妖花、咲く35
ダドリーはいらだっていることを自覚した。
メアリ・ウェールズに宣戦布告をした。だが、あろうことか断られた。
無能者の乱心など取り合うに値しないと嘲笑され、戦いたいなら勝手にすればいい、賊軍として相手をしてやると挑発された。
その傲慢のツケを払わせてやると同盟軍を起こしたら、途端に各地で難民が暴徒と化して同盟領主を襲い始めた。
領主が殺されたところもあれば、集合しかけた騎士団が各個に襲われたところもある。
そのせいで、今回のメアリ討伐に騎士団の派遣は無理だという知らせが次々と届く。
領主が亡くなったところなど、同盟を離反する始末だ。
ダドリーが率いる騎士団も、その知らせに自領の中で足踏みをしている。
「小癪な……。正々堂々と当たらず、犠牲者である難民を煽って辛苦を舐めさせるとはな。やはりウェールズの血ということか」
ますますもって許し難い、という思いを固めて、ダドリーは決断した。
野営テントの本陣に集まった家臣達に、翌朝の出発を告げる。
「元より、我がリッチモンド家単独でも十分な戦力である。かつての辺境伯家の勇名でもって、現辺境伯家の卑劣なる虚名を剥ぎ取ってやろうぞ!」
当主の熱い意気に、家臣達は大きな声で同和した。
その内心で、どう考えているかを悟らせないためにこそ、大きな声が必要だった。
ダドリーがいなくなった後、一部隊の指揮官が同僚に囁く。
「おい、どう思う?」
「答える必要があるか?」
松明の灯りが、仏頂面をいくつも夜闇に浮かべる。
ウェールズ家との戦いに、リッチモンド家単独で挑む。景気のいい表情を浮かべることは不可能だった。
彼等も武門の男である。真っ向からウェールズ家と衝突すれば負けない、という自負はある。
だが、ウェールズ家が単独で出て来るはずがない。メアリ派と呼ばれる同盟諸侯が援軍を出すだろうし、それ以前に道中があまりに険しい。
「噂によると、どこを通っても難民ばかりだ」
「当然、途中にある村も街も食料不足だぞ」
ウェールズ領に辿り着くだけで一苦労、どころではない。多大な困難が予測される。
ただ進むだけで、あちこちで難民から襲撃を受ける。
困窮した各都市や村も、リッチモンド家を快く受け入れてくれないだろう。他の同盟軍からも、集合地点へ移動を始めたら通過地点と決めていた都市がメアリ派に転向していて、立ち往生しているという報告が多数ある。
「向こうに着く時に、どれだけ消耗していることか」
「そこで待ち構えているのは薔薇騎士団だ。伯爵は侮っているようだが、少なくとも難民を相手に暴虐を振るう連中だ。そこまで脆いとは思えんぞ」
人を殺した戦士と、殺したことのない戦士との間に横たわる差は大きい。
極端な例となると、騎士の訓練を受けた男が、殺しを躊躇わない農民に不覚を取ることだってあるのだ。
それは、この飢饉の冬に各地で起きている。
彼等の主人は、弱い者をいたぶることしかできない卑怯者と見下しているが、殺せる人間が武装しているというだけで、警戒に値する。
「本当にこの状況でウェールズ家と戦う気か?」
家臣の声には、正気を疑う響きがあった。
「本気だろう。そうでなければ、伯爵には後がない」
答える声には、苦渋が満ちていた。
ダドリー・リッチモンドが今回犯した失態は、あまりに大きい。
ダドリー派諸侯領で深刻化した飢饉によって、友好的だった諸侯は離れ、中立的だった諸侯は一層距離を取ってしまった。
もちろん、経済的損失も莫大になっている。
すでにして、次期ウェールズ辺境伯の地位、西部統括官の地位はその手から零れ落ちたとみなされている。
そんなダドリーに逆転の目があるとすれば、メアリを直接的に討伐することである。
だから、彼等の主人は退けないのだ。
「それで、どうする」
だが、家臣達が必ずしもそうかと問われれば、そうではない。
伝え聞くメアリ・ウェールズの噂は不穏ではあるが、一族まとめて落ちぶれるよりも、見て見ぬふりをした方がはるかに利口な決断だ。
「今からメアリ派は厳しい。第一、伝手がないぞ」
「ならばフィッツロイか」
「あそこは武力周りが欠けている。扱いにも多少は望みが持てるな」
この辺りの結論はすぐに出る。誰もが、ダドリーの落ち目を感じてから考えていたことだ。
問題は、どうやって離反するかだ。
今後の生活が、一族の分までかかっている。
自分達の体裁は保ち、主家替えしたことを悪く言われないよう、できるだけ綺麗に裏切りたい。
裕福だったリッチモンド伯爵家からの鞍替えだ。収入が減ることは仕方ないが、次の雇先に俸給を渋られる理由は少ない方がいい。
一番高く雇われるのは、恐らくダドリーの首を取った時だろう。
メアリ辺りにその首を持って行けば、大いに褒めて召し抱えてくれるはずだ。
問題は、なにかの時機に不忠者と首を跳ねられることだろう。歴史上、そういう騎士は多い。
「真正面から今回の出陣に反対すべきか」
「伯爵は後がないと言っただろう」
真っ向から言ったって、まともに取り合うわけがない。
「それならそれで、忠言を聞かない主を見限る理由にはなる」
「こっちの言い分はそうなるが、向こうにしてみれば旧来の恩を仇で返す裏切り者になる」
全員が顔をしかめる。そうなればダドリーは家臣を処罰することができる。
家臣達だって言い分があるから黙って手討ちにはされないが、その場合は決闘をすることになる。
貴族というのは、旧帝国と連合諸国で戦争をしていた際、その武功によって家をなした者達だ。
その名残はいまだに濃く、貴族の当主とは魔法を使った戦闘に習熟している。
武名高きリッチモンド伯爵という自称通り、ダドリーはそういった貴族の中でも強力な魔法を持っている。
家臣の者達も、魔法使いで武芸の鍛錬に怠りはないが、荒ぶる主人に勝てるとは思えなかった。
「行軍中の離反は危ういな。その場で処罰できる条件が多い」
「しばらくは大人しく進むしかあるまい。機会を待とう」
彼等は頷いた。
その機会があればいいが、と顔をしかめながら。




