第一章 カップ麺と始まりのレポート
ワンルームの空気は蒸し暑く、換気扇の音が頼りなく響いていた。
机の上にはコンビニで買ったカップラーメン。
お湯を入れて三分。直樹はネクタイを緩め、箸を片手にテレビをつけた。
「……いただきます」
一口すすれば、安っぽいしょうゆの匂いと共にふやけた海苔が口に入る。
彼はそれを飲み込みながら、何気なく流れていたニュースに目を向けた。
画面には、日本の海苔養殖の映像。
黒い網の上に広がる海苔に、白や透明の細かい破片が絡みついている。
キャスターの女性が真剣な声で言う。
「全国各地の養殖場で、海苔にマイクロプラスチックが付着する問題が深刻化しています」
続いて専門家が登場した。
「このままでは消費者の口に入り、健康にも影響を及ぼす可能性があります」
直樹は麺をすすりながら、自分のカップに浮かんだ海苔を見つめた。
スープに漂う黒いかけらが、妙に汚れて見える。
「……こんなの食べてるのか……。
じゃあ、食べない海苔なら、プラスチックをフィルターみたいに集められるんじゃないか?」
くだらない思いつき。
しかし一度頭に浮かぶと消えず、直樹はスマホを手に取った。
「Navi、海苔でマイクロプラスチックを取る方法って論文にできる?」
数秒後、冷たい文字が画面に浮かぶ。
——可能。論文形式に変換しますか?
「……マジかよ。じゃあお願い」
画面に現れたのは、やけに立派な論文だった。
「海苔によるマイクロプラスチック除去の可能性」
本文には専門用語が並び、グラフや図のイメージまである。
直樹は苦笑し、ため息混じりにつぶやいた。
「どうせ誰も読まないし……まあ、いいか」
そのまま社内懸賞論文のフォームに添付し、送信ボタンを押した。
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数週間後。
「直樹、おめでとう!」
会議室で拍手が起こる。ホワイトボードには「環境懸賞論文 優秀賞」の文字。
直樹は立たされ、頭を下げるしかなかった。
同僚Aが声をかけてくる。
「すごいな、論文なんて書けるやつだったんだ?」
同僚Bが茶化すように言う。
「AIにやらせたんじゃないのか?」
図星すぎて直樹は乾いた笑いしか出ない。
「いやあ……まあ、たまたまね」
社内報には「若手社員が環境論文で受賞!」と写真付きで掲載された。
直樹は居心地の悪さを抱えたまま数日を過ごした。
そしてある日、部長から呼び出される。
「直樹君、インドネシア政府からも問い合わせが来ている。現地の漁村と共同でプロジェクトを進めてほしい」
「え、俺がですか!?」
思わず声が裏返った。
「君の論文がきっかけだ。うちとしても後に引けん。準備を始めてくれ」
頭が真っ白になった。
ニュースを検索すると「世界最悪レベルのマイクロプラスチック汚染、ジャカルタ湾」という見出しが飛び込んでくる。
「……冗談だろ……」
カップラーメンの残り香が、妙に胸をむかつかせた。
こうして、冴えない若手社員・直樹の“逃げ場のない1年”が始まった。