この街に住む探偵として、そして狩人としての直感がそう囁いたのだ。
「アテはあるのか?」
夜に佇む狩人に番長が静かに問う。
「ある」
銀は返す
「時間があるのなら、様子見で人狼を削ろうと思ったがやめだ、弾数は無限ではないしな。ここはプランBで行く。ーー東新宿の駅から、地下鉄の線路沿いに星屑の塔をめざす」
「カチコミだなーーやるか」
小次郎は右拳で左掌を打つ。
「今夜はちょっとーーハードだぜ」
背筋を伸ばす銀。
進んで行くふたりの視界に、東新宿駅の入り口が見える。
多分ーーそうおそらく、今夜で地球の生死は決まってしまうのだ。




