シャルの手作りの贈り物 ①才能
※前作を読まれなくてもわかるように描いていますが、一応簡単にメインキャラの紹介を入れておきます。
〇リーシャルーダ・ベルウエザー(シャル):『黒竜』の生まれ変わりの訳あり令嬢。天真爛漫で食いしん坊だが、華奢な外見とは思えないほどの・・・
〇クレイン・ベルウエザー:ブーマ国現ベルウエザー子爵でシャルの父。元傭兵の婿養子で家族至上主義。
〇マリーナ・ベルウエザー:シャルの母で絶世の美女。氷と風と雷の属性魔法を操るブーマ国で最強の術師の一人。
〇サミュエル・ベルウエザー:シャルの4つ下の弟。母親似で魔術の才能がある。
〇アルフォンソ・エイゼル・ゾーン:ローザニアン皇国第二皇子で、皇国第二騎士団、通称「黒騎士団」の若き団長。「伝説の勇者の一行」の『銀の聖女』の生まれ変わり。黒髪黒目の美男子だが、いろいろあって、こじらしている。
リーシャルーダ・ベルウエザー子爵令嬢~通称シャル~は絶望していた。
目の前に広がる、どうしようもなく悲惨な光景に。
「どうして、どうして、こんなことに・・・」
ピンク色の愛らしい唇から、震える声がこぼれ落ちた。
若い女性と言うより少女と言った方が似合う全体的に華奢な印象の体つき。軽くウエーブのかかった艶やかな銀髪は、今は首の後ろ辺りで結ばれ、ポニーテールとなっている。分厚いレンズでさえ隠せない美しい琥珀色の瞳に、涙がにじんでいた。
「お嬢様・・・」
傍らで呆然と立ち尽くすのは、茶色の髪をまとめてシニヨンにした、ちょっとコケティシュな顔立ちの妙齢の女性。彼女はハシバミ色の瞳をパチクリさせて、白い煙が立ち上る残骸を呆然と眺めている。
「エルサ、どうして、どうして、こんなことに?私は教わった通りにやっただけなのに」
シャルは半べそをかきながら、自分専属の侍女であるエルサに訴えた。
主から視線を反らしたまま、エルサが悲しげに首を振る。
「お嬢様、もうあきらめましょう。エルサには、もう無理です。きっと、これこそ、血の呪い、というべきものかと。お嬢様は奥様に似てしまわれたのです。今は、いらっしゃらない奥様に」
「そんな・・・なぜ、そんなところだけ・・・」
シャルがしゅんと肩を落とした。
「どうせなら、母上の美貌や魔術の才の十分の一でもいいから受け継いでいればよかったのに。せっかく、アルフォンソ様に・・・」
「お嬢様、何度も申し上げますが、アルフォンソ殿下はお嬢様にそんなことを期待してはいません。全然、全く、微塵も」
エルサがなだめるようにシャルの華奢な肩にそっと手を置いた。
「だから、お嬢様、もうこれ以上、危険を冒すのはやめましょう」
いきなり、厨房の扉ががばっと開いた。赤毛の大男が焦った様子で現れる。
「シャル、エルサ、何だ、今の爆音は?」
男の名はクレイン・ベルウエザー。シャルの父で現ベルウエザー子爵である。
ちょうど騎士団の朝の訓練が終わったばかりらしく、訓練着姿で訓練用の長剣を左手に持ったままだ。
「一体何が・・・」
見慣れぬ娘の装いに気づくと、ふっと黙りこむ。さすが父親。一瞥ですべてを悟ったらしい。
「ま、怪我しなかったならいい」
「ごめんなさい、父上」
「気にすることはないぞ。誰にだって得手不得手はある」
愛娘の頭を優しく撫ぜてやりながら、クレインは遠い目をした。
「お前の母上も、よくやったものだ。そう、まだ婚約してすぐの頃だった・・・。今となっては、昔のことだが。厨房で途方に暮れる若き妻。思い出すなあ。時折、差し入れてくれた料理の、奇跡的とも言える凄さに、体調に支障が出たり、歯がかけたりしたが、あれはあれで、よい思い出だ。もう、見ることはないのだろうな」
「母上が父上に?その・・・手料理を?」
驚きで丸い目を更に丸くした娘を見下ろし、力強く断言する。
「そうだ。見かけも味もすごく、その・・・個性的だった。ケーキとかクッキーとか・・・らしきものを。たぶんだが」
「母上が・・・」
「ああ。誰にだって苦手なものはあるってことだ。魔道式天火は、後で俺が直してやる。だから、さ、元気をだせ、シャル」
クレインは見かけによらず、手先が器用なのだ。強面の子爵はいわゆる日曜大工的なことが趣味で、多少の故障は直してくれるし、細工物も得意である。
「そうですわ。取り返しがつかないわけじゃありません。いえ、このエルサが何とかして見せましょう。・・・完全に炭化してしまったもの以外なら」
「父上、エルサ」
シャルが感謝の言葉を伝えようとしたその時、一陣の冷たい風が吹き、まだ煙を上げて燻っている魔術式天火が一瞬で凍り付いた。
「何をしているのかしら、あなたたち?厨房を破壊するつもり?」
いつの間にかシャルによく似た体つきの淡い栗色の髪の美女が、呆れ顔で立っていた。
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