妖花、咲く27
村人が行方不明になったと詰め寄られて、たまたまこの地方の視察に来ていたカミラは頭を掻く。
面倒な時に来ちゃったな、という感想が露骨に表情に浮かんでいて、村長の神経を逆なでする。
「あんた、なんだそのやる気のない顔は!」
「いやぁ、そう言われてもさぁ……」
やれやれと、カミラはやる気のない理由、無数にあるうちの一つを選んで口にした。
「じゃあ聞くけど、なんで隣の村の、しかも別な領地の人間の行方不明を、ここの村に尋ねに来たんだい?」
そうなのだ。詰め寄ってきた村長は、隣村の村長であり、しかも領地が異なるお隣さんだ。
どうして行方不明者の捜索にこっちに来たんだという疑問は、当然のものだった。
村長は口ごもった。
もっとも、事情はわかっている。この村長の領地は反メアリ派に属しており、メアリの忠告を無視していた。食料事情は非常に苦しい。
一方、この村の食料は十分にある。彼等から見たこの村は、さぞうらやましく見えたことだろう。
後の理屈はどのようにでも整えられる。家族のためだとか、少しだけなら分けてもらっても構わないだとか、良心に適当な麻酔をかければ、食料を無許可で分けてもらうべく、一夜の盗賊の出来上がりだ。
行方不明になった者達の独断か、村全体の意図かはわからないが、村長の様子を見れば、少なくとも彼はわかっていたのだろう。
村長が要領を得ない説明を右に左に振っているうちに、建前上、村内の見回りに行かせた金花園芸団の団員が帰ってくる。
「ここの村長の協力の下、村人への聞き込みが終わりました。村外の何者かの形跡はありません」
「そんなバカな! いないはずが……!」
隣村の村長の台詞は、行方不明者がここにいることを知っている者の発言だ。カミラは、この村長は主犯格だな、と確信した。
「なんでかわからないけど、そちらさんは行方不明者がこの村にいると信じているみたいだ。じゃあ、探していない最後の場所を探しに行こうか」
村長が訝しげに眉をひそめる。まだ探していない場所が、どうして残っているのか。
「探す必要がなかったからね。安物だけど鍵がかかっているから、間違って入ることはないし。ここの村人も、そこだけは夜間に許可を取らず入ったりしない。そんなことしたら死刑か、追放だからね」
カミラは、探していない場所をくいっと指で示した。それは、金花園芸団の協力によって増えた農作物を保存しておくため、強化増設された食料庫だった。
カミラが食料庫の扉を開けると、中は白い糸が張り巡らされている。
「な、なんだ、これは……!」
「蜘蛛の巣だよ」
珍しいものではない。こうした食料庫には、穀物や野菜を目当てに虫が発生する。そうした虫を餌とする蜘蛛が巣を構えるのは、自然な流れだ。
管理人達にとっても、食料を守ってくれる蜘蛛はありがたい益虫であり、味方である蜘蛛をわざわざ追い払うことはない。
ただ、その蜘蛛の糸は、通常のものよりはるかに太く、食料庫全体に白いヴェールのように広がっている。
「おーい、出てこーい」
カミラが、金の花を取り出して振りながら声をかけると、天井から音もなく一匹の蜘蛛が垂れてくる。その大きさは、人の頭を軽く超えている。
村長は青ざめて後退ったが、カミラは心配がないことを告げる。
「こいつはあたしのペットみたいなもんだ。特定の条件に合致しない限り、襲って来たりしないよ」
野生種と出会えば話は別だが、とカミラは心中だけで付け足す。
この蜘蛛は、骸の森に生息する魔物の一種で、結社はお庭番と名付けた。綺麗な花畑に生息し、その花を狙う虫や獣を捕らえる捕食者だ。花の受粉を助ける虫は狙わず、共生関係を築いている点に目をつけて、カミラ達が手懐けた。
「よう、元気にやってるか。ん? なんだお前、ちょっと太ったか?」
目の前にぶら下がった蜘蛛の腹を、カミラが笑って叩く。
「ははは、調子に乗ってあんまり食いすぎるなよ」
ぶらぶら揺れる大蜘蛛と気軽に会話をする。大蜘蛛達は、犬くらいの知能があって、カミラにとっては中々可愛い奴だ。
カミラと蜘蛛の間の契約は至極単純で、過ごしやすい場所を提供する代わりに、侵入者を選んで撃退する。それだけだ。
「ところでちょっと確認したいんだが、一番近い夜に大きめ獲物を捕まえなかったか?」
カミラの質問に、蜘蛛は二回牙を鳴らして、足の一本を使って自分用の食料を保管している場所、倉庫の上を指さす。
人間がすっぽり入りそうな大きさの白い塊が、六つほどある。
「あれ、ちょっと見せてくれない? いやいや、取ったりしない、取ったりしない。あれはお前のものだよ、そういう約束だからな。何が捕れたのか確認したいだけだって」
自分の食べ物が奪われるのではないかと、蜘蛛はちょっと心配そうだったが、カミラが請け負うとせっせと六つの塊を床まで下ろす。
「それで、村長さん。行方不明者は何人だって?」
蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされた物体に、村長はここに来て尻込みする。
行方不明者は、盗みに来たのだ。自分は彼等を探しに来た。だが、探して、見つけた時にどうするつもりだったのか。
まったく考えていなかったことに、ここで初めて気づいたのだ。
生きていたら助ける? そうするつもりだったかもしれない。しかし、どうやって。
他村の人間が盗みに入ったのだ。自分の村で同じことがあった時、どういう対応をするか。
死んでいたら引き取る? それはつまり、自分の村の人間が迷惑をかけたと認めることになる。責任を取れと詰め寄られた時、自分はどう応えたら良い。
「い、いや! うちの村人は確かに行方知れずになっているが、他村の食料庫に無断で入るようなことはないでしょう。それらの中身は関係ないはずなので、もう結構です」
「そうかい? そっちが良いなら、中身の確認は必要ないね。いや、この中身を見るのは楽しいもんじゃないから、その方が良いよ」
大抵、中身はまだ生きているのだと、カミラは薄く口元を歪めて笑った。
「麻痺毒を打ち込んで、かすかに生体機能を維持できる程度の半死半生状態で、食べる時まで取っておく習性があるんだよ。その方が保存はきくからだろうね」
食われる側からすればたまったものじゃないけれど、合理的な方法だとカミラはその巧妙さを褒める。
「行方不明者については、あたしからここの領主にも知らせておくよ。こっち側のどこかにいるなら、見つかるかもしれないな。何人だっけ……ああ、思い出した、六人って言ってたね?」
カミラは、六つの塊を見下ろす。
まず間違いなく、この中身だろうな。カミラは肩をすくめる。
後日、メアリ派の領主から宮廷に送られた報告書には、まず間違いなく隣領の農村から、盗み目的の侵入だろうと、今回の一件についての見解が詳述されていた。




