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王太子の懺悔

 先日、アフリックに会いに行ったリーアムを諌めるため、オスカリは王太子の自室へ面会に来ていた。

「お前は魅了耐性があるだろう?サーシャに魅了されてないから分からないんだ!」

 机の上には執務中の書類が積み上げられてあったのだが、リーアムの手で投げだされ床へと散乱した。

 これ以上、アフリックの心を乱さないでくれと釘を刺され、リーアムはオスカリへ怒りをぶつけたのだ。

「分からんよ…。魅了されたヤツの気持ちなんてよ」

 長椅子にはオスカリが優雅に寛いでおり、芳しい香りの紅茶を啜っていた。

「サーシャに耳元で囁かれると本当にそうなんだと思うんだよ…。あの慎ましい笑顔を…。全てのものから守ってやらなくてはと…」

 アフリックとサーシャは対照的だ。

 学生時代、アフリックは溌剌とした健康的な少女だった。見た目はふっくらとしており、親しみやすい愛嬌のある顔立ちをしていて可愛らしい。

 対して、サーシャは目鼻立ちが整っており美しく、女性らしい曲線の身体で艶かしい。年頃の男性なら、必ず彼女に目を奪われてしまうだろう。

 実際、リーアムはサーシャの嫋やかな微笑みに惑わされてしまった。魅了は魔法をかける相手が好意を抱かなければ発動しない。婚約者がいる身でありながら、リーアムはサーシャの虜になったのだ。

 魅了耐性がなくとも、オスカリならばサーシャに魅了されることはなかった。オスカリはサーシャを魅力的だと全く思わなかったからだ。

 オスカリにとって、アフリックの雨上がりの空のような眼差しがこの世で一番綺麗なものであり、サーシャの媚びるような視線はこの世で一番嫌悪するものだった。

「へぇ…。だから、アフリックが孤立するように率先して指示だしてたんだな…」

 リーアムは黄金の髪を掻き乱した。眉目秀麗だと評判の王子だが、疲労しているせいかいつもの輝きが燻んでいる。

「そんなつもりは…。ただ、私は皆にアフリックが…。だから…。くぅっ…。わた…し、私は…。なんて事を…」

 サーシャの魅了にかかっていたものの、リーアムはアフリックへ行った数々の非道を全て記憶している。

 リーアムはアフリックへ家族のような親しみを覚えていたが、女性としての魅力を抱いてはいなかった。好みの容姿でなかったのが一因なのは否めない。けれど、幼い頃から将来を約束していた大切な存在ではあった。

 サーシャの魅力に惑わされていたとき、リーアムは事実を調べずサーシャの言葉は全て鵜呑みにした。

 サーシャからアフリックにバケツの水を浴びせられたと訴えられ、家臣の生徒へ指示してアフリックを噴水へ突き押したこともある。

 サーシャの制服を汚されたと聞いて、椅子にかかっていたをアフリックの上衣ジャケットを引き裂いたことも…。

 思い出せば思い出すほど、リーアムは胸を掻きむしるほどに苦しくなる…。

 少し考えれば、アフリックがそのような愚行に走るはずがない。王太子妃になるのに、優しすぎるのが難点だと王妃ははから指摘を受けていた。

 サーシャに嫉妬したとしても、人を傷つけること厭うアフリックがサーシャを蔑むことはしないだろう。現に彼女は異論を唱えることもなく黙って身を引いた。

 アフリックの両親である侯爵夫妻は王家に対して諫言するようアフリックを説得したと言う…。だが、アフリックは戸籍から自身を除名する書類を書き残して消息を絶ってしまった。

 大事な娘を失った侯爵夫妻は嘆き、王太子派だった彼らは今や第二王子を支持している。侯爵がリーアムを恨むのは致し方ないことだ。

 あの時はサーシャを守るために、アフリックを遠ざけるのが正義だと心から思っていた。アフリックは嫌々婚約をしている存在にすぎず、愛しいサーシャを虐げるものとして、リーアムは憎しみを抱いていた。

「オレはアフリックを貶めたサーシャ嬢も憎いさ…。けど、お前のように好きな子のために権力ちらつかせて、一人の令嬢をあんな風に追い詰めたりしない…。サーシャ嬢の場合、本人にその意思がなくても、魅了ちからで国家を混乱させる可能性があるから、魔力耐性のある修道院の修道塔へ送られてたんだ…」

 アフリックに対して、サーシャに悪意がなかったとは到底思えない。故意にアフリックが学園から疎外されるよう仕組んだ節がある。

 同級生であるリーアムや宰相の息子、学園の特別講師である王弟なら、無意識に魅了をかけてしまったとの言い訳が通用するかもしれないが、わざわざ近衛騎士団の訓練所へ赴き、アフリックの兄にまで魅了をかけている。

 このことから、サーシャは虎視眈々と次期王太子妃の座を狙っていたのではないかとオスカリは踏んでいる。

 アフリックは兄からも邪険に扱われて、ストレスが溜まり暴食へと走った。元々ぽっちゃりしていたアフリックは益々太り、学園生たちから王太子に不釣り合いだと散々馬鹿にされていた。

 リーアムも婚約者を庇うことなく自分に不相応だと侮蔑し、サーシャこそが運命の人だと吹聴していた。

 サーシャの魅了にかかっていた日々を覚えていたからこそ、リーアムのサーシャに対しての愛はあっという間に消え失せてしまったのだった。

「しかし、孤立したアフリックが最悪の選択をしなかったのは幸いだったな…。そんなことになれば、オレはお前を生かしてないだろうよ…」

 どれだけ、マルっとなってもアフリックは愛らしかっただろうとオスカリは想像するのだが…。学園卒業後に王太子妃となるアフリックから一線を置きオスカリは魔法研究所へ篭っていたため、思い悩んでいたアフリックの状況を知らない。

 もし、万が一のことがあったならば、オスカリはリーアムだけでなく自分自身も許せなかっただろう…。

「私はアフリックを大切に思っていたんだ…。恋愛感情…ではなかったかもしれない…。友のように家族のように…。愛しんでいた…。許されるのなら…。また…。前のような関係を望んでいる…」

 絞り出すような声でリーアムはオスカリへ懺悔する。本当に聴いてほしい相手には拒絶されていたからだった…。

 オスカリはリーアムの言い分に辟易しながら、アフリックへと想いを馳せる。

「はぁ…。アフリック…。今頃、もう一人の男に頭を悩まされているんだろうなぁ…」

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