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ブラッディ・メアリは支配する  作者: 雨川水海


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妖花、咲く23

 ルイの代官地の端っこの農村に、前より使い勝手の良い水路が完成した。

 そのお礼に現れたルイに、メアリは二種類の酒樽を並べて褒めた。


「先の審問会では良くやったわね。注文通りで、期待以上の成果よ」

「あたしも、思ったより上手くいったと思いましたよ。やっぱり処刑の経緯があれだったんで、始まる前からお互いに疑わしいと思っていたんじゃないですかね」


 それもそうでしょうね、とメアリは笑う。そうなるようには誘導したのだ。


「それで、メアリ様……どこからあなたの手のうちだったんです?」

「わたしが発端、というわけではないわ。いえ、わたしへの攻撃が狙いだったという意味ならそうなるかもしれないけれど……ともあれ、始めたのはわたしではないわ」

「へえ」


 それは意外、とルイは驚いた顔を見せた。


「一番疑わしいリジン神官の派遣に関わっていないとは、意外ですな」

「気持ちはわかるわ。調査へ派遣された子爵の代理人が新興宗教の神官だった、そこが一番おかしいものね」


 その点はメアリも疑っている。ルイに審問会で言わせた通り、代理人として神官がやって来たことに、陰謀の糸を見ていたのは本当だ。


「でも、これについては、功労者であるあなたには本当のことを教えておいてあげる。わたしは、そこには手を出していない」


 メアリは断言してから、指折り、最初にリーシル子爵へ攻撃を加えたと思われる候補者をあげる。


「怪しいのは、まず今回誘導したようにダドリー。デメリットの方が大きいと思うけど、あの人の領地でも神等教が活発だそうだから、何か一枚噛んでいる可能性はある。次にフィッツロイ。ダドリーとわたしが共倒れになれば一番都合が良い候補者だし、王都で神等教と関係があるそうよ。最後に、神等教を通じて隣国からの干渉という可能性もあるわ」

「ふうむ……そのどれかまでは、はっきりしていないと」

「個人的には、フィッツロイが一番怪しいと睨んでいるけれど……」


 細い顎に指を添えて、少しばかり考えたメアリだったが、すぐに肩をすくめる。答えに結びつけるには、繋ぎ合わせても情報の長さが足りない。


「そのどれであっても、あるいはそれ以外の何かであっても、わたしはわたしの都合の良いように利用するだけよ」

「では、少々質問を変えて……どの辺りから利用したんです?」


 その質問に、メアリは美しい顔に赤い三日月を浮かべて笑った。


「わたしは、人を素直にする方法、怒りっぽくする方法、無鉄砲にする方法をいくつか知っているわ」


 レジンの常軌を逸した態度について、メアリは心当たりを話す。

 自分がそれらを使用したかどうかまでは口にしない。


 確かに、手を下したかどうかを明言するメリットはなかった。

 手段を持っている。ただそれだけで、十分な力の誇示だ。

 それに、真実、彼女は使っていないのかもしれない。彼女以外にもその手を使える集団はいるし、神等教の一部過激な連中のメアリ嫌いと来たら、正気と狂気の境目がわからないほどだ。


「ところで、ルイ」


 メアリは、農村の畑に視線を送りながら、いささか心配そうな表情になった。


「今年は、西部の冬がいつもより早く来るかもしれないわ」

「そうなんですか?」

「北寄りの領地で、いくつかの動植物が寒冷時の兆候を見せていると報告があったわ。少なくとも寒い秋になりそうだから、農村に対策を……方法は知っているかしら?」

「お恥ずかしい限りですが、土いじりには手も口も出したことはありませんで……」


 低頭するルイに、畑の盛り土を高くしたり、麦わらを敷いたり、メアリはいくつかの方法を教える。


「その農村に伝わるやり方があるならその方が良いけれど、何も知らないようなら相談しなさい」


 他領の代官へのあからさまな命令だったが、ルイは素直に拝命する。


「わかりました。あたしの代官地には徹底しておきます」

「そうして頂戴」


 このことは、西部諸侯と宮廷に文書で正式に通達しておくと、メアリは言った。


「西部統括官としては、当たり前の務めよね」

「まさにおっしゃる通りかと」


 ルイは恭しく、メアリに敬意を示す。示すだけなら自分の小遣いは全く減らないし、もしメアリの言う通りになったら、彼女の助けが絶対に必要になる。

 何故なら、反メアリ派についている西部諸侯は、自分達で確認できない限りこの忠告を無視するからだ。

 素直に忠告に従えば、メアリの有能さを認めることになってしまう。対応は後手に回るし、熱烈な反メアリ派は実際に冷えた空を見ても感情が認めないだろう。


 凶作になった際、反メアリ派諸侯の領地より三割も多い収穫を誇るというウェールズ領は大いに頼りになる。

 もちろん、メアリもそのつもりでルイに先に教えたのだ。他の領地でも、ルイのような協力者に同じ内容が伝えられている。


「食料加工技術についても、我がウェールズ家は力を入れているわ。備蓄はたっぷり用意してあるから、援助が必要な時はしっかり報告するのよ」

「ウェールズ家は、その辺り細かそうですよね。今から代官地の状況を確認しておきますかぁ」


 面倒臭そうに肩を落とすルイだが、放置しておいて万が一になったら、もっと面倒なことになる。

 メアリもまた、その面倒臭さについて同意した。


「わたしとしても、冷害が起こって欲しいわけではないのよ。備蓄が減るし、対応に気を遣うし……。でも、流石のわたしも天候はどうしようも――」


 一瞬、メアリは口ごもった後、ない、と言い切った。その一瞬で、本当に何とかできる手段はないのか、一度考え直したのだ。

 でも、やっぱりなかったので、メアリは残念そうだった。


「それならせめて、他の面倒事を片付けるために利用したいでしょう?」

「あたし、メアリ様のそういうところを一番尊敬するかもしれません」


 消耗される労力を、最大限に活用する姿勢。

 つまり、できるだけ楽に物事を片付けようとする、合理を尽くした怠け心。

 素晴らしい。実に素晴らしい。少なくとも、要領の悪い上司よりずっと素晴らしい。


 ルイは、できるだけ楽に生きたいと考える、ごく一般的な生き物だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 有能な怠け者、とは言わないまでも無能ではない怠け者なので程々の地位においとくには有用そうなルイさん
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] ルイは数ある協力者の一人なのか
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