シャルの手作りの贈り物 ③助言
そう、彼らは、実感していた。
なにせ、王都に滞在中は言わずもがな、自国に戻ってからも、アルフォンソからの手作りの菓子や皇国の珍味の類が、シャル宛にほぼ毎日届けられているのだから。毎回、普通の令嬢なら持て余す量だが、それはそこ。シャルは全てありがたくいただいている。
そもそも、普通の貴族令嬢が喜びそうな花や宝石類じゃないところが、皇子がいかにシャルの好みを理解しているかを端的に表している。
ま、ベルウエザー夫妻や弟であるサミュエル、エルサをはじめとする使用人たちまで、お相伴に預かっているので、誰も文句を言うつもりはないが。
どうやら、数日おきに届く鳥型通信魔道具<飛文>で、シャルに贈った食べ物の感想を詳細に尋ねては、さらに研鑽を重ねているらしい。自国で療養中のはずの皇子様は。
ここまでになると、シャルを餌付けする、もといシャルにお手製の菓子や料理を食べさせるのは、完全に皇子の趣味だ。
マリーナに至っては、彼らが文通で、食べ物以外の甘い話、つまり恋人同士の甘い語らいが、果たしてどれくらいできているのか、実のところ、ちょっと不安に思っている。
とにかく、皇子からシャルへの貢ぎ物は全く問題ないのだろうが、シャルの手作りお菓子などという、身体に害がありそうな危険極まりない品物を皇子に贈れば、国際的な問題になることもあり得るかも・・・しれない。
間違いなく皇子はシャルからの手作りの贈り物なら、見た目からもわかりそうな危険物を、口にするに違いないから。
クレインが若い頃、愛するマリーナの手作りを危険を冒してでも口にしたように。
そういうところ、案外、似たところがある二人だった。
今や、現当主夫人であり、ベルウエザー一の術師でもあるマリーナは、立場上、一人で厨房に立つことはない。クレインにとって幸運なことに。
「別に一般的なものでなくてもいいわけよね?自分で用意したものなら?」
やっぱり無理なのだと落ち込む愛娘に、マリーナが尋ねた。
シャルが怪訝そうな顔で頷くと、今度はクレインに話を振る。
「そろそろ巨大魔魚の繁殖期よね?北の森にはいつ向かう予定かしら?」
「数日中には、何人か連れて狩りに行くつもりだが。それが何か?」
クレインが急な話題の転換に首を傾げた。
「巨大魔魚は我が領が誇る珍味の一つ。食材としては最上級の肉が取れるし、大なり小なり、すべての個体が魔石を体内に持っている。高品質と言える水属性の魔石をね。その魔石があれば、水属性の魔力を帯びた武器や防具を作成できるわ。どんな騎士でも喜んで手にするに違いない武器や防具が」
「ああ。確かに、巨大魔魚の魔石を使った武具は超一流品だ。なにせ、年に一度しか入手できない魔石だしな。今年は例年になく大きな群れが出たと聞いてる」
シャルが顔を上げて、マリーナを見た。
まだわかってない夫にマリーナは畳みかけるように続けた。
「構わないわよね?今回、シャルが狩りに同行しても?あなたが一緒なら危険はないはずよね?シャル、あなた、父上たちと協力して、獲物を仕留められそうかしら?」
「はい。絶対に仕留めて見せます!」
シャルが元気に返事をする。
「魔物狩りかねぇ・・・。確かに、お嬢様にとっては、料理や刺繍よりはるかに無難かも」
親子のやり取りを聞いていたエルサが、ぽつりと小声で呟いた。
「そっか。その手があったか。魔道具屋に行けば魔石をはめ込むパーツはあるしな」
クレインも同意見だったらしい。
「よし、そうと決まれば、お前にぴったりの狩猟具を見繕ってやる」
武器庫の中身を思い浮かべつつ、嬉々として、約束してやる。
「シャル、武器庫に先に行っててくれるかしら」
娘とともに厨房を去ろうとしたクレインを、マリーナの平坦な声が呼び止めた。
「あなた、ちょっとお伺いしたいことがあるのだけど」
振り向いたクレインは眩いばかりの妻の笑みを見た。
「そんなにひどかったのかしら、私の手料理?」
穏やかな口調にかかわらず、その青緑色の瞳には冷え冷えとした光が宿っていた。
「危険をおかしてまで食べてくださっていたとはちっとも知りませんでしたわ」
百戦錬磨の猛者のクレインの額からツーと汗が流れた。
「あの、奥様、食材はそのままでかまいませんから」
場を読むのに長けたエルサは、一礼するとシャルの手を強引に引っ張って、振り返ることなくそそくさと退散した。
「私の方がましだったわ。絶対に」
扉が閉まったとたんに零れたマリーナの独り言。
クレインは懸命にも聞こえなかったふりをした。
その晩の夕食は、奇跡の技で殻を取り除かれた大量の卵料理の数々だった。