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第六章 設計と準備、そして買い物

朝の村は、鶏の鳴き声と子供たちの笑い声でにぎやかだった。

直樹は蚊帳から体を起こし、硬いマットで痛む背中をさすった。

(……ホテルのベッドが恋しい)


外に出ると、大鍋で煮込んだ魚とご飯が並んでいる。

アユがスプーンを差し出した。

「博士、朝食をどうぞ」

直樹は口に入れた瞬間、顔をしかめた。

「かっ……辛っ!」

「これでも控えめなんですよ」

アユが涼しい声で言い、村人たちは笑った。


――


食後、直樹は集会所の机に紙を広げ、鉛筆を握った。

思わず左手で持とうとしたが、アユの言葉を思い出す。

「博士、こちらでは左手は不浄とされます。文字を書くのは右手で」


「……そうだったな」

直樹はため息をつき、右手に鉛筆を持ち替えた。

ぎこちない線が紙に走る。丸や矢印は歪み、文字は幼稚園児のように震えていた。


アユが覗き込み、小さく笑った。

「博士は……律儀ですね。皆に配慮してくださって」

「……いや、まあ……」

直樹は耳を赤くしながら曖昧にごまかした。

(本当は左で描いた方がずっとマシなんだけどな……これで尊敬されても困るっての)


そこにブディが現れ、紙を覗き込む。

「木や竹ならある。網もある。だが、この四角い箱は?」

「……モーターとタイマーだ。電気で水車を回すんだ」

「電気か。村にはない。町まで行かねばならん」


――


昼前、直樹とアユは町へ向かった。

雑踏の中、香辛料の匂いとバイクのクラクションに直樹は圧倒される。

露店でモーターを見つけ、直樹は身振り手振りで値段を聞いた。

「ワン……ハンドレッド?オーケー、買う買う!」

財布を出した途端、店主が目を輝かせる。


「博士、待って」

アユが現地語で流暢に交渉を始め、値段は半額に。

「博士、これで十分です」

「……すげぇ。俺より商社マンだな」

直樹は苦笑した。


――


買い物の帰り道、直樹はふと尋ねた。

「アユ、日本語うまいよな。なんでそんなに?」

アユは夕方の光を見つめながら答える。

「母が日本のドラマを好きで……『おしん』とか。子供のころ一緒に観ていました」

「……渋いな」

「大学でも日本語を専攻しました。母が背中を押してくれたんです」

直樹は目を丸くし、心の中で呟く。

(俺より日本文化に詳しいんじゃ……)


アユは小さく笑って付け加えた。

「博士と日本語で話していると、母が喜んでいる気がします」

直樹は頬をかき、何も言えなくなった。


――


夕暮れ、荷物を抱えて村へ戻る途中。

アユがぽつりと呟く。

「博士が帰ってしまったら……私は少し寂しいです」

直樹は軽く笑って流した。

「まぁ、その時は次の博士を助ければいいんじゃないか?」

「……そうですね」

アユの声は小さく、笑みは寂しげだった。


直樹は気づかない。

だが読者には、彼女の胸に芽生えた微かな想いが伝わっていた。


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