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婚約者と家族に虐げられ、使用人のように扱われ続けた悪役令嬢は、捨てられたその瞬間から全員が破滅への道を転げ落ち、やがて隣国の麗しき王子に拾われ溺愛される

作者: 結城斎太郎

セシリア・アーデルハイト侯爵令嬢は、王都では「婚約者に見放された哀れな悪役令嬢」と囁かれていた。

だが、その囁きの裏には彼女自身の涙と苦悩が隠されていることを、誰も気に留めはしない。


彼女は幼い頃から王太子エドワードの婚約者に選ばれ、将来は王妃としての教育を受けてきた。礼儀作法、語学、音楽、舞踏――全てにおいて一切の妥協を許されず、家族からは「王家の顔を潰すな」と罵声を浴びせられる日々。

それでもセシリアは歯を食いしばり、努力し続けた。


だが、王太子が寄り添ったのは彼女ではなく、男爵令嬢リリアーナだった。


「セシリアは冷たい。いつも俺を責め立てる」

「リリアーナは優しい。お前も少しは彼女を見習え」


エドワードはそう言ってはセシリアを突き放し、リリアーナを庇った。

婚約者としての務めを果たすため、王太子に助言や注意をしても「悪役」として責められる。

ついには、王宮で彼女の立場は孤立し、彼女を嘲る笑いが日常となっていた。


それでも――セシリアは耐えた。

王太子のため、家族のため。

自分が踏み台となっても、皆が笑顔でいられるのならと。



だが、限界は突然訪れる。


「――セシリア・アーデルハイト。お前との婚約は破棄する!」


舞踏会の場で、エドワードはそう高らかに宣言した。

リリアーナの白い手を取り、誇らしげに人々へ見せつけながら。


「お前はリリアーナを虐げた! 嫉妬に狂い、彼女を貶めようとした! その醜さに、俺は愛想を尽かした!」


群衆がざわめく。

セシリアの胸は張り裂けそうだった。


「……そんなこと、私は――」


否定の言葉は、群衆の冷たい視線にかき消される。

家族ですら、彼女の味方にはならなかった。


「これでやっと、家の名誉も守られるわ」

「お前が王太子殿下に嫌われたせいで、どれほど我らが肩身の狭い思いをしたか!」


母も姉も、彼女を責め立てた。

セシリアはその場に立ち尽くし、全てを失った。



婚約破棄の翌日から、彼女の人生は急転した。

侯爵家からは「不要」と追い出され、持参金も衣服も取り上げられる。

実家の屋敷を出た彼女は、わずかな下働きのような仕事をして糊口をしのぐしかなかった。


かつて「悪役令嬢」と呼ばれた令嬢は、いまやぼろをまとった孤独な女に過ぎない。



だが、世界は皮肉だ。


エドワードはリリアーナを愛人同然に扱い、王家の重責を顧みなくなった。

王妃教育を受けていないリリアーナは宮廷で失態を繰り返し、諸侯の信頼を失っていく。

そして、放蕩を重ねた王太子とその愛妾は、次第に支持を失い、やがて王位継承権すら危うくなる。


アーデルハイト侯爵家も同じだった。

セシリアを切り捨てたことで、王太子派としての立場を強めようとしたが、王太子の失墜と共に家の評判は地に落ちた。

商人たちからの信用も失い、家計は火の車。

華やかに振る舞っていた母や姉は、今や取り立てから逃げる日々を送っていた。



そんな中、セシリアはただ静かに生きていた。

ひっそりと小さな花屋を手伝い、朝には市場で働き、夜にはわずかな灯りの下で眠る。

贅沢はなくとも、誰にも責められず、誰にも虐げられない生活。

それが、彼女にとっては初めて得た「平穏」だった。


けれど、運命は再び彼女を大きく揺り動かす。


「――お嬢さん、少しよろしいかな?」


市場で花を買いに来た青年が、セシリアの手を取った。

漆黒の髪、深い青の瞳。気品と威厳をまとったその姿に、周囲の商人たちが息を呑む。


「私は隣国ヴァルシュタインの第一王子、アレクシス・フォン・ヴァルシュタインだ」


その名を聞いた瞬間、セシリアの胸は大きく波打った。


「――君を、ずっと探していた」


アレクシス王子の言葉に、セシリアの運命は再び動き出すのだった。



---


「……探していた?」

セシリアは思わず問い返した。

隣国の王子が、自分のように落ちぶれた女を探す理由などあるはずがない。


アレクシスは穏やかに微笑んだ。

「君の名を、私は前から知っていた。王太子の婚約者として、才気にあふれる令嬢がいると。……けれど、気づけば君は婚約を破棄され、行方をくらましていた」


「わ、私は……ただの、無能で、冷たい女だと……」

セシリアは言葉を濁す。そう刷り込まれてきたから。


だが、アレクシスは即座に首を横に振った。

「違う。君は冷たくなどない。むしろ、誰よりも誠実に周囲のために尽くしたはずだ。それを理解できぬ者が、君を利用し、押し潰しただけだ」


その言葉に、セシリアの胸が熱くなる。

誰一人として、これまで自分を肯定してくれた者はいなかった。

ただこの人だけが、真っ直ぐに自分を見つめ、価値を認めてくれる。


「セシリア。君が嫌でなければ……私の国へ来ないか?」



セシリアは迷った。

だが、家も、帰る場所もない彼女に、選択肢はほとんど残されていなかった。

そして何より、アレクシスの瞳が――「守りたい」と強く語っていた。


「……私などでよければ」

震える声で答えると、アレクシスは彼女の手を包み込み、まるで宝物のように唇を落とした。


「ありがとう。もう君を二度と、誰にも傷つけさせはしない」



隣国ヴァルシュタイン王国。

そこで待っていたのは、信じられないほど穏やかで温かい日々だった。


セシリアのために用意された離宮は、彼女が望めばすぐに花畑に変わり、図書室に変わり、庭園のようにもなった。

侍女たちは彼女を尊敬と親愛の眼差しで支え、王子自らが食卓に同席し、彼女の一言一言に耳を傾ける。


「セシリア、今日はよく眠れたか?」

「そのドレスは君に似合っている。いや、君ならどんな衣も霞んでしまうな」


毎日が、夢のようだった。

かつて使用人のように罵られた日々が嘘のように、彼女は「愛されること」を知った。



一方その頃――。


エドワード王太子とリリアーナの評判は完全に失墜していた。

リリアーナは立ち居振る舞いで何度も失敗し、諸侯の妻たちの失笑を買った。

「セシリア様ならばあり得ないこと」と陰口を叩かれるたび、彼女は嫉妬と焦燥で荒れ狂い、王太子を責め立てた。


だが王太子もまた、国政を顧みぬ放蕩三昧。

やがて民衆の怒りを買い、ついには国王から継承権を剥奪されるに至った。


「なぜだ! 私は王になる男だぞ!」

「全部あの女のせいよ! セシリアのせいよ!」


二人の叫びは空しく響き、もはや誰も耳を貸さなかった。


さらにアーデルハイト侯爵家も、借財と訴訟で屋敷を手放し、社交界から姿を消す。

母も姉も贅沢な暮らしに慣れすぎており、あっという間に落ちぶれた。


「セシリアを切り捨てなければ、こんなことには……」

嘆いても後の祭り。

彼らは自らの手で未来を潰したのだ。



やがて――セシリアとアレクシスの婚約が、盛大に発表された。


「ヴァルシュタイン第一王子、アレクシス殿下が、かのセシリア嬢を妃に迎えるそうだ!」

「セシリア様は悪役令嬢ではなかったのか? ……いや、真実は逆だったのだな」


王都を駆け巡る噂は、瞬く間に人々の認識を変えていった。

かつて彼女を嘲笑った者たちは青ざめ、掌を返すように「才女セシリア様」と称えた。


そして婚約式。

アレクシスは壇上で、堂々と宣言する。


「この女性こそ、我が半身。国を共に背負い、愛し続ける唯一の存在だ!」


その力強い声に、会場は歓声に包まれた。

セシリアは涙を堪えきれず、アレクシスの胸に顔を埋める。


「……夢みたいです。こんな日が来るなんて」

「夢ではない。君がずっと耐え、努力してきたからこそだ。私はそれを誇りに思う」


アレクシスは彼女の頬を優しく撫で、唇を重ねた。

その瞬間、セシリアの心の奥で何かが解けていく。


もう、誰にも踏みつけられることはない。

もう、誰にも否定されることはない。


彼女は「ドアマット令嬢」ではなく、愛される王子妃となるのだから。



それからの日々は、まさにシンデレラストーリーそのものだった。

セシリアは国母教育を受け、アレクシスと共に政務に臨む。

彼女の冷静な判断力と誠実な姿勢は国民の信頼を集め、やがて「慈愛の妃」と呼ばれるようになる。


アレクシスはそんな彼女を溺愛してやまなかった。


「セシリア、政務で疲れただろう。今日は私の腕の中で眠るといい」

「君がいるだけで、私は世界を征する力を得られる」


夜ごと囁かれる甘い言葉に、セシリアは幸福を噛み締めた。


かつて虐げられ、蔑まれ、泣いてばかりだった少女は、今や世界で一番愛される女性となったのだ。


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