高橋徹 そういうんじゃない
五月にもなると、なんとなくクラスでいつも絡むやつが決まり出す。これがいつメンとかなってくんだろな、三組はサッカー部とラグビー部のやつがなんか目立ってるけど、内輪のノリ強いんよな。まぁ、部員数多くて、面白い奴らがおおくて、とにかくいつもうるさくて楽しそうなんだけど。けど俺はあんまりそういうノリってよりかは、漫画とか読んでたくて、野球部の葵斗とバド部の新座とは、その点波長があうっぽい。
目立つ組は昼休みになると食堂に行って、そのまま筋トレルームで話したり筋トレしたりしてるようだ。教室が静かになって、俺はそれが結構好きだ。二人は弁当は昼までに食べちゃうし、俺らはなんとなく購買で何か買って教室で食べることが多い。大抵は焼きそばパンかメロンパンだ。そんで教室の後ろで漫画を読む。
「七組の篠原さんかわいいよな」
偶然クラスが俺らだけになった時、新座が唐突に俺らの肩を抱き寄せた。慎重に小さな声で切り込んできた。ニヤニヤしてる。このテンションでこういう話は初めてだった。新座は短髪黒髪、ワックスで程よく整えた髪は今っぽい。「俺断トツタイプだし」とサラッと言いのける。俺は髪は長めだし茶髪だし、ピアスとかもあけてて、新座とは系統違う。やっぱ、好きな女子の系統も違うんだな。
「お前そっち系か、大人しい文化系。篠原さんは可愛いってか綺麗な感じかな。てっきり、矢野さんとかといい感じかなとか思ってた。同じバドだし。てか、俺この間篠原さんと話したー」
「は? え? ガチ? なんで? どんな流れ?」
「いや、購買でパンとってあげた。俺コミュ力の塊だし?」
「それは、ノーカン。あせったー。篠原さんの黒髪ロング、前髪ぱっつん、たまんな。あと、多分な、多分なんだけど、まぁ、めっちゃでかい」
おい、と言いながら、俺らはめっちゃ笑う。こゆときの笑い声でかくなるの何でなん。
「矢野さんはさ、部活同じだから今はちょっとって感じかな。普通に可愛いけどな」
新座が前髪をちょこちょこ整えながら加える。『今は』って、まんざらでもねぇ感じかよ。俺は続ける。
「で、俺は、梅崎里奈ちゃん? かな。がちかわよな」
それは男全員が思うやつだしと、新座が笑い、葵斗はうなずいた。
梅崎里奈はレンちゃんと仲が良い、おかげで結構話せて、彼女の底なしの魅力に俺は早くも惚れそうだ。茶髪で光沢のあるふわふわの髪、潤んだ大きな瞳、いつでもくるんと上がったまつ毛、柔らかそうな唇。大きめのカーデから覗くほんのりピンクの光る爪。絶妙に開いたシャツ、無造作にかけられたネクタイ、揺れるスカート、からの細くて長い足。カバンとかローファーとか、ケータイカバーとか、アイコンとか絵文字とか全般センスよくて、そんなの嫌いな男います? 佐藤ももかと矢野友梨亜と瀬山遥と梅崎里奈は四人組でいつも学食いってて、ようは一番目立つ一年女子だ。多分みんなフルネームで梅崎里奈って言えるんだろな。
「お、俺は、瀬山さんかな」
首にてを当てながら、葵斗が答える。なんで首なんだろな。
「爽やかできれいだなと。高橋よく一緒に喋ってるの羨ましいよ」
今度は肘つきながら、顔を伏せたまま続けた。葵斗は背が高い、がしかし坊主頭にしてるせいで多分モテん。学ランとかも普通に着てる。なんも計算してない。俺はこういうとこが好きだし、それなのにそこそこ恰好がつくとことか、ちょっとうらやましいなと思う。
「やっぱレンちゃんきれいよな。俺らバスケ部はれんちゃんがくそ上手すぎで、そう見えんくなってる。格がちげー。あ、でも性格はめちゃいいよ。話しやすいし。レンってのはコートネームな」
俺がそういうと葵斗はすでに顔を机に伏せていた。こいつ意外と本気なのかもしれない、耳が微かに赤くなってる。
「瀬山さんかー。わかるわ。あの人、なんか爽やかよな。バスケ上手いのはバドのコートから素人目でもわかる。二組可愛いこ多いよな。まぁ、言い出しといてあれだが、このグループの方々は俺らではない誰かと付き合うんだろうな」
新座は現実をつきつける、投げやりに漫画を読み始めた。俺もなんとなくそうなんだろうなって、窓の外の入道雲がやけに綺麗だなとか、柄にもないこと考えて、てか胸がチクチクしてんのはなんだろな。
六月半ば三年が引退してから、新しい代に変わって、バスケ部の練習は劇的にハードになった。走ってばっかだ。ボールはほとんど触らない。膝に手をついたとき、コートに汗が垂れるのが当たり前。
「五ダッシュ」
顧問が宣告する。一瞬の沈黙の後、バッシュのすれる音と湿気と重たい空気が体育館を埋め尽くす。それは、単にコートを五往復するんじゃなくて、一往復、二往復……と五往復する。計十五往復だ。がちでしんどいやつ。先輩たちが一年を鼓舞するなかで、ただ一人「ファイトですー」と淀みないのない声を出す一年がいて。それはやっぱレンちゃんだった。アップに組み込まれているけど、これはアップという名の肉体改造だ。男女一緒三列だったり四列になって、果てしない往復を繰り返す。俺は彼女と同じ列になるようにしている。だって、絶対同時に瀬山遥と並びたくないから。プライドが傷つく。みんなもう慣れててなんとも思わないけど瀬山遥は基礎とか体力が頭ひとつ抜けている。一人一人走り終わると、ハイタッチをするけど、彼女はいつも決して膝に手をつかない。表情変えずに同じメニューをこなして声を出す。普段どんだけ走ってんだろな、と俺は膝に手をついて落ちる汗みて、自分を恥じた。
練習が終わり、まだ外が明るいのはなんか得した気分だが、夏近いんだなと思うとまだ知らぬ夏錬、合宿とやらに気が遠のく。ちょっと涼しい山奥で行われるらしい。恐怖でしかない。
「レンちゃーん、お疲れ。今日もメニュー半端じゃなかったよね」
自販機の前でレンちゃんは悩んでいて、結局買うのをやめていた。
「あ、高橋おつかれ。小野田先生容赦なしだね。五ダッシュまじ嫌い。けど、やりきると気持ちいい。この矛盾ね」
笑顔でこういいのけたレンちゃんの制服姿はシンプルで、すでにシャツ一枚になっていた。腰の位置が高い。スカートの折り目は見えなくて、シャツの裾がふわっと、くたっと織り込まれている。他の女子とは違って、リボンとかつけないから、目のやり場に若干困った。斜めに差しこむ日が、透けそうで透けないシャツとまっすぐな引き締まった白い足を、オレンジに染める。やっぱ可愛いなと思った。
「おいおいおいおい、マゾかよ、てか涼しそうな顔して走ってたじゃん」
あ、野球部が終わったぽい。葵斗くるかな? 心の中で気にかけてやる。
「結構ばててるよ。しんどい顔するとね、前の監督メニュー増やすから、自然とそうなってるの。それよりなになに? 里奈情報かな?」
レンちゃんには梅崎里奈がどタイプだと言ってある。後ろで野球部の部室のドアがガガーーっと開く。三年の先輩たちだ。レンちゃんと話しているとやっぱ周囲の視線を感じる。
「城西の練習きついんだ」
俺は話を元に戻した。一年と思われる部員が重たそうな荷物を持ちながら坂を下ってきているのが見えた。
「うーん、中学は監督が鬼だったから緊張感がね。私あの雰囲気嫌だったな。でもメニュー的には今の方がきついよ」
だんだん姿がくっきりしてきて、葵斗がこっちを見てるのがわかった。俺は手を挙げて、呼び寄せる。
「だけど、シュート体勢の為にやっぱ体力欠かせないし、まぁやるしかないわけで。秋になったらきっとボールもっと触れるでしょ。ってかさ、高橋さ今度さ……」
レンちゃんが何か言いかけた時、「遥、行くよ」とももかの声が響く。「じゃ、またね」と笑い、レンちゃんが小走りで去っていく。オレンジの光で顔が少し赤らんで見えた。あとほんの少し会話引き伸ばせてたら、葵斗間に合ったかなー、とか思った俺は結構おせっかいだ。俺はその場で葵斗を待った。
「葵斗、お前のかわいいと思う女子は、多分みんなかわいいと思ってて、そんで無情なほどにバスケバカだわ」
小さな声で言いながら、葵斗の、がっしりとした肩に俺は手を置いた。オレンジの夕日が葵斗の焼けた肌と泥んこのユニフォームをこれでもかってくらい照らしてる。その瞬間、葵斗のまっすぐな目は、おそらく正門に向かう瀬山遥の背中を追っていた。
「わかってるよ、別にそういうんじゃないから」
葵斗は笑いながら部室へ向かう。オレンジの夕焼けは葵斗の影をくっきり映し出す。どこか寂しそうにみえるのは何なんだろ。多分俺と同じで、無謀な相手だと知っているからだろうか、とかやっぱ柄にもないこと考えた。てか、『そういうんじゃない』なら、なんだろな。