病鳥の止まり木5
――メアリ・ウェールズ、リッチモンド伯爵領を手中にする。
別に、それは侵略でも征服でもなかった。
親戚の家への弔問、その一種と言ったところだ。
ダドリー・リッチモンドを討ち取ったメアリが、リッチモンド伯爵領の本邸まで遺骸――というより遺灰――を持参したら、屋敷は無人であり、領内をまとめ上げられる存在が誰一人いなかった。
領地の混乱を憂う正義の家臣団が、旧主を追い出したそうだ。
つまりは、反乱だ。
今回の飢饉で対応を誤ったリッチモンド家に対する反感が、メアリ・ウェールズ討伐遠征で燃え上がり、その敗北とダドリーの死によって大火事になった。
痩せて汚れた家臣団からの説明を聞いたメアリは、伯爵家本邸を見上げて眉をひそめる。
それなりの戦闘が行われたのだろう。外観を見ただけでも傷がついていて、窓ガラスも多くが木の板で代用されている。
色々と台無しだが、それでもまあ、ここを使う意義を考えれば我慢するしかない。
修復の時に好みのインテリアを選びやすくなったと思えば、なんとか。
メアリお嬢様は溜息を一つ、顔色の悪い家臣団――不忠者と手討ちにされる可能性も高い立場の者達に、笑顔こそ見せないものの軽く頷いてみせる。
「では、わたしがこの屋敷を使っても良いわね」
「もちろん、もちろんでございます! メアリ様は、現在この地で唯一のリッチモンド家の血を引くお方です!」
「ええ、その通りよ」
メアリの母は、ダドリー・リッチモンドの姉だ。
それを盾に、メアリのウェールズ辺境伯就任に割りこんで来たのだから、逆のことをされても文句は……あるだろうが、自業自得というものだ。
「他の一族が政務を放り出している以上、貴族たるわたしがこの地の窮状を見過ごすわけにはいかないわ。そうでしょう?」
「まさに、メアリ様のお言葉は貴族の名に相応しいかと」
「よろしい。では、今よりリッチモンド伯爵領の政務はわたしが行うわ」
領地を乗っ取る宣言をするウェールズ家の令嬢に、元リッチモンド家臣団は地に頭をつける勢いで頷き、礼を示した。
それほどまでに、今のリッチモンド伯爵領は切羽詰まっているのだ。
「ひとまず食料が不足しているでしょう。あなた達、身体強化の魔術は使える?」
家臣団のうち、騎士が即座に頷く。
「なら、あなた達はうちの園芸団の指示に従って畑に行きなさい。逆らうのなら食料が不要なのだと判断する。餓死したくないなら文句は後になさい」
メアリの脅し文句に、気位が高いはずの騎士達は従順に頷きを重ねる。
「全て従います」
少しばかり、メアリの顔に驚きが浮かぶ。
やけに素直ね、視線でそう疑われた騎士は、まだ若い顔に苦労の色を滲ませる。
「我が家は、十三人の従兵を抱えていました。今回の騒動でそれが七人に減りましたが、自分は我が家に仕えてくれる兵達とその家族を食わせて行かなくてはいけないのです」
それが戦働きだろうと畑仕事だろうとも、飯を食うためならやらねばならぬと、若い騎士の顔には責任が苦味を作っている。
「良い返事ね。名前は?」
「バノエイラ家当主、ゲルトと申します」
「そう、ゲルト。あなたはまだ随分と若いわね」
自分より年下の少女に若いと言われても、ゲルトは表情を変えなかった。
「父が先の戦いで亡くなったので、今は自分が当主です」
父親を殺したのは今頭を下げている少女だと口にしても、表情は変わらない。
家のため、自分の家に仕える従者のため、親の仇にさえ素知らぬ顔で傅くその態度。メアリの顔に、お気に入りの家具を見つけたような笑みが浮かぶ。
カミラが評して曰く、大きな獲物がかかった時の食虫植物みたいな花開き方だ。
「よろしい。サー・ゲルト、槍を捨てて鍬を取り、土いじりに励みなさい。メアリ・ウェールズは配下を飢えさせることを恥とするわ」
「拝命いたします!」
若い騎士は、命令の結果が振るわなければ、再び謀反を起こす敵意と共に吠える。
メアリの笑みが、ますます機嫌よさそうに強くなる。
「文官は、収穫状態の良し悪し順に農村を列挙して提出しなさい。立て直せるところから立て直して、無理なところは早々に斬り捨てる」
かかった獲物を絡め取る、ご機嫌の捕食者の笑みが、他の旧リッチモンド家家臣にも振りまかれる。
「死ぬほど忙しくするわ。それもこれもあなた達の前の主人のせいよ。主人を裏切って鞍替えした不忠者がどんな扱いを受けるか、たっぷりと思い知りなさい」
血染めのメアリと恐れられる少女の嬲るような笑みが、どうしたことか魅力的に見えて、家臣達は息を呑む。
鞍替えした不忠者という身分で、ウェールズ家新入り家臣として認められたのだと彼等が気づいたのは、後からになってのことだった。




