表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラッディ・メアリは支配する  作者: 雨川水海


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/73

病鳥の止まり木35

 決闘場の中央へ進み出でた少女は、流石に武装を施していた。

 手甲と脛当て、そして胸当てという軽装ではあるが、青い水晶じみた光沢を宿した防具は、絵画の中にだけ存在する騎士のように美しい。


「メアリ・ウェールズ殿、武器が見当たらないようだが、問題ないか?」


 審判が確認すると、メアリは右手を上げる。

 その青い手甲に絡むように寄り添っていた赤い薔薇、掌の中に握られている部分から、鋭い棘が飛び出し、サーベル状に伸びる。


「魔法の使用が許可されている以上、得物には困らないわ」

「承知した。ギルフォード・リッチモンド殿、そちらも問題はないな?」


 メアリに比べると明らかに万端整っているギルフォードに、審判は断定する口調だ。

 ギルフォードもこれに答え、無論、と言い切った。


「あら、本当に?」


 ギルフォードの返事に異論を挟んだのは、メアリだ。

 その赤い唇を、三日月のようにして笑う。


「介添人の数が足りないのではなくて? 六十人くらい用意しなくてよろしいの? 確か、先代はそれくらいの戦力を用意してわたしにボロ負けしたわよ、当代当主代理殿?」

「勘違いするな。彼等はあくまで介添人、我が家と同じく貴様の悪辣な振る舞いで領地を失った仲間として、こうして参列しただけだ。貴様など、この俺一人で十分だ」

「まあ。リッチモンド家では、随分と歪んだ鏡をお持ちなのね」


 身の程を知れ、と言われ、ギルフォードもそっくり言い返す。


「貴様もな。その傲慢が、身を滅ぼすことになるだ」

「そうね。わたしが滅びる時は、この傲慢さゆえでしょうね」


 わかっている。

 恐らく、メアリ・ウェールズの最大の弱点は、この我慢の利かない傲慢さ。

 自分の物を傷つけると口にされただけで、事前準備をひっくり返してでも、相手を泣いて土下座させなければ気が済まない。

 本当に賢く立ち回るならば、さらりと流してしまえば良かった。


 だが、父が言ったのだ。

 わたしらしく咲け、と。

 支配者らしく咲け、と言われれば、隙のないよう、滅ぼされぬよう、傲慢さを抑えて窮屈に咲いてみせたことだろう。

 しかし、そうしなくて良いと言われたのだ。


「だからこそ、このメアリ・ウェールズは傲慢に咲き誇るわよ」


 いつか踏み潰される時まで。


「貴様ごときが、わたしの傲慢を傷つけられると思わないことね」


 右手に剣を下げたまま、自慢の黒髪を左手でかき上げる。

 美しいと評される顔には、世の中を馬鹿にするような笑み。これぞメアリ・ウェールズであるという姿。

 ギルフォードも、鞘を払って肉厚の剣を構える。


「両者の準備を確認した。では、王国法に則り、決闘――始め!」


 合図から一拍、両者に動きはなかった。

 メアリは右手の剣を下げて、相手を見下ろすように立ったまま。ギルフォードは剣を正面に構えて、メアリの構えが変化しないことを確認した。


 魔法をメインに立ち回る気だろう。

 ギルフォードは、事前にそう考えていたし、衝突を目の前にしてもそうだと考えた。

 ダドリーとメアリの戦いを生き残った者達から、話は聞いている。メアリ・ウェールズの魔法は、厄介な植物を操るらしい。

 決闘場の城門広場は、芝生や下草が生え、木々も配置されている。これは植物を使うメアリにとっては有利だろう。


 逆に、火を使うギルフォードには不利だ。

 下手に火をあちこちに飛ばしたら、草木に燃え移ってしまう。それで貴族席や平民席に被害が出たら――魔法が使える貴族達が、そう簡単に延焼で被害を出すとは思わないが、それでも決闘に周囲を巻きこむというのは面倒事に発展する。

 クリストファー公爵家が、メアリに有利な場を整えたのだろう。しかし、だからといって絶対的に不利ではない。


 ギルフォードは、介添人の仲間と相談して、作戦を決めていた。

 メアリがいきなり動かないならば、ギルフォードの作戦が、まずは成功する。


「リッチモンドの炎を見るが良い!」


 宣言と共に、決闘の始まりの前、無駄話をしていた時から地面を這わせていた魔力を発火する。

 メアリの近くには、気取られないように魔力を流していなかったため、メアリへの直接攻撃にはならない。

 これはギルフォードとメアリの周辺、半径十メートルほどの地表を舐めるような炎で、足元を焼き払うだけだ。


 メアリが厄介な植物を操ると言うならば、植物を使わせなければ良い。

 これからメアリが出す植物は仕方ないにしろ、事前に仕込んでいただろう植物は焼き払ってしまえば良い。

 周囲を舐めるような炎に、メアリの視線が動いた。敵から意識がそれたのだ。

 そうなることも計算していた。若い娘で、ついこの前までベッドの上の病人、実戦経験の薄いことは間違いない。

 戦争なら、ダドリーにしてみせたように、小細工のしようもある。しかし、一対一の決闘ならば。


 ギルフォードは飛び出し、大上段から剣を振り下ろす。

 ひょっとすればこれで決まるかもしれない――ギルフォード達はそう期待していたが、メアリはこれを軽いバックステップでかわす。


 流石にそこまで甘くはない。

 ギルフォードは舌打ちしながらも、剣を振り切って地面に叩きつける。「ひょっとすれば」はあくまで「ひょっとすれば」、本命は剣を叩きつけた地面、まだ下草の生えているメアリの立っていた場所に、剣にまとった高温を叩きつけて、周辺の緑を根絶することだ。


 狙いは果たされた。ギルフォードの口の端がわずかに緩む。介添人達も、後ろの方で拳を握った。

 メアリの反応はどうかとギルフォードが見た先、相変わらず剣を下げたままのメアリは、肩をすくめて嘆息した。


「庭師が泣くわね。可哀想に」


 その表情や声色に動揺はない。

 ギルフォードの作戦に何ら意味がないからか、それとも動揺を表に出すほど素直ではないか。

 判断に迷ったギルフォードは、剣を引いて次の魔法を準備しながら、探りを入れる。


「人の心配をしている余裕があるのか」

「服が汚れたら、洗濯の心配くらいはするけれど。今、慌てる必要が何かあって?」

「ならば、次は慌てさせてやろう」

「期待していないわ」


 再び、ギルフォードが間合いを詰める。

 今度は攻撃動作の少ない、その分だけ速い一撃。これを回避するのは難しいと判断したか、メアリは右手の剣で打ち払う。途端に、熱風がメアリの黒髪を揺らした。


「あら、足りない頭で考えたわね」


 メアリが笑った先で、ギルフォードの肉厚の剣が陽炎で歪んでいる。

 高温が、その剣身を包んでいるのだ。ギルフォード達が考えた、延焼対策だ。

 万全ではないが、少なくとも、気を遣って決闘をしていた、と言い張るくらいはできる。


 そして、メアリとの相性も良い。

 メアリは右手の、棘を伸ばしたサーベルの刀身を一瞬だけ見る。少しだけ、焦げた色がついていた。

 それには、ギルフォードも気づいている。


「兄ダドリーは、確かに貴様にやられた。だが、それは未知数の能力や卑怯な工作によるもの、手札がわかればリッチモンドの敵ではないわ!」


 三度、ギルフォードが攻勢に出る。

 メアリが対抗手段を思いつくより先に、押し切る作戦だ。


 メアリは防御に回ってしのぐ体勢。

 ギルフォードの息が切れた後に反撃に転じれば良いのだが、それを狙うには武器が不味かった。高温の刃と打ち合う度に、焦げる音が鳴り、刀身の強度が下がっていく。

 なるべく、剣と剣をぶつかる時間を短くしようとメアリも試みるが、限界がある。


「そこだ!」


 一段強いギルフォードの踏み込み。

 メアリを狙う、と見せかけて、サーベルの特に焦げた部分を一閃する。

 観衆がどよめいた。白い棘のサーベルが折れ、くるくると宙を舞う。


「この勝負――!」


 勝利を確信して、ギルフォードは叫ぶ。

 当然、攻撃を仕掛けながらだ。勝利宣言と同時に、メアリに致命の一撃を叩きこむ。

 そう思い描いた男の足を、掴む物がある。

 それは緑の手、焼き払われた下草である。


 魔法で強化されたギルフォードの踏み込みは、草ぐらい絡まったところで引き千切ってお終いだ。

 だが、バランスが崩れた。攻撃の切っ先が遅れる。

 ほんのわずか。しかし、そのわずかで、メアリの右手の白い棘は、何事もなかったかのように再度伸び、ギルフォードの左肩を貫いた。


 悲鳴は上げない。歯を食い縛って、ギルフォードは後ろに飛ぶ。

 左肩に刺さった剣を抜いて、体勢を整えて、仕切り直す。

 しかし、緑の手は、それを許さないと足を掴む。


「地表を焼かれた程度で、植物が全滅するわけがないじゃない」


 転びそうになり、一拍遅れた後退に、メアリの刺突が追い付いた。

 咄嗟にギルフォードは上半身を守ろうとした。致命傷を受けないためだ。

 闘志の炎が消えないリッチモンドの代理当主は、まだ勝てるつもりだった。いや、死んでも勝つつもりだった。


 そして、メアリ・ウェールズは、殺さずに負かすつもりだった。

 刺突は下段、草に絡め取られた右足の甲を地面に串刺しにする。

 致命傷にはなりえない攻撃。しかも、白い棘の刀身は、鍔元から自然に抜けて、ギルフォードをその場に縫い留める杭として残る。

 顔を歪めるギルフォードの目の前で、メアリは右手の鍔元から、再度白い棘の刀身を伸ばす。


「最初に見せてあげたでしょう? 植物なんだもの、完全に根元まで枯れない限り、いくらでも生えてくるわよ」


 刀身の横っ腹で、ギルフォードの顔を思い切り殴打する。

 固定された右足を挫きながら倒れた男の顔を、メアリは心底不思議だと言う顔で覗き込んだ。


「庭の雑草、いくら草取りしても生えて来るでしょう? 地中に種が残っていることもあるし、根っこが残っていればいくらでも生えてくる物もある。それなのに、どうして、ちょっと地表を焼いただけで安心したの?」


 馬鹿なの? そう言いたげに見下ろすメアリは、一つ忘れている。

 普通の貴族は、草取りなんてしない。庭の景観に注文はつけても、庭いじりはしない。

 それは雇った庭師の仕事だ。植物の世話を趣味にしているような一部を除いて、貴族の植物に対する知識というのは、そう深くない。


 その点、貴族らしい貴族であるギルフォードは、痛みに苛まれながら、至近距離に向けて炎を放とうとして、右肩も串刺しにされる。


「これ以上傷つけると面倒だから、しばらく痺れてなさい。大丈夫よ、殺しはしないわ。貴様は、わたしのモノにちゃんと詫びるまで死なせない」


 白い棘の刀身を再度切り離すついでに、麻痺毒を流しておく。

 舌を噛んで自殺を図ることも防いでおこう。メアリはそう思いついて、少し強めに流しておいた。

 妙に誇りを強調する連中と来たら、油断すると自決くらいは平気でしかねない。


 ギルフォードを完全に無効化して、さて、とメアリは顔を上げる。

 まだ、敵はいる。ギルフォードの連れて来た介添人が六人。


「どうする? これで決着にしておく? ギルフォードと違って、そっちの連中は別に詫びて貰う必要もないから、かかって来るなら殺すけど」


 余裕と寛容を示すため、メアリは剣を地面に突き立てて問う。

 助太刀に名乗りを上げて、メアリ・ウェールズと戦うか。

 盟友を見捨て、おめおめと逃げ帰るか。


 すでに、領地を追われ、貴族として崖っぷちの者達である。実質、選択肢はない。

 メアリもわかっていて聞いたのだ。

 屈辱と、自分達より強いギルフォードが手もなく倒されたことへの恐怖に、歪む彼らの顔が見てみたかったから。


「助太刀する!」


 介添人の一人が叫び、他の者達も続く。が、揃ってはいない。

 自棄になった順と、怖気づいた割合が違うのだ。絶妙な連携は期待できない。


 メアリは鼻で笑って、手招きをした。

 ギルフォードと違って生かしておく必要はない連中、そして試合開始から時間は経過していっている。

 メアリにとっては、ギルフォードの時より有利な状況だ。


 地面に突き立てた剣を経由して、土中に伸ばしていた根を起こす。

 試合開始直後から展開していたそれは、静かに支配域を広げ、介添人達の足元まで達している。


「捕らえろ、骨薔薇」


 それは真っ白な薔薇だった。

 洗い清められた白骨のような、死肉食らいや腐肉食らいが集った後の死骸のような、白い薔薇だった。

 介添人達は骨の檻の中、捕らえられた獣のように脱出を試みる。成功の目はある。

 流石は貴族、戦士たる矜持を抱えているだけあり、武器を振るえば骨薔薇はひび割れ、砕ける。


 時間があれば、脱出は難しくない。

 その時間を、メアリが与えない。


「檻の中の獣は突き殺すに限るわね」


 骨薔薇の密度が増える。

 中に捕らえられた獲物を突き刺す密度。中に捕らえた獲物が見えなくなる密度。中に捕らえた獲物が押し潰される密度。

 苦鳴が上がる。純白の薔薇に、赤い色が混じる。


 まだ戦闘は続いている。

 介添人達の魔力が尽きるまでは、骨薔薇の鋭さと圧力に耐えられるだろう。

 魔力が尽きて、身体強化が出来なくなった時に、悲鳴は上がらなくなるだろう。


「審判、後は任せるわ。ギルフォードが降参するか、全員が戦闘不能になるのを確認して勝敗を決めて頂戴」


 言いおいて、メアリは決闘相手に背を向ける。

 向かう先は、白い侍女が一礼して待つ植物パラソルの下、お気に入りのハーブティーの香りが待っている。


 審判が勝敗を決したのは、それから一時間後。

 全身麻痺によって言葉も出せないギルフォードと、どんな状態か見えない骨薔薇の檻の中の介添人からは、最後まで降参の言葉は確認できなかった。


「流石にお茶だけだと持て余すわね。お茶菓子も用意すれば良かったかしら」


 魔法で作ったテーブルに、ブルーベリーをならせながら、一つ経験を積んだメアリの反省である。

2026/2/26 大変お待たせしております。

続きは書いておりますので、書籍化に合わせて順次更新を再開する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 傑作。大傑作。
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] 敵としては扱ってもらえたのかな?
[一言] あああ、お休み残念です>_< とってもとっても楽しませていただいてますので、、いつまでもお待ちしてます<(_ _)>
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ