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第三章 研究所見学

翌朝。

ホテルのレストランでパンとコーヒーを前にぼんやりしていた直樹の前に、アユがすっと現れた。

皿には白いご飯と、真っ赤な唐辛子ソースをたっぷりかけた卵焼き。

彼女は軽く会釈して腰を下ろす。


「博士、食欲がないのですか?」

「い、いや……パンとコーヒーで十分かなって」

「そうですか。こちらでは、朝はしっかり食べるのが普通です」


アユは唐辛子を平然と口に運び、直樹は思わず汗をぬぐった。

(普通ってなんなんだよ……俺の胃じゃもう限界だぞ)



---


食後、車で研究所へ向かう。

窓の外には高層ビルが林立し、巨大な広告看板が空を切っていた。

最新型のショッピングモールの隣に古びた商店が押し込められるように立ち、道路は渋滞で埋め尽くされている。

バイクが隙間を縫うように走り抜け、歩道には屋台がびっしりと並んでいた。


「都会なのに……ごちゃごちゃしてますね」

「これがジャカルタです」

アユは涼しい声で答えた。


やがて白い外壁の研究施設が現れた。

門をくぐると、白衣を着た職員たちがぞろぞろと集まってきた。


「おお、日本の博士だ!」

「遠いところをようこそ!」


握手の嵐に直樹は「は、はは……」と乾いた笑みを浮かべるしかない。

アユは横で冷静に通訳していた。



---


施設の中に案内されると、研究員が顕微鏡の前を指し示した。

「ぜひ、こちらを」


直樹はおそるおそる覗き込む。

視界に広がったのは、水の中で光を反射する細かい粒子だった。

透明なガラス片のようなもの、色のついた繊維状のもの。


「これが……」

「マイクロプラスチックです」研究員が真剣な声で言った。

「川から流れ込み、魚が飲み込み、人間の体にも入る」


直樹の背中に冷たい汗が伝った。

(……マジかよ。これをなんとかしろって? 俺に?)



---


そのとき、一人の青年研究員が前に出た。

握手の手も差し出さず、無表情で名乗る。


「私はハリム。水質データを担当している。博士の仮説を検証するのが、私の仕事だ」


彼はタブレットを差し出した。画面には河口や湾の水質データ、数値とグラフが並んでいる。


「これは昨日採取したサンプルだ。マイクロプラスチックの濃度は河口で特に高い。

 博士、君の“海苔フィルター”の論文と比較してどう考える?」


「え、ええと……」

直樹の目はグラフを追うが、頭は真っ白だった。


アユが横からさらりと口を挟む。

「博士は、河口部が重点的な調査対象になるとお考えのようです」


「ふん」ハリムは鼻を鳴らした。

「だが我々はすでに化学沈殿法を研究している。コストも効果もデータがある」


研究員の一人がすかさず言う。

「しかし博士の論文は自然素材を利用する。コスト面では有望かもしれない」


「机上の空論だ」

ハリムは腕を組み、鋭い目で直樹を見た。

「数字を出してから言え」


「え、ええ……その、数字は大事ですよね……」

直樹は曖昧にうなずき、心の中で(無理だって! 俺、数字とか全然わからん!)と叫んでいた。



---


会議室に通されると、さらに多くの研究者が待ち構えていた。

パワーポイントのスライドには「PLASTIC POLLUTION」「IMPACT」「FUTURE」といった文字が並んでいる。


「博士の論文は大変示唆に富むものでした」

「ぜひ、ご意見をいただきたい」

「現場での実証計画についてはどうお考えですか?」


質問が矢継ぎ早に飛んでくる。

直樹は冷や汗をぬぐいながら、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。


「え、ええ……その……努力が必要ですね……」

アユが横で、絶妙に意味を補足して通訳する。

「博士は、状況に応じた段階的な取り組みが必要と考えておられます」


(俺、そんなこと言ってない!)

心の中で叫びながら、直樹は椅子の背にもたれた。


ハリムは黙ったまま腕を組み、冷たい視線で直樹を観察していた。

その目は、数字と同じくらい正直で、重かった。


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