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ブラッディ・メアリは支配する  作者: 雨川水海


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妖花、咲く16

 メアリからの反撃が、文書の形で反メアリ連合の手元に届いた。

 それには、以下のように書かれていた。


 この度、私・メアリ・ウェールズはウェールズ辺境伯および西部統括官の地位を継承する予定である。ついては、王国西部の状況を調査し、今後の西部の方針を立てる参考にしたいと考えている。

 長らく、我がウェールズ家は自領の安定に注力し、西部統括官としての義務を十分に果たしてきたとは言えないが、私・メアリの代からは西部全域の発展と安寧のために職務に励む所存であるので、諸侯には理解の上、協力を求める。


 つまり、メアリが諸侯の領地の調査に行くから受け入れろ、という命令書である。

「辺境伯就任を決して認めない」と宣言したリッチモンド派諸侯に対する、堂々の反撃返答だ。


 この文書を受け取ったリッチモンド派の一人、リーシル子爵は憤慨した。


「なんと道理を知らん奴だ! これだけ多くの西部諸侯から不適格だと反対の声をあげられている分際で、国王陛下の承認前に我が領の調査をしようというのか!」


 四十代の子爵は、ウェールズ家の封蝋を押された封筒を床に叩きつけ、顔を真っ赤にして怒鳴る。


「所詮は影の刃を振るって当主に成りあがった一族ということだ! このような狼藉者を我が領に入れては、領民が虐殺されてしまうわ!」


 メアリへの敵意をさらに高温で燃やすリーシル子爵だが、その言動には明らかな偏見がある。

 まず、多くの西部諸侯の反対の声というが、ウェールズ辺境伯領の周辺はメアリ支持で固まっている。


 西部中央以東で反対の声は上がっているが、それはリッチモンド家への付き合いから、という家も多い。

「リッチモンド家のダドリー殿がそう言うならば、国王陛下にしっかり調査してもらえばよい」という程度の、消極的な賛成である。


 その証拠に、「我々はメアリの辺境伯就任を決して認めない」の、「我々」として署名したリーシル子爵のような貴族は、それほど多くない。

 次期辺境伯争いの利益が薄い、その他大勢の西部諸侯からしてみれば、「うちに火の粉が及ばなければ、その辺はどうでも」というのが本当のところである。

 ダドリーが優勢ならばそちらにつくし、フィッツロイが上がってくればそちらに寄る。もちろん、メアリが突っ切るならばそちらについていくだけだ。


 また、「影の刃を振るって」、つまり暗殺の件は、悪意のある虚偽に過ぎないし、「狼藉者」や「領民が虐殺」にいたっては妄言の域であろう。

 血染めのメアリの三桁におよぶ殺傷実績【キルレコード】の中に、無意味な殺生に分類される非効率的な記録は存在しない。

 そのことを知っているリーシル子爵の弟ルイは、十歳以上歳の離れた兄をひとまずなだめる。


「兄上、紙に書かれた文字に怒鳴っても返事はないですよ。疲れるだけですから、まずは落ち着いてくださいよ」

「これが落ち着いていられるか! お前も貴族ならば、非道な小娘に対して怒りも湧いてこようが!」

「それは許しがたいとは思いますがね」


 まったくそうは思っていないのだが、興奮した兄に言い聞かせるため、ルイは言葉の上で同意する。


「だからこそ、落ち着いて対策を立てないといけないんじゃないですか。まさか、そのまま突っぱねるわけにもいかんでしょう」

「たかが小娘の調査を受け入れるつもりなどない!」


 ルイが顔を背けたくなるほどの大声で言い切った兄に、ルイはやれやれと溜息をつく。


「確かに、メアリ・ウェールズは陛下の承認がないから辺境伯家のご令嬢のままですけどね。実質的に辺境伯家は牛耳っているじゃないですか」


 本家はね、とルイは付け足す。

 王都分家の方、フィッツロイが当主のウェールズ家は別だが、メアリは領地をしっかりと掌握している。

 その周辺の近隣領も含めてだ。


 やはり、人さらいの躍動を潰し回った初動が大きい。

「あれができるのならば、十五の少女が領主でも構わない」という者もいれば、「あれができる怪物に逆らうつもりはない」という者もいる。

 ルイは後者だった。


「うちはウェールズ家の支配圏の隣接領地ですよ。その調査を断れば、完全に敵として見られます」

「事実として敵なのだ!」

「いやまあ、そうですけどね?」


 反メアリ宣言に、領主自ら署名しているのだから、他に言いようがない。


「ただ、調査を断れば、メアリ嬢に攻撃の大義名分を与えることになりますよ?」


 メアリの通達には、今後の西部の発展のための調査、という文言がある。これを断れば、西部の発展に協力する気がない、と言ったことになる。

「攻めてくるというのであれば、リッチモンド伯爵であるダドリー殿が味方を連れて、にっくき小娘を――」

「いやいや、そんな簡単に撃退できるような流れ、絶対起きませんって」


 頭に血が昇った領主から、まともな意見が出て来ない。最近変な宗教にもはまっている影響かな、とルイは頭をかいて説明する。


「協力する気がないのなら、協力する気があるところと取引すると言って、メアリ派の領地から流れてくる物資が断たれてもおかしくないですよ」

「それは……」


 先代のエドワードの頃から、ウェールズ辺境伯領とその周辺の領地は目に見えて豊かになった。辺境ゆえに獲れる魔物の素材の他に、珍しい作物や草木、酒などが王都でも人気になっている。

 ウェールズ辺境伯領の商品が通過することによって、リーシル子爵領に落ちる財貨は、今となっては重要な財源の一つだ。


「これが西部統括官として調査をする、なんて書いてあれば、継承していないのだから了承できない、とかわすこともできたでしょうけど、この書き方じゃ無理ですね」


 文面上でのメアリは、嘘もついていなければ立場を超えた命令もしていない。

 あくまで、継承予定である身分として、継承後の業務を円滑にするため今から動きたいから、協力を求めているに過ぎない。

 国王の認可が下りるまでそれなりの時間がかかる場合、暫定的な代行者として常識的な行動の範囲内だ。


 返事は単純な、肯定か否定かを求めているのだ。曖昧な誤魔化しは、よほど気の利いた建前でない限り、「非協力」の烙印を押されて終わるだろう。

 メアリは、今回の文書でこう告げているのだ。


 ――私の敵となる。それはよろしい。でも、それだけの実力と覚悟が、あなた達にあるのかしら?


 まあ、そんな力はない。ルイは、はっきりと口には出せないが、そう確信していた。少なくともリーシル家にはない。

 財政がボロボロだからだ。


 神等教とかいう新手の宗教が流行り、領主からの寄付という形で大金がその宗教に吸い込まれている。

 人は神の下に平等という教義を掲げる連中は、その寄付金で貧者や孤児といった社会的弱者に炊き出しや庇護をたっぷり与えている。

 それ自体が悪いこととは言えないが、真面目に働いている者達より良い物を食べ、良い物を着ているとなると、流石に悪影響が出てくる。


 リーシル子爵が家臣に払う金を減らしてまで神等教の神殿に寄付するものだから、文官も武官もやってられんと仕事を怠ける。中には、神等教に鞍替えして向こうで働き出す者まで出てくる始末だ。

 中流以上に属する子爵家家臣でさえそうなのだから、庶民がどうなっているかは言うまでもない。


 そんな状態で、重要な財源に繋がっているウェールズ派の流通が断たれる。

 リーシル子爵は、渋面でその苦しさを表現する。


「だが、それもやむを得まい」


 その返事に、ルイは、兄の精神状況が自分の理解の範疇外まで遠ざかっていることを察した。


「ううん、兄上。それ、本当にやむを得ないですかね?」

「やむを得ん。確かに苦しくなるが、民も家臣もわかってくれるだろう。あの小娘のごとき振る舞いは、神の御意志に背くものだ」

「メアリ嬢は、そんなに神等教の教えに抵触してましたっけ?」


 兄と違って、宗教とは業務上の付き合いに過ぎないルイがたずねると、リーシル子爵は神を前にした信者の顔で訴える。


「その通りだ。神の前に人は平等である。だが、ウェールズ家は奴隷売買を推進している。人は誰しもが自由であり、権力や財力、武力によって縛られてはいけないのだ」

「ああ、奴隷制の」

「それだけではない。あの恐ろしい娘は、人さらい共を始末する時に、自らの民ごと殺したと言う。そんなもの、人間の所業ではない。そもそも人さらいがあれほど一度に発生するなど、まさにこの世の地獄――」


 なるほど、なるほど。ルイは自分が目の前にした発見に何度も頷く。


 兄は、神と話をしているのだ。

 恐らく、明確な言葉を生涯一度も聞くことのない神と。

 自分が上手くいかない理由を神に尋ね、自分の領地が上手くいっていない理由を神に尋ね、自分より上手くいっている者がいる理由を神に尋ね、自分がどうすれば上手くいくかを神に尋ねたのだ。


 そして、兄は答えを見出した。

 メアリ・ウェールズである。

 自分より年下でありながら、自分より恵まれた存在。そんな理不尽なものが、何故存在するのか。

 悪だからである。悪をなしているから、自分より恵まれているのだ。

 ならば、その悪を倒せば、自分は善となり、善ならば自分は恵みを授かれるに違いない。


 リーシル子爵である男は、そのように答えを見出した。

 決して、神が語った言葉ではない。男が勝手に仰ぎ見た神の幻から、何かそれらしい影を見て取ったに過ぎない。

 勝手に見た神の幻だから、神はどのようにでも変化する。それらしい影だから、実体がどのようなものであるかは問われない。


 もはや自分に都合の良い物だけを神と信じている男に、ルイは困ったなと吐息を漏らす。

 ダドリー派の他の連中も、こうだったりしないだろうな。ルイは、自分が巻き込まれた派閥の内情に、はなはだしい不安を抱かずにはいられなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神等教さん、ガッツリ王政、貴族制に反抗してなーい? 他国からの攻撃を疑うレベルで。 かませ貴族より領地に浸透しちゃってるこっちの方が強敵っぽいですね
[気になる点] 弟さんお気の毒に 家族が宗教にハマると困るのは、現実もファンタジーも一緒やなって 権力者がハマるとさらに
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] 何処にメアリの罠か仕掛けてあるか、大層怖いです
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