妖花、咲く22
ルイへの事情聴取は、リーシル子爵邸で行われた。
四角い大部屋に口の字型に椅子と机が並べられ、上座にダドリーとリーシル子爵、左右に貴族と神官が座っている。
ルイと、あの農村の村長は下座に当たる辺に、二人だけぽつんと座らせられている。
村長は緊張した面持ちではあるが、背筋を伸ばして堂々としている。
貴族と比べれば低い身分だが、人の上に立つ身分には違いない。小なりといえど代表者としての自負がある。
一方、ルイは睨みつけてくる眼の数の多さに、居心地悪そうにしきりに頭をかいて落ち着かない様子を見せる。いやぁ困ったなぁ、などと呟くところなどは非常にみっともない。
そんな中でも、二番目に眼差しがきついダドリーが威圧的な声をかける。
「では、早速、メアリ・ウェールズによる神官レジン処刑の一件について、その場にいた代官と村長から事情を聞こう」
ダドリーが視線で促したので、ルイはのろのろと腰を上げる。
「はぁ、どうもどうも。代官をしているルイ・リーシルです。この度は恐れ入ります」
「貴様の挨拶はどうでもよい」
ダドリーは、不愉快さを押し隠すように素早く言った。
「今回の件、リーシル子爵からの報告と、メアリからの報告は受け取った」
「はぁ」
「リーシル子爵からのものは、メアリが不当に神官を罰したというもの。メアリからのものは、リーシル子爵への侮辱を公然と行ったから処罰したというものだった」
「それで、どちらが正しいのかあたしに確認をしたい、ということでよろしいんですよね?」
ルイは頭をかきながら、困った顔で問い返す。
「そちらにお答えする前に、神官の皆様に確認をしたいんですがね?」
質問を斜めにそらすような対応を咎められる前に、ルイはさっさと言葉を繋ぐ。
「あのレジン・マルケスという神官は、本当に神等教の神官だったお方で?」
神官を見ながら放たれた言葉に、ルイの視線の方向でざわめきが起こる。それが明確な質問の形を取る前に、ルイはさらに言葉を吐き出す。
「いえね? あたしの記憶では、マルケスという名前はリーシル家の騎士の一族にあったなという認識でして、神官になっているなんて初耳だったもので、あの時も驚いたもんですよ」
神官達が顔を見合わせ、そのうちの一人がルイの質問に頷いた。
「確かに、リジンは我々の同志だ。加入したのは一年ほど前だが、それ以前から熱心な信者であった」
「ははぁ、それは知りませんでした。それで、どうしてその神官が、あの時の調査に同行するように言われ、引き受けたのかはそちらではご存じなので?」
「それは、リジンが元はリーシル子爵の家臣であったためだろう。リーシル子爵も熱心な教徒である。我々神等教を信頼している証拠として、自身の代理人を同志に任せたに違いない」
「ははぁ、そうでしたか。いや、ありがとうございます。確かに、以前にリーシル子爵にたずねた時にも、そのような返事でした」
必要な確認が済んで、一人納得した様子のルイに、この場で一番眼差しのきついリーシル子爵が声を張り上げる。
「それがどうしたというのだ!」
「いや、誰だって気になるじゃないですか。子爵の代理人として、神官がやって来たんですよ。家臣だって一人や二人しかいないってわけでもないのに、神官です。元家臣といっても、おかしいと思うじゃないですか」
確かにそうだという反応が、リーシル家家臣の中からも、神官の中からも現れる。
家臣の方は、自分達の俸給が大幅に削られているため、元々リーシル子爵への忠誠心は下がり気味である。
そこに、子爵の代理という大役を、自分達の金を奪っている神等教に回したのだ。面白いわけがない。
神官の方は、派閥争いのようなものだ。
純粋に教義を是として神官をしている者と、商売の一環として神官をしている者の間にある、信仰への態度の違い。
前者からしてみれば、教義に賛同しているリーシル子爵は、「だったら何故貴族のままなのだ」という疑問がつきまとう存在だ。逆に、後者からしてみれば良い金づるなので、貴族としてのリーシル子爵をありがたがる。
この場の人間関係のひび割れに、水を流して確認するようなルイの言葉を、ダドリーが止める。
「確認は終わったか、代官。我々も忙しい身だ。最初の質問の答えを早く聞きたいのだが」
「え? あぁ、はぁ……」
ダドリーは、自分からしてみれば木端とも思える代官の態度に驚いた。
ルイは、このタイミングでそんなこと聞くなんて大丈夫か、という迷惑そうな表情を浮かべたのだ。
「まあ、リッチモンド伯爵様がそうおたずねになられるんであれば、お答え申し上げますが……」
本当に誰も自分が答えることを止めないのか、と一同を見回して確認したルイは、誰も止めないことに嘆息をついた。
「あたしとしては、メアリ様のご報告の方が正しい、と申し上げるべきかと」
「貴様! この兄より罪人の小娘を取るか! 裏切り者め!」
椅子を蹴って罵声を上げるリーシル子爵を、ダドリーの鍛えられた腕が押さえる。
興奮した領主を座らせながら、ダドリーは戦場で対峙するような眼でルイを睨む。
「ルイ代官。その発言が何を意味するか、貴様はわかっているのか」
「わかっているも何も……」
鋭い伯爵の視線に、相変わらずルイは頭をかいてだらしない立ち姿で、それでも言葉はわざと間を空ける以外はすらすらと吐き出される。
「あのリジン神官は、いきなり現れたと思ったらメアリ様に詰め寄って、なんだか訳のわからないことを喚きちらしたんですよ? ねえ、村長?」
村長は、はっきりと頷く。なんだか場の空気は、他領の令嬢を咎めるような空気だが、実際に神官の振る舞いが異常だったし、直接の支配者である代官のルイが令嬢の味方なのだ。
遠くの領主より近くの代官の方が機嫌を損ねたくない。
「その喚き散らした内容は、本当にリーシル子爵を侮辱したものだったのか」
「伯爵様、確認するところはそこですか?」
他領の令嬢を相手に喚き散らした時点で相当な問題行動だ。常軌を逸した代理人の振る舞いに、まずは眉を潜めるべきではないか。
「う~ん、まあ、そうですね……。リジン神官は、先程もお伝えした通り、興奮した様子でまくしたてるように話していましたから。ねえ?」
ルイは、村長に話題を振ることで質問をかわそうとする。その不自然さに、ダドリーは自分が得るべき情報を見た。
「だが、報告書の貴様の証言では、リジン神官がリーシル子爵を侮辱する発言をしたとはっきり書いてあったが?」
「それは、まあ……。報告書にはそう書かざるを得ないと言いますか……リッチモンド伯爵様なら、その辺も重々ご承知と思いますが……」
「ルイ代官、報告書に虚偽を書いたということならば、貴様を処罰する必要がある。今ならばまだ、間違いとして訂正が間に合うぞ」
ダドリーの脅しに、ルイは嫌そうに眉をひん曲げて、それからハッとした表情を一同に見せた。
「伯爵様は、そうでしたね、武名を誇るリッチモンド家のご当主様ですもんねぇ」
何か真実を見出したように、ルイは震える声で呟く。
それから、これまでの様子が嘘のように、ルイは背筋を正す。
「わかりました。リッチモンド伯爵様がお望みでしたら、正直にお話いたします。個人的には、全く気が進みません……そのことは、皆様に重々ご承知頂きますよ?」
「くどい。これは貴族としての公務だ。貴様の個人的な意見など関係ない」
「公務、ねぇ」
ルイの小さな呟きは、伯爵に対する懐疑心に満ちていることを隠さなかったので、一同は驚いた。ダドリーもだ。
先程まで、みっともない小物と思っていた人物が、実はそうではない可能性を、この時、伯爵はようやく思い至った。
「では、お話しましょう」
だが、ダドリーが気づいた時には、もうルイは口火を切っている。
「ええ、リジン神官は、到着するなり、メアリ様に対する罵声を次々浴びせましたよ。まあ、大層な興奮だったので、何を言っているんだと思うところは多々あったので、わかりづらかったのは本当です」
リーシル子爵やダドリーといったメアリへの強烈な敵対心に満ちた面々は、ルイのその報告に歓声に近い吐息を漏らす。だが、それはすぐに怒気に変換される。
「では、何故それをもっと早く報告しなかった!」
リーシル子爵の怒鳴り声に、ルイは冷ややかな視線で応えた。
「もちろん、お歴々と違いまして、あたしは戦争に自分の代官地を巻きこみたくなかったからですよ」
決まっているじゃありませんか、とルイは初めて自分も怒っていることを態度で示す。
「兄上。リーシル子爵であるあなたの代理人が、大勢の村人の前で、ウェールズ辺境伯の後継者であるメアリ様を侮辱したんですよ? 宣戦布告の一番乱暴な形です」
「馬鹿を言うな! あの小娘はまだ辺境伯になっていない!」
「ええ、陛下の承認はまだです。ですが、当人とその支持者は、そのつもりです。そんな相手を子爵の権限で罵倒した。その場でメアリ様が戦争行動を開始していたら、陛下にどう申し開きするんです? 継承が承認されていない小娘だから罵倒しただけだ、とでも?」
そもそも、他領の貴族家の人間を侮辱したという時点で、事は重大である。
この場合、決闘で片方が死ぬか、戦争で大勢が死ぬかという選択肢を選ぶ権利が、貴族にはある。
メアリが後継者としても貴族としても不適格、と考えている反メアリ派だから、「メアリが侮辱された」という状況は大した問題と捉えられないのだろうが、はたからみれば大義名分をメアリに与えたに等しい。
「もちろん、こんないきなりの宣戦布告、本来はありえない話ですよ。神官が子爵の代理人だなんてこともおかしいので、メアリ様もこれは何かの陰謀だと思われたのでしょう。そこで、メアリ様は機転を利かせて、リジン神官がリーシル子爵を侮辱したと誤魔化したわけですな」
ルイは、メアリも自分も、報告書で嘘をついたことを認めた。
ただし、それは反メアリ派が望む形ではない。
「あたしは感心しましたよ。メアリ様は他領だというのに、ちゃんとリーシル領の事情も考えておられました。戦争になってしまったら、一番苦しむのは誰です?」
ルイは、視線をリーシル家家臣と神官の一部に向ける。性根の優しい人格者で通っていることを調べておいた相手だ。
彼等はすぐに頷いた。
民だ。戦争で一番苦しむのは、弱い民である。
貴族が守るべきとされる存在、神等教が最も救いの手を伸ばさねばならぬ存在。
「メアリ様は、それを考えて、あえて嘘をつかれた。あたしもそれを察して、嘘をつきました。これは嘘ではありますが、神等教もリーシル子爵も、もちろんリッチモンド伯爵様を始めとする貴族の皆様も、正義と良心に従ってご理解頂けるものと思っておりましたが……」
ルイは、肩を落として深々と溜息を漏らす。
「ええ、メアリ様に戦争を仕掛けたい皆様なら、この嘘を罰せられるでしょうな。どうぞ、嘘だと弾劾なさるがよろしいでしょう。リーシル子爵は侮辱されていないと。リーシル子爵の代理人が、メアリ様を侮辱したのだと。お好きに真実を語るがよろしいでしょう」
メアリのついた嘘は暴かれた。
その中から現れたのは、戦争を望む者達の陰謀だ。不自然な子爵代理の人選と、代理人の振る舞いは、メアリとの戦争を望む者の関与があったために違いない。
陰謀の主導者は、次期辺境伯を狙うリッチモンド伯爵か。
リーシル子爵邸に集まった家臣や神官、諸侯は表情を緊張させた。
無論、大きな利権が動く次期辺境伯の継承争いである。戦争の予想はあった。
だが、本当に戦争をしたい貴族は少ない。戦場になりそうな領地はなおさらである。
そういった領主を味方にするため、ダドリーも戦争を自分から仕掛けると言ったことはない。もし、メアリから仕掛けて来た際には、リッチモンド家が守るとは明言していた。
これは、つまり、そういうことか。
一同は、先程までルイに向けていた視線を、ダドリー・リッチモンドに向けた。
それは、罪人を見る眼差しだった。




