滅びと四一発
小次郎はそっと顔を覆う。指の隙間から流れ出たものは、ヒスイという能力者を死に至らしめたことへの哀悼か、自らの『駆竜』の力の不可逆性への恐怖か、銀には判別できなかった。
「ヒスイが、お前の最も恐れる過去でなければ良かったがな」銀は静かに言った。
小次郎は無言で首を振った。
「いや、これは俺の恐怖じゃない。ただ、力の暴走だ。駆竜は、斬るべきものとそうでないものの区別がつかない」
それは、小次郎が背負う最も重い荷物だった。星屑への絶対的な力は、絶対的な制御を求め、その僅かな綻びが他者の死を生む。
銀は深くため息をついた。
「お前は、地球の死を恐れていると言った。だが、俺が聞いたのは、お前自身が力の暴走で何かを壊してしまうことへの恐怖だ。まるで、この惑星の生命すべてを背負う様なものだ」
小次郎は顔を上げず、ただ拳を握りしめた。その拳の震えは、彼がどれほどその力を制御するために心身を削っているかを物語っていた。
「おー怖ぇ怖ぇ」ツバサは野太刀の鞘を軽く叩きながら、のえるに話しかけた。
「にしても、時空巻き戻し、なんてタフな能力持ってんだな。反動はねぇのか」
のえるは疲弊した様子で首を横に振った。
「正確には『時空の断片的な再構成』です。空間の歪みを操作して、極小の領域の過去の状態を呼び出すこと」
彼女は銀と小次郎を見て、自嘲気味に笑った。
「あたしの能力なんて、カグヤ様の『浄玻璃』の前では、小手先のお遊びにすぎない。だからこそ、小次郎さんの『意志』を信じたのです」
ツバサは、のえるの健気さに肩をすくめた。
「サムライ戦、引き受けたのは、小次郎のためだ。あいつは、強すぎるくせに、自分の心に嘘をつく。地球が死ぬ? そんなこと、あいつの拳の重さからして、本心じゃねぇ。本当に恐れているものから目を逸らしてる」
銀は横目でふたりを見た。ツバサは小次郎の背中を押す、数少ない友だった。
銀は残りの護衛の情報を反芻した。
「サムライ、ニンジャ、カオルか。サムライをツバサが引き受けたとして、残りは二体。ニンジャは仙術、カオルは夜使い。厄介なのはカオルだ」
「夜使いは、光を操る能力者ではありません。闇そのものに干渉し、人の意識と現実の境界を曖昧にする」と、のえるが付け加えた。
「小次郎」銀は呼びかけた。「お前の真の恐怖は、力の暴走、または『誰かを守れなかった過去』だ。カオルの能力は、そのどちらかを形にして現す。カグヤに辿り着く前に、お前が最も見たくない幻影と対峙させられるぞ」
小次郎は、今度は即座に答えた。
「上等だ。幻だろうが、現実だろうが、俺はもう逃げねぇ。幻影を殴り、その向こうにある現実を掴む。それが、俺の博打だ」
線路はここで途切れていた。先にあるのは、ただ巨大な建造物。
『夜の塔』。
それは、黒曜石の塊が夜空に突き刺さったような、異様な建築物だった。窓一つなく、ただ真っ黒な壁面がそそり立ち、吸い込まれるような静寂と威圧感を放っている。
周囲の闇は、その塔から滲み出ているようだった。
「ここから先は、カグヤ様の領域の中心です」のえるは声に緊張を滲ませた。「どこにサムライやニンジャが待ち伏せているか分からない。カオルも、この夜そのものが武器になっている」
ツバサは、深く呼吸した。雷神の力が微かにツバサの身体から発し、周囲の空気を震わせた。
「一発で終わらせる。小次郎、お前は塔の頂上まで駆け上がれ。俺が道を拓く」
「わかってる」
小次郎は、もはや涙を流していなかった。その目は、迫りくる運命の全てを受け入れた、静かな闘志を宿している。
三人は、それぞれの覚悟を胸に、『夜の塔』の重い扉へと向かって歩み出した。この闇の塔で、彼らが最も恐れる過去と、変えたい未来が交差する。




