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願わくば、同じ君へ  作者: 凛々花
第二章
19/41

佐々木葵斗 バレンタインデー

 今日僕は少し期待してしまっている。バレンタインデーだからだ。もちろん、貰える可能性が限りなく低いこともちゃんとわかっている。それでも最近は、特にあの雨の日を境に、僕たちの距離は近くなったように思う。少しの期待は許されるだろう。

 僕が外周一周目に入ると、すぐに瀬山の背中が見えた。今日は顔に当たる風がいつもより冷たい。体があったまるまで時間がかかりそうだ。

「瀬山、おはよう。え、もうそんな早く走っていいの?」

 瀬山は走りながら、軽く振り返り、僕を確認するとまた前を向いた。僕は瀬山の隣まで追いつくと、彼女のペースに合わせて走る。

「佐々木くんおはよう。早くないよ。今日も五週コース?」

 僕は呼び捨てしているのに、彼女はまだくん付けをする。呼び捨てが慣れないらしい。そのくせ、同じ学年の男バスは全員呼び捨てしていることが、僕はどうしても解せなかった。安道巧に至っては、下の名前で呼んでいる。僕みたいなありきたりな名字でもないのに。

「だから、瀬山も佐々木でいいって。無理しないようにだよ、まぁ気持ちはわかるけど。じゃ」

 そう言って、いつもようにペースを上げた。いつもよりも少しだけ勢いよく走り出した。それはたぶんバレンタインデーだからだろう。男子は、無意識でいつもより少しだけかっこよく振る舞ってしまう。僕も例外じゃない。

 次に瀬山の背中が見えたのは思ったよりも早かった。瀬山はペースを落としている。そのせいか、その背中は少しこわばっていて、吐く息を両手をすりこんでいた。僕はさらにペースを上げた。走りながら、グラウンドコートを脱ぐ。

「着てて、俺もうあったまった」

 瀬山に追いつくと、僕はそれを彼女に渡した。

「え、ありがと。佐々木くんもファイト」

 だから、呼び捨てでいいんだって。僕は心の声を音に出す代わりに、そこから一気にペースを上げ、ラスト二周を走り切った。いつもより明らかに息が上がっている。少し張り切りすぎた。

 ギプスが外れて約一ヶ月、瀬山は毎朝外周と坂ダッシュを欠かさない。本当なら体育館でシュート練をしたいらしいが、走ることで足は強くなるらしく、それと体力強化も今は重要らしく、走るのを優先させているとのことだ。それで、最近は朝練の時、外周で一緒になることが多くなった。それだけで僕は気合が入る。

 それにしても、さっきからの僕は、テンション高すぎだと思う。ましてやグランドコートを瀬山に渡すなんて、どうかしている。今日はバレンタインで、男子が、それも高校生の男子がバレンタインを意識しないのは、ままならないわけだ。

 野球部はマネージャーが全員にくれるらしい。高橋が言うには、バスケ部は同じ学年の女子が男子一人一人にあげることになってるらしい。バド部は去年何かもめたらしく、今年はないらしい。バスケ部は男女仲がいい。

 高橋から練習の話を聞いていると、男女で協力して色々な状況を乗り超えてきたらしく、仲良くなるのは必然のようだった。野球部の僕はそれが単純に羨ましい。それでも、最近は僕も瀬山とよく話すし、もしかしたら、なんて淡い期待を否定しきれない自分がいた。

 瀬山は手作りとかするタイプなのだろうか。それともオシャレなのを買ったりするタイプなのだろうか。

 朝練終わり、いつものように瀬山は階段にいる。茶色の大きな紙袋を持っていて、それはあきらかにそれであり、僕はとたんに意識してしまう。はみ出たところから見える包装の感じだと、手作りっぽくもあるし、買ったっぽくも見える。

「佐々木、おつかれ、これ結構あったかいんだね」

 初めて呼び捨てにしてくれた。少しだけど何か変わったかもしれない。何かはわからないが。パックジュースを飲みながら、瀬山は自販機にいる僕に近づいてくる。

 振り向くと瀬山はグラウンドコートを着ていた。瀬山は怪我をしてからずっとスニーカーを履き続けているけど、グラコンと合わさって、めちゃくちゃいい。僕は一瞬確かに見惚れた。慌てて自販機に向き直す。僕はやっぱり正直かなり意識している。何にするか数秒悩んでるフリをしたけど、結局いつものボタンを押した。

「最近、筋トレの負荷を上げたいなって思ってるんだけど、佐々木は最近は家ではどんなのやってる?」

 パックジュースを拾いながら、僕の頭の中はあっけらかんだ。

「俺は家では、素振りと腹筋と腕立て伏せ、道具とか使ってない」

 僕は端的に答えた。

「そっか、前に教えてくれた通りか。腹筋ローラーとか、インナーも鍛えられるって言うけど、どうなのかな。トレーニングの情報多すぎて、血迷いたくないし。柳田先輩詳しいかな」

 もう、血迷っていると僕は思う。瀬山の目指すべき姿はあのゴリラのような重たい筋肉ではないはずだ。瀬山遥がやっぱりどこか抜けてることを僕は痛感した。

「柳田先輩はラグビー、瀬山はバスケ。あんまり参考にならないんじゃ?」

 ついでに言うと、僕は野球だ。だけど、それは言わないでおいた。瀬山はしまった顔をしたあと、分かりやすい困った顔をした。最初の頃は想像もつかなかったけど、表情がコロコロ変わる。それを言えば、バレンタインに筋トレの話をする子には思えなかったけど、今ではそんなことを知ることができてとても嬉しいし、そんなところが可愛いと思う。

「俺はよく、このスポーツサイトで情報みてるよ。トレーニングも特集あるし、時々メンタル系もあって、レベルは違うんだけど、やっぱプロになる人の考えは参考にしなきゃなって思うよ」

 瀬山の目は興味深々だ。

「あとでリンク送ってね、じゃ今日は急ぐから」

 そういうと、瀬山は着ていたジャンパーを僕に渡して、パタパタと階段に置いていた荷物を取りに行く。僕が部室に鞄を取りに行こうとすると、すぐ呼び止められた。

「佐々木くん、今日はバレンタインだよ。これあげる、いつもありがとう」

 それだけ言うと、瀬山は足早に校舎の方へ向かって行った。瀬山のいう「これ」には茶色の紙袋で『佐々木、いつもありがとう』と黒マジックで書いてあった。「くん付け」の問題は僕の中でもはや小さな問題になりつつある。呼びたいように呼べばいいんだ。瀬山の字を初めてみたけど、綺麗だった。

 お礼のチョコだろうが、義理のチョコだろうが、チョコはチョコで、なんならチョコじゃなくとも、気になる子からもらえるものは全部特別だ。

 そっと中身を確認すると、小さな箱が入っていて、その中にはクッキーが入っていた。チョコペンで野球のバットやボールの絵が書いてあったり、僕と思われる似顔絵が書いてあったりする。絵文字みたいに簡潔で特徴を捉えている。絵も上手いとか、なんなんだと僕は思う。

 瀬山はバレンタインには手作りするタイプだった。それもとびきり可愛くデコレーションをするタイプだ。これは、勘違いしそうになる。

 僕はそっと鞄にしまった。

 昼休み、バスケ部女子は高橋のところにきて、一人ひとつずつチョコをあげていた。女バスの一年は六人いるから、一人六個も貰えることになる。これもバスケ部の伝統らしく、一組から一人一人配っていくそうだ。というのも、男子がなるべく他の奴が見えるところで渡して欲しいと頼んでいるらしい。廊下でバスケ部女子がクラスを渡り歩く様子を見ていたけど、もらった奴らはやっぱりみんな嬉しそうだった。僕はある重大な事に気がつき、廊下から教室に急ぐ。

「高橋、ちょっとみして」

 高橋の机の上のチョコを注意深くみる。やっぱりそうだ。茶色の紙袋のラッピングが見当たらない。

「お前貰えなかったか? かわいそうだな。俺らは普段からまぁ支え合ってるからな、歴史が違うんだわ、ごめんなぁ」

 僕は高橋が言い切る前に、高橋の机の上のチョコたちをガサガサ見る。

「これ? 瀬山のやつ」

 透明のPP袋の中に色んな色のお菓子が入っている。水色のリボンで止めてあって、海外のお菓子の寄せ集めみたいだ。『高橋、いつもありがとう』とメッセージが書いてあって、さっき見た字と同じだった。

「だな、レンちゃん、名前ないとかやる気あんのかよ、にしてもセンスはさすがだよなぁ」

 僕は、確信する。僕のだけが手作りだ。別に告白された訳でもないけど、勘違いしてもいいのだろうか。

「バスケ部いいな。けど、お返し大変だな」

 棒読みだったかもしれない。僕はそれどころじゃない。

「バスケ部はさ、そこらへんも対策済。値段とかも決めてて、その中でやり切ることになってんだ」

 確かにバスケ部は本当にいい部だと思う。僕は高橋に瀬山から貰ったことは言わないことにした。瀬山がそういうのを好きじゃなさそうだと思ったからだ。瀬山にとっては、義理とか本命とか関係ないだろう。それでも俺にとってはすごく特別で、もうそれでよかった。

 好きな子から手作りのチョコを貰える日が来るなんて、僕は生きてて良かったと思う。

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