王太子の謝罪
「アフリック!こんなところにいたのか?探したんだぞ…。こんなに痩せてしまって…」
そんなある日…。突然、元婚約者のリーアムがアフリックの元を訪れる。
丁度、お昼のランチ時間の波が落ち着いたところだったので、アフリックはシネイドへ一言声をかけて休憩に入ることにした。
今更、アフリックを探しに来たリーアムの真意は分からなかったが、このまま店内で話をすれば、元貴族であったことが明るみになる。
事情を概ね知っているシネイドはともかく、元貴族であったことを客へは知られたくない。折角、客たちと築いた関係をアフリックは壊したくなかった。元貴族と分かれば、アフリックへの接し方が変わるかもしれない。
アフリックは人気のない路地裏へリーアムを案内する。リーアムはアフリックの正面へ立ち、腰を深く曲げて謝罪した。
「私のせいで…。申し訳なかった…。私はサーシャの魅了の魔法に惑わされていたのだ…」
リーアムの話ではサーシャは魅了魔法の使い手であり、王太子であるリーアムの他にも、宰相の息子、近衛騎士団団長の息子(アフリックの兄)、王弟までもがその魔の手に堕ちていたらしい…。
魔法研究所所長の息子の進言で王が調査した結果、サーシャの能力が発覚したようだ。
リーアムが正気に戻ったとき、アフリックはすでに国外へ姿を隠しており、探すまでに一年半以上の月日を費やした。
リーアムの説明を一通り受けたところで、アフリックの一つに束ねた毛先が肩で弾む。
久々に見たアフリックはリーアムが最後に会った時よりもずっと綺麗になっていた。
以前は膨らみのある身体つきであったが、日々の労働でしなやかな筋肉がつき、痩せてめりはりのある体型になっていた。丸みを帯びていた顔形も今や程よい肉づきで瞳が前よりも大きく見える。
透明な蒼玉の双眸がリーアムに向けられる。
リーアムは鼓動が打つのが早くなるのを感じながらアフリックの言葉を待った。
「だから…。どうしました…」
アフリックは首をちょこんと傾げて尋ねた。
「…。えっ?」
唖然としたリーアムの表情が何故か可笑しくて、アフリックは笑いそうになったが我慢する。
「だから…。何だというんです?」
「私たちはお互い想いあっていたではないか?」
アフリックを真っ直ぐ見つめる瞳…。新緑のような淡い黄緑色が揺れている。王家の血統を象徴する鮮やかな金髪が爽やかな夏風に吹かれた。
「はい?」
動揺しているリーアムとは違い、アフリックは冷静だ。
「ちっ、違うのか?」
「以前、私も殿下を恋い慕っておりました。ですが、殿下…。百年の恋も冷めるという言葉をご存知ではないですか?」
「…」
アフリックは情に溢れた性格でリーアムにいつも優しかった。誰が見てもわかるほど、アフリックはリーアムへ好意を寄せていた。
アフリックの言葉を俄かに信じがたいリーアムは何も言い返せなかった。そんなリーアムの様子に呆れてアフリックは続ける。
「確かに殿下はサーシャ様の魅了に操られていたのかもしれません…。だからといって、傷つけられた私の心は元に戻りません。とてもとても悲しかったのです…。学園で過ごす日々のなか、殿下の目に私は存在しておりませんでした。それだけでも辛いのに…。卒業の日…。大勢の生徒の前で罵られ、国外追放を命ぜられました」
サーシャの魅了にかかっていたリーアムは一種の洗脳状態だった。サーシャの言葉に逆らえなかったのだ。ある意味、リーアムも被害者なのだろう…。
だが、アフリックはリーアムから浴びせられた数々の暴言を忘れられない。
「どうすれば…。私はアフリックから許してもらえるのだろうか…。どう償えばよい?」
「どうしようもありません。私はすでに平民へ身を窶しております。私では殿下の妃は務まりません。サーシャ様はどうされておられるのですか?情熱的に愛を語っていたではありませんか?」
アフリックの責めるような質問にリーアムはタジタジになりながらも答える。
「サーシャは修道女となり北の修道院へ送られた…。もう二度と会うことはない…。それにアフリックの身分はいつでも復活することができる…。父、国王の計らいで貴族名簿から除名はなされていないのだ…」
アフリックはため息をついた。
今、アフリックは充実した生活を送っている。侯爵令嬢へと戻る気持ちなど更々ない。
「殿下…。私は殿下が信じられません。私へもサーシャ様へも愛を語りながら、結局、私もサーシャ様も捨てたではありせんか?第二のサーシャ様のような存在が殿下を誘惑したならば…。私はまた殿下に裏切られるのではないでしょうか…。もう殿下に対して私の気持ちはないのです」
アフリックは断言するも、縋るようにリーアムは尋ねる。
「アフリック…。私を信じてくれないのか?」
「はい、無理でございます。それに…。平民の生活も慣れれば楽しいものでございます」
「私は君が望めば…。平民になっても構わない…。弟へ王位継承を譲ろう…」
アフリックに対して、どうしようもない罪悪感に苛まれているリーアムは身分を捨ててでもアフリックからの許しを得たかったのだ。
だが、無情にもアフリックは告げた。
「貴方は国民も捨てるのでございましょうか?」
「そんな…。アフリック…」
「殿下…。私は殿下の造る国を陰ながら見守りとうございます…」
立ち去るアフリックの背中を眺めながら、リーアムはその場に崩れこみ両手を地面へついた。