妖花、咲く14
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「妖花、咲く13.5」として投稿いたします。
大変申し訳ございませんでした。
エドワード・ウェールズの葬儀の帰路、王国西部の中央部に位置するリッチモンド伯爵領に、一部の参加者達が集まる。
王国西部の情勢に詳しい者が見れば、その顔ぶれが西部の中でも中央から東寄りに地盤を持つ者達であることに気づいただろう。
ウェールズ辺境伯の本邸とは違い、こちらのサロンの上座にはダドリー・リッチモンドが、鍛えられた体を置いた。
その貫禄に、今回の辺境伯後継者争いでダドリーを支持する者達が感嘆の吐息を漏らす。
「流石は、ダドリー殿。リッチモンド家を背負う益荒男ですな」
「まさに、まさに。まだこのリッチモンド領が王国の最西部であった頃、辺境伯と呼ばれた一族の末裔に相応しい」
「王国西部はウェールズ領の骸の森を始め、未開地に接している。西部の民は強い守護者をこそ望んでいるだろう」
この場の最上位者、また自分達に利益をもたらす神輿への世辞は、すぐに敵対候補の小娘への罵倒に変わる。
「それに比べてメアリ・ウェールズと来たら、吹けば飛ぶような有様とはまさにあのこと」
「まったくその通り。この王国西部を安定させてくれるという重厚さがありませんな」
飛び交う阿諛追従に、冷や水を浴びせる者が一人だけいた。
「そうかね」
ダドリーの対立候補の一人、フィッツロイ・ウェールズだ。
彼は、当然の権利として上座近くに用意された席に、優雅に足を組んで座っている。
「もちろん、ダドリー殿のような重厚感はないことは確かだ。私もそう思う。だが、吹けば飛ぶようなその少女は、騎士団の団長を務め、血染めなどという物騒なあだ名を持っているのだよ」
リッチモンド派の参加者は、その言葉に忌々しそうに顔を歪めた。反論できなかったのだ。
彼等は、ウェールズ邸のサロンでメアリの適性を批判できなかった。だからこそ、今この場で思う様にケチをつけて、自分達の矜持を取り繕わんとしている。
彼等の大声は、負け犬の遠吠えそのものだ。
とはいえ、フィッツロイもライバルであるメアリを認めようと考えたわけではない。
このままダドリー有利で話し合いが進まないよう、支持者の声を黙らせたのだ。
「が、しかし、だ。諸君の不安はもっともでもある。血染めのメアリ。大層な呼び名がついたものだが、後をついて行きたいと思わせるような名ではない」
その点は同意見であろう諸侯と、メアリと同じくライバルであるダドリーに、フィッツロイは視線で賛同を求める。
ダドリーが、腕組みをして大きく頷く。
「その通りだ。あの者は、我が義兄エドワードの葬儀すらまともに行わなかった」
ウェールズ邸でメアリにぶつけたものと同じ批判を、ダドリーは再度口にした。
「あの娘は、父の死を悼むという当たり前の人の情がないのだ。そんな者が、か弱い民草を相手にどう振る舞うか」
ダドリーの言葉に、血染めのメアリの名を好んで他人に囁いていた者達が大袈裟に懸念を表明する。
粛清や虐殺が始まるのではないか。非道な奴隷集めが始まるのではないか。あのウェールズ家の娘なのだ。
少なくとも、大領主に相応しいとは思えない予想が次々と飛び出す。まさにこのために、彼等は見目の良い令嬢の不気味な二つ名を広めたのだ。
「ダドリー殿の懸念について、私も全く同意する」
フィッツロイも、まさにそれが望む展開だと声を上げる。
「そもそも、かの家の血は、私の父祖である初代ウェールズ辺境伯の血に塗れた権力を握りしめていた者達である」
初代ウェールズ辺境伯が暗殺され、その弟が二代目ウェールズ辺境伯を継いだのは有名な話だ。
その暗殺が誰の手によって行われたのかという疑惑は、今でも貴族の間で娯楽として根強い人気を誇っている。
二代目以降のウェールズ辺境伯が、西部に隠然とした存在である秘密結社の幹部として身を置いているという、半ば周知の秘密を思えば、最も有望な噂は簡単に決まる。
初代の弟、二代目ウェールズ辺境伯が暗殺犯である。
もっとも、どれほど有望に見えても噂に過ぎない。
さらに秘密の事実を知っている人間にすれば、その噂の真偽は明らかである。二代目ウェールズ辺境伯が秘密結社とのコンタクトを本格的に始めたのは、初代の死後のこと。
かの秘密結社と争い続けては、西部の発展が何十年遅れるかわからないとの現実的判断により、二代目ウェールズ辺境伯は秘密結社と手を握る決意をしたのだ。
その結果、王国西部は安定した。
秘密結社の大本はもはや、ウェールズ辺境伯家の正統継承者メアリ・ウェールズの手によって掌握されたのだ。
無論、その辺りの時間軸について、初代の子孫であるフィッツロイが知らぬはずがない。知っているからこそ、噂の方を語るのだ。
「あの娘の体内に流れる野心家の血が、今後どのような形でさらなる血を求めるか。貴族として座して眺めているつもりはない」
そこで、とフィッツロイは立ち上がり、ダドリーに向けて手を差し出す。
「西部全域のより良い安定のため、フィッツロイ・ウェールズは、ダドリー殿への協力をお約束しよう」
「それは真に良い判断だ。それこそ正道をゆく初代ウェールズ辺境伯の血筋の行いである」
次期辺境伯のライバル二人は、互いの言葉を心の底から喜ぶ表情で手を握る。
その表情の動きは、嘘ではない。二人共通の強敵が現れたのだ。その敵が倒れるまで、お互いに争っても益はない。
フィッツロイは、ひとまず強敵にダドリーというライバルをぶつけることにした。上手く行けば共倒れしてくれるし、どちらが勝っても自分は無傷で力を蓄えておける。
ダドリーは、それを承知でフィッツロイの手を握った。己の派閥だけでも相手取るつもりだったのだ、少なかろうがフィッツロイの助力も利用して、そのまま押し切って主導権を握ってしまえば良い。
だから、今はお互いに笑顔で手を取れる。
状況が変われば、即座に拳に変わる手だ。
フィッツロイは、その手を握ったまま、自分の力を示す。
「この後、メアリは辺境伯を継承することを王都に打診するだろう。いくら西部統括官の地位が国王に匹敵する権威があっても、国王陛下の承諾が必要だ。エドワード前辺境伯の功績を考えれば、その指名後継はそのまま通る」
「では、それをフィッツロイ殿が抑えてくれるということだな」
「任せてもらおう。ウェールズ家の王都での活動は、初代の血筋の我が家が取り仕切っているのだからな」
ダドリーは頷いて、今度は自分の力を示す。
「ならば俺は、西部諸侯に呼びかけて、実効的なメアリの権威を封じよう。非情な権力者に頼らずとも、リッチモンド家が西部を守る」
二人の有力者の宣言に、諸侯が同和する。
西部中央から以東において、反メアリの狼煙が上がった。




