元侯爵令嬢の日常
アフリックは侯爵令嬢だった。
もう、二年も昔の話である。王立魔法学園の卒業記念祝賀会で王太子のリーアムから婚約破棄を告げられた。
「お前とは婚約破棄する…。もう二度と私の前に姿を見せるな!」
子爵令嬢のサーシャと恋に落ちたらしい。
あれやこれやとやってもいない罪をリーアムから着せられ、アフリックは国外追放を余儀なくされた。
侯爵家へ難が及ばぬよう、アフリックは家門から自分を除名するように手続きを進めて、貴族の身分を捨て単身で隣国へ移住した。
最初こそは大変な生活を強いられたが、住めば都、日々過ごすうちに慣れていき、アフリックは苦労しながらも穏やかな日常へ溶けこんでいった。
隣国での日々…。
アフリックは食堂で給仕に勤しんでいた。
「アフリックちゃん、オムライス一つ頼むね」
「オムライスがお一つでございますね。かしこまりました」
常連客の注文を受けながら、アフリックは他のテーブルへ出来上がったばかりの料理を運ぶ。
邪魔にならないよう後頭部で一つにまとめた紺色の髪が忙しく動くたび跳ねた。
幼さな残る小さな顔に、空色のつぶらな瞳、柔らかな頬は小動物のようで、ちょこまかと歩き回る姿は愛らしい。
「お待たせいたしました。若鶏の竜田揚げでございます。お熱いのでお気をつけてお召し上がりくださいませ…」
「美味しそうだね。ありがとう」
感謝の気持ちを伝える客へアフリックは満面の笑みを浮かべる。休む暇もなく、威勢がいい大声が飛んでくる。
「アフリック!ハンバーグが出来たよ!持っていってくれっ!」
調理場から顔を覗かせて、アフリックを呼んでいるのは女将のシネイドだ。
「はーい!了解です!女将さん、コムルさんから注文頂きました!オムライス一つお願いしますっ!」
「あいよっ!」
この職場はアフリックの実家の侯爵家へ行儀見習いで奉公している侍女から紹介されたものだ。シネイドはその侍女の妹である。彼女たちは母方の遠い縁戚だった。
シネイドは隣国の女騎士であったが、遠征の最中負った怪我が原因で騎士として従事できなくなり、転職して大衆食堂の女将になった経緯がある。シネイドは大らかな性格でその経歴ゆえに腕っ節が強かった。
侍女は幼い頃から世話をしてきたアフリックのことを慮り、故郷の妹へアフリックを託したのだ。
住み込みで働き始めた当初、アフリックは仕事を覚えるのに大変苦労した。貴族令嬢だったアフリックは食事の支度など一度もしたことがない。
シネイドはそんなアフリックへ苛立つことなく、基本から丁寧に指導した。アフリックも弱音を吐かず真摯に姿勢で向き合った。
努力の甲斐あってか、今やアフリックは押しも押されもせぬこの店の看板娘だ。
アフリックの元気いっぱいの接客は、男女問わず客からの評判が良い。
いつしか、アフリックはこの食堂になくてはならない存在となった。