二話
キーン コーン カーン コーン
生徒たちが挨拶もそこそこに立ち上がり始める。
「ありがとうございました。」丁寧に言っているのは僕を含めて四、五人だ。
「あ〜〜」
横から気怠げな声がした。さっきまで長い睫毛で隠されていた茶色い瞳が今はぱっちりと開き、光を反射していた。あくびまじりの声。
「あ〜あ、ノート、かいてな〜い」
変に間延びしたした声がこちらに向けられたものだと数秒後に気がついた。ここで何か発したら負けだと、黙っておく。念の為に言っておくが、僕は北部のことがあまり好きではない。理由はもちろん、陽キャないし問題児だからだ。さっきはこいつのせいで先生に当てられてしまったようなものだし。
僕は教科書とノートを机の中に仕舞う。横目で茶色い髪がふわりと広がるのが見えた。
「…ねぇ、見せてくれないの?」
僕は彼女に不機嫌オーラが伝わるように眉間に皺を寄せて、皮肉たっぷりにこう言った。
「ノートなくてもそんなに困らないだろ。寝てるくらいなんだから。」
すると北部は露骨に顔をしかめて、えー!と大声を上げる。
「困るよ〜!今回のテスト、七十位以下だったらスマホ没収されちゃうの!」
ひんひんと泣き真似まで披露してうるうるとこちらを見てくる。うざったいのに、揺れる髪と整った顔からなぜか目が離せない。それにさ、と北部は続ける。
「数学ってさ、眠くなんない?」
手を合わせて片目を瞑る彼女に、ため息をつく。机の中からノートを取り出して渡す。
「わーい、ありがと〜」
ぱちぱち、と手を叩いて喜ぶ姿にどうしようもない疲れが溜まった。調子のいいヤツ、と思った。
次の日。一時間目から数学だった。
「おはよう数学、おやすみ数学…」
隣で北部がうつ伏せになって目を閉じた。僕は眉間の皺をほぐしながら深いため息をついた。
おい、と小声で声をかける。
「なんだい、倉田くん」
うつ伏せのまま、返事が返ってきた。
「ノートをとれ。もう貸さないぞ」
釘を打ってみたが、相手は糠だったらしい。
「そんなこと言って、また貸してくれるでしょ」
北部がうつ伏せのままこっちを向いた。いたずらっ子のような笑みを浮かべている。僕はまたため息をついた。どうして僕はこんなヤツのためにノートを見せなければいけないのか。いや、見せなくてもいいはずなのだが、見せないといけない気がするのだ。だが何にしろ、居眠りはよくない。
「…教科書立てとけ。」
「へへ、そうだね〜」
北部は器用に片手で教科書を開いて立たせると、小さな寝息を立て始めた。
僕はノートに丁寧に板書を書き始めた。