あなたが本当に好きなのは
n番煎じですがどうぞよろしくお願いいたします。
贈り物のピンクローズのブローチを見て、ため息をひとつ溢す。
婚約者から贈られたはずのそれは、びっくりするくらい私には似合わない。
これが似合うのは……。
コンコンとノックが聞こえたので入室を許可すると、花のように愛らしい少女が入ってきた。
「お姉様、お借りしてた本を返しに……あら!そちらヒューゴー様からの贈り物ですか?とても可愛らしくて素敵ですね!」
アリシア、私の双子の妹。
同じ顔のはずなのに、明るくて愛らしくてお洒落な子。
ブローチを眺めてキラキラと輝く顔と、ピンクローズの色味がとてもよく似合っている。
「……あなたがつける?」
思わず聞いてしまう。同じ顔のはずなのに地味な格好ばかりの私には似合わないから。
「アルティアお姉様、これはお姉様に贈られたものでしょうっ!」
アリシアはなんてこと言うんだとぷくりと頬を膨らませる。そんな表情も可愛らしい。
発言を誤魔化すように視線を逸らすと、鏡に映る亜麻色の髪の少女が二人、目に入った。
淡赤色のドレスに身を包み、大ぶりのリボンで髪を可愛らしくアップスタイルにしたアリシア。
鈍黄緑色のドレスに身を包み、シンプルなシニヨンで髪をまとめた私、アルティア。
双子で同じ顔なのにここまで違うのか、と鏡で見る度いつも思う。
元はと言えば、親の育成方針だった。
子爵家に産まれた双子の姉妹。双子とはいえ姉は姉。
長子の私は生まれながらに跡取りとなった。そして後継者教育と併せ配偶者を立てられるよう貞淑に慎ましやかにと育てられ、逆にアリシアは淑女教育と併せ愛らしく嫁の貰い手があるようにと育てられた。
15歳まで育った結果は一目瞭然。外見だけではなく性格も考え方もすっかり違う。同じ素材でもここまで差が出るらしい。
「お姉様、ヒューゴー様との次のご予定はいつですか?しっかりつけているお姿を見せて差し上げましょうね!」
アリシアが「どの辺がいいかしら?」と言いながらブローチを私の胸にあてる。更にメイドを呼んでブローチに合いそうなドレスを探すよう指示までし始めた。
このブローチに合うようなドレスは、私には似合わないのに……妹は私のことを慕ってくれているが、たまに容赦がない。ヒューゴー様のことになると特にそうだ。
後継者である私には幼い頃から決められた婚約者がいる。
ヒューゴー・ロブスト様、隣の領地である伯爵家の三男坊で私達とは幼馴染だ。昔はよく三人で遊んだ……というか向こうが5歳ほど年上なので、よく遊んでもらっていた。
学園を優秀な成績で卒業した今は城で文官として働いているが、私の成人及び爵位継承後、籍を入れる予定となっている。
婚約者として、彼はよく贈り物をしてくれる。
このピンクローズのブローチのように、色合いやデザインが可愛らしいものばかりのそれらは、まるでアリシア宛の贈り物かと勘違いしてしまうくらい。
一緒に行く場所も、観劇の演目も、全てアリシアが好きなものばかり。
きっとヒューゴー様が本当に好きなのは……。
そっと、アリシアにバレないようにため息をついた。
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後日、我が家の庭の東屋でヒューゴー様とお茶をいただく。
婚約者として、一定の間隔で会うことを取り決められているためだ。
ヒューゴー様のオレンジ色の髪が陽にあたってキラキラして、マーマレードジャムみたいだなと思った。
絵本に出てくる騎士様のような精悍な顔立ちに優しげな表情がのると、まるで王子様のようだ。
嫌でも胸が高鳴る。
幼い頃から面倒見よく接してくれた、年上の優しいお兄ちゃん……憧れるのは自然な流れで、そのままアッサリと初恋に育った。
この方が婚約者となった直後は柄にもなくはしゃいでしまったが、話す度、出かける度、贈り物をもらう度にその気持ちはどんどんと萎んでいった。
初恋は実らないとはよく言ったものだ。
「ブローチ、とても似合っている。早速着けてくれてありがとう」
「とんでもないことでございます。このような素敵な贈り物、本当にありがとうございます」
優しげな声に心が震える。声が聞けて嬉しいのに、とても悲しい。
私が持っているドレスでブローチに合うものがなかったので、結局アリシアがドレスと小物を貸してくれた。
つまり、本来アリシアでないと似合わないのだ。このブローチは。
ドレス一式を貸してくれた優しくて自慢の妹。……嫌な性格の子だったら恨んだり出来たのに、あの子を羨んでも惨めになるばかり。
他愛ない会話を続けていると、ヒューゴー様が思いついたように話し出す。
「そういえば、二人のデビュタントももうすぐか。アリシア狙いの連中が気もそぞろだった」
クックッと笑うヒューゴー様の言葉に、そうだろうなと心の中で返す。
学園を今年卒業する私たちはもうすぐ社交界デビューをする。アリシアは成績が良く人望もあるので、いつも男女問わず人に囲まれていた。男子生徒のうち何人かはデビューしたら婚約の打診を考えていると風の噂で聞いたことがあるし、当家の事実上の次期当主であるヒューゴー様の所へ根回しをしている方もいるらしい。
ふと、ヒューゴー様が優しい顔つきになる。
「アリシアは気立ても見目も良いし、頭もいい。良き妻になるだろうな」
――ああ、この方は本当にアリシアが――。
「ヒューゴー様」
カップを置いたがカチャンと微かに音を立ててしまった。こんな失敗いつ以来だろう。
「ん?どうしたティア」
ヒューゴー様が私を見てくださる。オレンジ色の髪よりも深く濃い樺色の瞳に、私が写る。
アリシアのドレスを着て、アリシアの小物をつけて、アリシアの方が似合うブローチをした私の姿が。
あれだけ人気のあるアリシアだ、婚約者はすぐに決まるだろう。本当にヒューゴー様がアリシアを求めるなら、もう今しかない。
体の震えが止まらないが、深呼吸してなんとか声を出す。
「ヒューゴー様、わたくしたちは婚約者です。よりよき結婚生活を歩むため、お互いの心内を確認したいのですが」
鼓動がどんどん速くなり、涙が出てきた。聞くのが怖い。でも聞くしかない、言うしかない。
顔を見て聞く勇気がなくて、ぎゅっと目を閉じ、両手を握り締めて聞く。
「……正直に仰ってください、貴方の心に居るのは……アリシア、ですか……?」
――静寂が場を支配する。
言った、言ってしまった。好きだからこそ、ちゃんと聞いて引導を渡して欲しかった。ヒューゴー様には本当の気持ちに正直になって欲しいし、このまま結婚してアリシアの代わりのように扱われるのは耐えられないだろうから。
「……正直に、か」
ヒューゴー様の声が聞こえて、びくりと肩が跳ねる。
「正直に言うと……すまない、その発想は全くなかった。何故そう思ったんだ?」
「………………え?」
ぱちりと目を開けると、本当に困惑しているヒューゴー様の姿があった。
「え、だって、いつも逢瀬で行く場所はアリシアが好きなところで……」
「ああ、幼い頃三人で行った時、君がアリシアに遠慮して心から楽しめていないようだったから」
「観劇だって……」
「あれはそもそも俺が君に貸した戯曲だろう。それをアリシアが又借りして読んで、夢中になって周囲に勧めてまわったんだろ」
え、え、と心の処理が追いつかない。
「じ、じゃあこのブローチは……?いつもくださるのはアリシアに似合う可愛らしいものばかりで……」
おそるおそる聞くと、事もなげに返事が返ってくる。
「だって、君好きだろ。そういう可愛らしいの。我慢してるみたいだけど、そういうの見てる時すごく目がキラキラしてる」
……バレてた……!!
かぁっ、と顔が赤らむのが分かった。
似合わないのは重々承知しているけれど、確かに可愛いものを見ているのは好きなのだ。
「ご両親に遠慮せず身に着ければいい」
「え、遠慮ではなく私はあの子と違って可愛くないので本当に似合わな――」
「ティア」
急に強い口調で名前を呼ばれて思わず口をつぐむ。ヒューゴー様の真っ直ぐな視線とぶつかる。
「いくらティア本人でも、愛しい人を非難する言葉はいただけないな。君は可愛いし、ブローチもドレスもとても似合っている。可愛らしい物が好きなら身に着ければいい」
可愛い、似合っていると言われても本当にピンと来ず、目を丸くすることしか出来ない。その前に言われた事は、もっと理解できなかった。
「いと、しい、ひと……?」
ヒューゴー様は苦笑しながら私のそばまで来ると、そっと私の左手をとり薬指の付け根に唇を落とす。
「愛しいティア。結婚して、君に沢山ワガママを言わせるのが俺の夢だ」
私の手に口付けるヒューゴー様が、陽の光を浴びてまるで舞台の一幕のように輝いていて胸の高まりが抑えられなかった。
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「あの、ヒューゴー様、いくらなんでも来すぎでは……?」
あれからヒューゴー様は何かと理由をつけて我が家にやってくる。三日にあけずいらっしゃるので、きちんと体を休めているのか心配になってきた。
「ああ、もうすぐ君が成人するからな。配偶者として色々動かないと。それに……」
そっと私の頬に手を添え、にっこりと微笑む。
「また変な勘違いを起こす暇もないくらい、君に愛を伝えないとな?」
――あの後、アリシアとも話をした。
実は私の可愛いもの好きはアリシアにもバレており、ヒューゴー様の贈り物の意図も分かっていたそうだ。この間ドレスを一式貸してくれたのは、これをきっかけに可愛い服に挑戦してほしかったかららしい。
やっぱりアリシアとヒューゴー様の方が以心伝心じゃないかと少し落ち込んだが、こういう事は端から見ている方がよく分かるだけだとアリシアには笑い飛ばされ、ヒューゴー様には真剣に諭された。
そんな事を思い出していたら、ぐいっと腰を抱かれ鼻が触れるのではないか、というくらい密着する。
樺色の瞳が優しく弧を描く。
「貞淑な君に合わせていたが、これからは俺がどれほど君に焦がれているか教えてやるよ」