妖花、咲く5
巨大な猪の解体はスムーズに進んだが、流石に最初から最後まで綺麗にとは行かなかった。
血は垣根の薔薇が吸うらしく、血まみれにならずには済んだが、それでも年若い侍女達は生臭かったり獣臭かったりになってしまった。
解体に参加した者は早めにお風呂と号令をかけられて、ジャンヌは屋敷の大浴場へと向かう。
十人くらいが窮屈さなく入れる浴槽は、二十四時間体制でお湯が沸いている。
ジャンヌは、流石貴族様の別荘と感動したが、どうもこれはウェールズ家特有の設備らしい。
「蓮の葉が浮いてるじゃん?」
カミラが指さして教えてくれる。
「あれね、大鍋蓮っていう魔法植物、つまり魔物なんだよ」
原産地では、他の生き物から身を守るため、池の水を沸騰させて煮殺す魔物として知られている。
それで、大鍋蓮なのか、とジャンヌは頷く。
『ジャンヌ達は、煮られないのですね?』
「もちろんだよ。あれは植物通信でしっかりお話し合いをしてある。あたし達が繁殖のお手伝いをする代わりに、あの子達はここでお湯を適温に沸かしてくれるってわけさ」
大鍋蓮自体、いつも池を煮立たせているわけではない。
種族の維持に問題があるほど食べられた場合、防御反応として発熱する魔法を発揮するだけで、一部を食われることは黙認している。
「周りの敵を駆逐しつくすより、一部を食べられた方が使うエネルギーが少ない、つまり効率が良いのさ。種を維持できる最小限のエネルギーで身を護り、栄養を得る。植物というのは、全く合理的な生き物なんだよ」
『そうなんですね』
あんまりよくわからなかったが、ジャンヌはとりあえず頷いておいた。とにかく、温かいお湯を存分に使えるのはありがたい。
それだけは確かである。
ジャンヌが心地良さに吐息を漏らすと、カミラも機嫌良さそうに持ち込んだお酒を飲む。
「ていうか、カミラ様。カミラ様は解体を遠くで見てただけなのに、なんでお風呂入っているんですか」
侍女の一人が、唇を尖らせてカミラを非難する。
「いや、あたしはほら、あれだから。ジャンヌの体調管理を命令されてるから。ジャンヌの痩せすぎ問題は解決されたか確認しなきゃだから」
「それなら一緒に入らなくてもできるじゃないですかー」
文句を言いながら、侍女はジャンヌの体を眺める。
「ジャンヌさん、順調じゃないですか?」
「そだね。小柄だけど毎食もりもり食べてるから、日に日に肉がついてるね。寄生花の後押しもあるだろうし」
『メアリ様が、その方が喜んでくれるってカミラさんが言うから……』
恥ずかしげに俯いたジャンヌに、カミラと侍女がそろって口笛を吹く。
「メアリがここまでドストレートに慕われるのは珍しい。あの子、癖の強い野菜みたいなところあるから、第一印象で好物には絶対選ばれない系お嬢様なんだけどなぁ」
「主家の令嬢を野菜扱いってカミラ様……。いや、わかっちゃいますけどね、その例え。慣れると癖がやみつきになっちゃうタイプの野菜でしょ? ていうか、ジャンヌさん、メアリ様の挨拶が、初手・串刺しだって聞きましたけど?」
侍女は、自分の胸元を押さえて青い顔をする。自分だったら一生モノのトラウマだ、という確信がある。
だが、ジャンヌは色の薄い頬を紅潮させ、高鳴る胸を押さえる。
『すごく、嬉しかったです』
夢見る乙女というか、恋する乙女の顔でジャンヌが呟くと、侍女はドン引きする。
「ジャンヌさん、可愛い顔して、その、あっちのレベル高いですね……」
「メアリにぞっこんになる子だからなぁ」
メアリ様罪深い、と侍女は呟く。
「でも、メアリ様が串刺し後にお持ち帰りとか逸材に違いないです。これは是非、ジャンヌさんには我が侍女隊に入って欲しいのですが……カミラ様、どうでしょう?」
「それ決めるのもメアリだから、なんとも言えないなぁ」
「そうですかぁ。侍女隊にも第一世代の人材が欲しいですよぉ」
自身は第三世代である侍女は、がっくりと肩を落とす。
「ジャンヌ本人は、なにか希望はある? メアリの機嫌によっては聞かれると思うけど」
『メアリ様に使ってもらえるなら、それ以上は何も』
「あっはっは、即答!」
豪胆な少女に、カンパーイとカミラは酒をあおる。
カミラにとってはジャンヌがどこの配属でも特に関係はないのだ。しかし、諦めきれない侍女は必死にアピールする。
「あー、でもですね、ジャンヌさん。侍女、良いですよ、侍女。騎士団みたいに汗だくになりませんし」
「獲物の解体でハードワークした直後じゃん?」
「あとほら、侍女服、どうです、可愛いですよ」
「騎士服はカッコイイじゃん?」
「今なら侍女隊のトップになれると思いますし!」
「第一世代なら騎士団でもトップ確定だけどね」
「カミラ様うっさいですよ! どっちの味方ですか!」
「いや、あたし研究職で、どっちも関係ないし」
ジャンヌは、自分を挟んで交わされる会話を、お湯の心地良さに満たされて聞き流す。彼女にとっては、メアリに使ってもらえるというだけで、十分な幸せだ。
何を命令されても、命がけで頑張ろう。そう決めている。
「あ~もう! あとは、そうです、侍女になったら、メアリ様の身の回りのお世話のために一緒にいられますよ!」
「あ~……なるほど。それは確かに。護衛の騎士も近いけど、世話役の侍女の方が単純に接触が多いね」
――それは聞き流せない。
振り向いて、がっしと侍女の手を掴む。
『それは、メアリ様のそばにいられる時間が、長い、ですか?』
「も、もちろん! もちろんですよ! 侍女こそメアリ様に最も近いお仕事!」
『そう、ですか……』
ならば、目指さなければなるまい。ジャンヌは決意する。
メアリ様により多く殺してもらうために!