妖花、咲く7
割とテキトーな感じに整列した侍女達を前に、マリエが銀髪の少女を紹介する。
「はい。というわけで、我が侍女隊にも待望の第一世代の新人が入りました」
わぁ、と侍女達がゆるい感じに手を叩いて歓迎する。
「皆さん知っての通り、新人のジャンヌさんです。さらに皆さん知っての通り、声を出せないのでお話しの時は手を握って話しましょう。あと知っての通り、メアリ様のご機嫌を超回復させる癒し系美少女です」
「はーい、知ってまーす!」
すでにこの屋敷に来て二週間の相手であり、侍女業務を大分手伝ってくれた相手である。
今さら自己紹介の必要はなかったと言っていい。
「説明が楽で大変結構! じゃ、皆さんは仕事に戻ってくださーい。あたしはジャンヌさんに色々説明しておくからー」
「うらやま」
「これが辺境伯家の筆頭侍女の権力ってやつよ」
へへっと笑って鼻をかくマリエは、どこからどう見ても普通の井戸端で歓談する村娘だった。女子力とは香水の可憐さにあるのではなく、汗の労働力にある類。
ジャンヌにとっても馴染みのあるものだ。
休憩や非番の侍女達の溜まり場となっている従者用のリビングに、蜂蜜入りの紅茶の良い香りが漂う。
筆頭侍女のマリエが、幸せそうな顔で紅茶を口に含んでから、ぺこっと一礼する。
「はい。というわけで、これまでもよろしくやっていましたが、改めてよろしくお願いします」
『こちらこそ』
ジャンヌもぺこっと頭を下げる。
「なお、一応このあたし、マリエがこのお屋敷の筆頭侍女となっています」
ふふん、と自慢げに胸を張った後、マリエは苦笑する。
「とはいえ、二週間もここにいてわかっていると思うけど、貴族のお屋敷の侍女としてあたし達は別格です!」
下の方にね、とマリエは誠実さを表明する。
「まあ、なんていうか、この屋敷にいる人間のほとんどが奴隷として売られて来た人間ばっかりでして。それも買い手がつかないような怪我人とか病人とかが多かったんですよ」
『そうなのですか?』
ジャンヌは、今日まで覚えた顔を思い出して、そんなひどい怪我人も病人もいないことに首を傾げる。
「とてもそんな風には見えないでしょ? このお屋敷に来て、メアリお嬢様からあの種を頂いて、皆元気になったんですよ」
あの種。
ジャンヌは、自身の胸に手を当てる。それを肯定するように、マリエも胸に手を当ててウィンクする。
『それじゃあ、皆さん、ジャンヌと一緒』
「そう! 皆、ジャンヌさんと一緒なんです! だから、侍女の先輩後輩とかそういうの関係なく、気軽になんでも言って。恋バナから夕飯のリクエストまで、なんでも対応しちゃう」
『じゃあ、メアリ様のお話を』
「んんー! ジャンヌさんのお嬢様好きは流石ですねー!」
心臓串刺しからのこの忠誠心である。常人には理解が及ばない。
「まあ、良いですけどね。あたしもお嬢様好きですし。あとでたっぷりお話しましょう」
『あとで……』
「一応、業務的な連絡をする時間ですんで、ちょっと我慢してください」
はい、とわかりやすくしょんぼりしながらジャンヌは我慢した。
「メアリお嬢様は、侍女の働きに対してあんまり口うるさく言いません。言ったとしても、侍女らしくしてくれない? と困った風にたしなめるくらいで、あれを頂くと申し訳ないなーと思いつつも、この人ほんっと可愛いなってなります」
『なるほど』
「基本的には、お嬢様からお声がかかったら、ご希望をうかがって対応します。お嬢様の意向を先に汲んで動くとか、この筆頭侍女マリエをしてできません。やらないんじゃなくて、できないんです」
『なるほど?』
それはつまり、やった方が良い、ということなのか。
ジャンヌは首を傾げる。
「ただ、お嬢様は結構身の回りのことを自分でしちゃう人なので、やりすぎるのも問題じゃないかと思う筆頭侍女マリエです。機嫌が良いと衣服を着せたり脱がせたりを侍女に命じてくれますが、機嫌が悪いと自分でやります。さっき、ジャンヌさんが髪を洗いましたが、あれは機嫌がめっちゃ良い証拠です」
レアですよ、とマリエが笑うと、ジャンヌは幸せを噛み締めて深く頷いた。
『メアリ様の髪、少し洗ったらさらさらでした。指が幸せになる感触……』
「でしょー!? あれなんなんですかね! 手入れ用の洗髪剤、あたし達も同じの使わせてもらってるはずなんですけどねー!?」
ジャンヌとマリエ、二人そろって主人の髪の感触を思い出すために、指をわきわきさせる。
たまたま休憩していた侍女のうち、わかる、と頷いているのは髪の手入れをしたことがある侍女。なにやってんだろう、と気味悪そうにしているのは、手入れをしたことがない侍女である。
前者が恵まれた者で、後者が不幸な者である。この屋敷限定の基準ではあるが。
『あと、メアリ様、すごく良い匂い……』
「そーなんですよ! 遠征帰りであの芳しさとかすごすぎですよね! やっぱりお嬢様は格が違った! 人間っていうよりもはや神魔に近い存在!」
『神様……』
ジャンヌは素直にそう思った後、この屋敷で目覚めて最初に交わしたカミラとの会話を思い出す。
この屋敷はどちらかというと地獄だし、カミラはどっちかというと悪魔との発言だ。
『カミラさんが悪魔だとすると、メアリ様は魔王様?』
「あはは、あたしはどっちでも良いですね。お嬢様なら神でも悪魔でも好き。というより、もはやメアリお嬢様という超越的存在なのでは?」
『確かに……!』
その後、小一時間ほど超越的存在の分類学にメアリをどのように当てはめるべきか、休憩室にやって来る侍女を次々と巻き込んだ熱い議論が行われた。
「では、やはりメアリお嬢様は、悪魔側の存在であり、魔王メアリと考えるべきだと……!」
「現状の基準で当てはめるとなると、という前提ですが……」
「やはり新分類の構築は難しかった!」
「慌てることはないわ、まだ時間はあるんだもの。新分類については、時間をかけてじっくりとやりましょう」
異議なし、と侍女達は声をそろえて、白熱した議論を締めくくる。
ジャンヌも大満足であった。新入りゆえ、ほとんど聞き役に徹するしかなかったが、議論に出てくる数々のメアリ伝説は、彼女の忠誠心をより強固にしてくれる内容だった。
「あ、そうでした、ジャンヌさん」
『はい』
「業務的なあれですが、とりあえずしばらくやってみて、わからないところはその時に教えるということで」
ジャンヌにも異論はない。
正直なところ、口頭でぺらぺらと教えられても全く覚えられる気がしなかった。
巨大な魔物を解体できるとはいえ、つい先日まで、寝たきり少女だったのである。
「あ、でも、ジャンヌさんはあれです。きっと四天王級にメアリお嬢様の好みなので、侍女っぽいムーブの練習した方が良いと思います」
『侍女っぽいムーブ……』
「お嬢様って、怒りはしないけど、もうちょっと侍女らしくして、とお小言を口にする辺り、侍女っぽい侍女に憧れはあると思うんですよね」
『なるほど』
侍女っぽいムーブに関して、知識なんて想像以外何一つ存在しないが、それでもメアリが望むのならばとジャンヌは決意する。
侍女っぽい侍女に、ジャンヌはなるのだ。