返事の無いメッセージ
蝉の声が、夏の朝をかき乱していた。
校門をくぐると、いつもなら昇降口で笑っているはずの彩花の姿がない。
(あいつ、寝坊か?)
珍しいこともある。そう思いながら、昨日洗ってまだ乾ききっていない靴を履き替えた。
中敷きがじわりと靴下に冷たさを伝えてくる。
教室に入っても、席は空いたまま。
友達の何人かが「風邪かな」「部活サボり?」と笑っていた。
その軽口に僕もつられて笑った。
ホームルーム。担任が教壇に立った瞬間、教室の空気が張り詰める。
「……彩花さんが昨夜から行方不明になっています」
あまりの衝撃に、教室が一瞬で静まり返る。
僕は下を向き、唇を噛み、ポケットの中の硬い感触を握った。
イルカのキーホルダー。青く、小さな傷がある。
昼休み、屋上に出た。
ポケットからイルカのキーホルダーを取り出し、光にかざす。
――昨日、彩花が落としたやつを拾ったんだった。返さないと。
スマホの電源を入れると、履歴の一番上に『今日はありがとう、また明日』とあった。
送信元は彩花のアカウント。
昨日彩花と別れた後に届いたものだ。
それからも毎日、彩花のスマホから僕に短いメッセージが届いた。
『今何してる?』『私は元気だよ』
送信時刻は、なぜか僕が一人でいるときばかり。
返事をしても既読はつかない。
(家出でもしてるのか……?)
彩花が行方不明になってから四日目の夜。
夢の中で僕は、河川敷に立っていた。
夕暮れ。湿った風。
彩花が泣きながら何かを叫んでいる。
僕は――ポケットからハンマーを取り出し、ためらいもなく振り下ろした。
鈍い音。僕にかかる血飛沫。
彼女の手からイルカのキーホルダーが足元に転がった。
彩花の死体を川に投げ入れ、川面に広がる波紋を見下ろしながら、僕は無言でしゃがみ、イルカを拾い上げた。そして彩花のスマホを回収し、ゆっくりとメッセージを打ち込む。
『今日はありがとう、また明日』
目が覚めた。
机の上にはイルカのキーホルダーと……彩花のスマホ。
あの夜の光景が、鮮やかに蘇る。
水の冷たさ、掠れる声、最後に見せた表情。
――そうだ。僕が殺したんだった。
その日もまた、彩花からメッセージが届いた。
もちろん、僕が送った。