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元侯爵令嬢の困惑

 アフリックは現状に困惑していた。

 エイノは首にかけてあった手拭いで汗を拭き取りながらシネイドヘ報告する。

「薪は全て割って済んだ…」

 アフリックが窓から中庭を覗くと、綺麗に重ねられた薪が置かれている。

「おやっ?あんなに沢山あったのに…」

 シネイドは仕込みでニンジンを細かく刻んでいる。エイノはその手元へ注目しながら尋ねた。

「女将、他に仕事はないか?」

「いやぁ…。兄ちゃんに手伝わせると皿は割るやら、箒は折るやら…。洗濯物も干すときに破れたしね…」

 手を休める事なく、刻んだニンジンをボールへ移すとジャガイモの皮剥きに取り掛かる。

「申し訳ありません…」

 一つ一つ丁寧に食卓と椅子を磨いていたアフリックは柔らかな布巾を握りしめながら謝罪する。その背後には眉を顰めているエイノがいた。

「アフリックが謝ることはないよ…。まぁ、最初はね…。アンタも色々やらかしたしね…。まぁ、兄ちゃんの方が酷いけど…」

「すまぬ…。女将…」

 直立不動から勢いよく腰を折り、深々と頭を下げるエイノはアフリックの兄である。

 エイノは三日前から食堂の片隅で寝泊まりしていた。椅子へ腰掛けそのまま睡眠をとるのだ。騎士の経験上、野営よりは何倍もマシである。襲撃に遭遇する心配がない分ゆっくり眠れた。

 食堂の二階では、シネイドとアフリックが居住している。エイノのためにシネイドは一室提供してくれたのだが、淑女の領域を男性であるエイノが侵してはいけないと辞退した。

 エイノは独立したアフリックと暮らすため、全てを投げうち侯爵家を飛び出した。アフリックはエイノへ難色を示したが、シネイドが面白がり、一週間のお試し期間でエイノは食堂に採用される事になった。

「まぁ、良いよ…。じゃあ、その顔を活かして、客の呼びこみでもやっとくれ!」

 凛々しげな眉毛、精悍な面立ちをしているエイノは体格の逞しい美丈夫だ。

 涼やかな目元のエイノが流し目を送れば、女性たちの集客が見込まれると踏んだシネイドだったが…。このあと後悔するのだった…。


 忙しかったランチ時間も終わり、昼休憩中…。

 エイノもアフリックと同様、髪の毛は深い青色しており、仕事の妨げにならぬよう後ろで一つ括りにしたが、毛先が床につき汚れてしまった。

 エイノはシネイドの座った椅子の前で正座をしている。シネイドはエイノへ説教を始めた。

「まぁ、女性客が増えたのは良しとしようっ!ランチの売り上げもかなり良かった!けど、男性客を全て断っちゃうのはね?」

 エイノは眉根に皺を刻み、シネイドヘ抗議する。

「アフリックに如何わしい思いを抱くかもしれん輩を店内へ案内せよとオレに言うのか?」

「うんうん、アフリックは美人さんだもんね…。兄ちゃんの心配も分からなくもない…」

 エイノの言葉にも一理あると納得して頷いたシネイドだったが、ビシッと人差し指をエイノの鼻先へ突きつけると真っ当な指摘をする。

「けど!常連客の爺さんや子供まで門前払いはどうかと思うぞ!」

「アフリックはぽっちゃりしていた方がほっぺがプリプリで愛らしかったが…。こんなに痩せて…。世間一般の男ども(おおかみ)から益々美しいと評判になった!美人の看板娘を一目見たいと群がる男どもに年寄り、大人、子供など関係ないっ!オレはあの魔の手から妹を守る権利がある!」

 自分本位の言い訳を重ねるエイノ…。

 エイノはサーシャに魅了されるまで、妹を溺愛していた。だから、急に理由もなくエイノに冷たくされたアフリックは辛くて悲しくて苦しくて、自分を追い詰めてしまい…。学校だけでなく侯爵家でも惨めな気持ちを抱くようになっていた。

「アフリック…。ごめんな…」

 シネイドはアフリックへ振り返って謝る。何故、謝る必要があるのだろうか…。客観的に見積もってもエイノの意見は間違っている。

「あっ…。いえ…」

「兄ちゃん、お試し期間はまだあるけど…。アンタはクビね…」

 突然の解雇通達にエイノは反論する。

「なっ!それなら誰がアフリックの身辺警護をすると言うんだ!確かに…。オレはアフリックに無情な仕打ちをしてしまったが…。それでも…。それでも…。お兄ちゃんはね…。お兄ちゃんはアフリックに何かあったらと思うと心配でならないっ!」

「あと、ここ出禁で…。もし、周囲を彷徨ふらついてたら、営業妨害で治安部隊に訴えるから…。よそ様の貴族であろうが、うちの国家治安部隊はしっかり働くし…。そちらの実家が知ったら…。外交面でも恥かくよ」

「シクシクシク…」

 蒼穹のように透き通った淡い青色へ涙を浮かべエイノは上目遣いでシグネドへ懇願した。

「んっ?イケメンが泣いて訴えても、ダメなものはダメだからね…」

「女将のいけずぅーーーーーー!わーーーっ!」

 シネイドの気持ちが変わらないと判断したエイノは叫びながら食堂の扉を開け放った。ネジが数本飛び散り扉が斜めに傾く。

「あのバカ…。ドア壊しやがった」

「最後の最後まで兄がご迷惑を…。今回、兄が壊したものは、私の給料から差し引いてくださいませ」

 シネイドはアフリックの肩を優しく叩く。

「いやいや…。それは大丈夫…。想定…内だったから…。まぁ、兄ちゃんの心配はわかるけどね…。そのときは私のこの剛腕で守ってあげるからねっ!」

 上腕の力こぶを強調してシネイドは豪快に笑った。

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