第八章 海苔の失敗と失敗作の価値
村の川辺に、竹で組んだ四角い枠が据えられた。
直樹が右手で描いたガタガタの設計図をもとに、村人たちが器用に仕上げたものだ。
「博士の発想だ!」
ブディが誇らしげに言うと、子供たちは歓声を上げた。
直樹は苦笑しながら(いや、実際に作ったのはほぼブディだろ……)と心の中でつぶやいた。
――
既存の食用海苔を張り付けた枠は、ゆっくりと水中へ沈められた。
村人たちが固唾をのんで見守る。
「これで……マイクロプラスチックが絡まるはず」
直樹は半信半疑でつぶやいた。
しかし数時間が経っても、海苔にはごみらしいごみが付かない。
プラスチック片はするりと表面を滑り落ち、枠の下へ流れていった。
ブディが眉をひそめる。
「……博士、これはただの海苔では?」
子供がはしゃいで叫ぶ。
「博士!食べてみて!」
逃げ場を失った直樹は海苔を口に入れた。
「にっが!まずっ!」
思わず顔をしかめると、村中に大爆笑が広がった。
(……いや、笑い事じゃないだろこれ)直樹は胃のあたりを押さえながら項垂れた。
――
そのとき、研究所の車が村に到着した。
降りてきたのはハリムだった。無表情で器材を抱え、黙々と採水を始める。
「博士、数字で示さねば意味がない」
彼は冷たい声で言い、検査機器を操作する。
しばらくして結果が出た。
「……残念ながら、この海苔では効果はゼロだ」
村人たちの顔に失望の色が広がる。
直樹の胸も重く沈んだ。
だがハリムは続けた。
「ただし――研究所には、別の海苔がある。非食用の失敗作だ」
「失敗作?」直樹が顔を上げる。
「もともとはウニに食べられない海苔を作ろうとした。だが味が悪すぎて、人も魚も食べない。だが、極端にネバネバして目が細かい。扱いづらいので廃棄している」
アユが通訳しながら言葉を継ぐ。
「博士、この海苔は……役に立たないもの、とされています」
直樹はしばらく考え込み、そしてはっとした。
(……役に立たないからこそ、役に立つ。食べられない=残る。ネバネバ=絡め取れる。これは……フィルターにぴったりじゃないか!)
彼は口元を引き締め、村人たちを見回した。
「次はその海苔で、もう一度挑戦しよう」
村人たちの瞳に、再び小さな光が宿った。