冥界神との出会い
僕は、取り返しのつかない事をしてしまった。
無差別大量殺人だ。理由はない。タイミングも、無意識のうちに標的を決め、体が勝手に包丁で刺していたのだ。
僕は刑務所の独房に入れられている。死刑判決が下された。当然だ。僕もその判決を第一審で受け入れた。裁判の時の遺族の顔は、忘れられなかった。殺したやつの顔は一瞬で忘れるくせに。今日は、待ちに待った死刑執行の日だ。仏間で死刑執行を告げられたあの瞬間はどれほど嬉しかったかとか……その後、好きだったチョコボールを食べさせてもらい、白装束に着替えさせられて、隣にある絞首刑台に進む。執行準備の途中、仏様に「どうか、地獄の罰を受け終えたら、烏滸がましい事ですが、もう一度人として…いや、善人として、家族、親戚、友達に見送られながら火葬されたいです」と仏教のぶの字も知らない僕は、仏様に願い事を言うものなのか知らなかったが、それでも救いを求めてそう願ってしまった。そのあとは早かった。ボタンが押されて床が抜けた。死ぬ寸前、自責の念で心中してしまった両親と妹を思いながら、僕は意識を失い、それが永遠に覚めることはない……はずだった。
次に目を覚ますと、そこは黄昏時の空が広がる森の中にいた。
「……ここは?」「ここは冥界、死んだものたちの魂が行き着く場所よ……近衛 狼牙くん」「?!」
突然知らない人が僕の名前を言ってきたので驚いた。
「おっと…驚かしてしまったようですね。私は冥界の女神ハーデ……そして、女神一貴方の世界の創作物好きでもある。よろしくね?」「よ…よろしくお願いします…」創作物好き……か。
「それではまず、なぜ私がここに貴方を連れてきたか…なんだけど、これは私が貴方の事を偶然見つけて、その殺人までの手際の良さ、死体隠蔽の技術など、素晴らしいと思ったから」「え?連れてきたの女神様なんですか……と言うか殺しの手際の良さって……不謹慎じゃないですか」
「殺した貴方が言わないの……まあ、私は神の中でも人の性格に近いらしい部類に入るらしいんだけど、配慮できなかったわ……ごめんなさいね。でも、私は貴方を咎めない。むしろ、私は貴方を救いたいと思っているわ」「……僕を?どうやって…まさか、地獄の罰も受けてないのに生まれ変わらせようと?!」「…まあ罰といえば罰かもね……貴方には異世界に行って貰いたいのよ」
「異世界?それってどんな……」「貴方、なろう小説読んだことないの?まあ……言うなれば、魔王とか魔物が跋扈してる世界」「そこで殺されて死ねと?」「逆よ。生きて罪を償うの」「生きる?」「貴方には、魔王討伐をしてもらいたいの」「まおう……ですか?」「貴方が殺した人達との話し合いで、魔王討伐を貴方が達成したら、魂達は貴方を許すと」
「……それ、本当ですか?」「ええ、魔王を倒せなかったら、あらゆる世界から貴方の魂を消滅させて"貴方がいなかった"と言うことにして、貴方が原因で死んだ、つまり貴方の家族を含めた人間達を生き返らせると。逆に、貴方が魔王を討伐したら、貴方も生きて、殺した人たちも生き返る。こっちは貴方がいた状態で文字通り何も無かった事になる。でも帰っても異世界での貴方の記憶は、あなただけに残る」「?!そんなこと……して良いんですか?」「良いわけないわよ……本来ならね…これは私のわがままなの……その分の落とし前はつける。これで世界が少しでも壊れそうになったら私は消される」「どうしてそんな事を…僕なんて、そんなことされる価値など無い人間なのに…」「私が貴方を気に入ったからよ……いわば神の気まぐれね……」「……わかりました!魔王、討伐して見せます!!そして…殺した人に謝って……それから…………もう一度、あの暖かかった家庭を取り戻すんだ!」
……これは、ある一人の殺人鬼の罪滅ぼしの物語である。
〜設定解説その1〜
・近衛 狼牙…大量殺人を引き起こした張本人。年齢24歳。大学を卒業し、就職に失敗してアルバイトと家族を頼りになんとか生きていたが、ある日泥棒がが家に出たことがあり、撃退するために包丁で刺してしまい、その日以降、ふとした瞬間に急に誰かを殺したくなる殺人鬼となってしまった。性格は以前と変わることはなかったが、彼の家族は自責の念から心中してしまった。そこからは自分が心底嫌いになって、あえてわかりやすい場所で殺すようになった。結果、すぐに警察に捕まり、裁判も死刑判決が言い渡された。
・冥界の女神ハーデ…冥界で魂の管理を行う傍ら、現世の俗物に触れるのが趣味の女神。