妖花、咲く13
今後の組織について協議する場に参集せよ、と結社の女王メアリの召喚状を手にした幹部の顔色は様々だった。
野望や欲望をぎらつかせた顔もあれば、怒りに歯噛みした顔、蒼ざめた顔もある。
その中にあって、ゆるい笑みを浮かべた赤い顔、やや俯きがちの無表情、薄い笑みを浮かべた白い顔などは、個性的だ。
長テーブルの最上位席、女王の席に腰かけたメアリに、薄笑みの白い顔の女性が歩み寄る。
背筋が震えるような美しさの女だった。黒髪は艶やかに背中まで流れ、ややたれ目がちな黒眼は色気がある。
すらりとした長身を包むのは露出の少ない、けれど体のラインに張りつくようなドレスだ。淫らではないが、清楚でもない。
淑やかさの中に艶がある美女だった。
年の頃は二十代半ばの美女は、ほっそりしたお腹に手を当て、ゆったりと一礼する。
「メアリ様、この度はウチのような者を第三位へ任命を頂き、感謝しています」
「礼なんて不要よ、アンナ。あなたはその立場に見合う能を示した。だから任命した。それだけよ」
メアリは悠然と応えて、自分の左手側にある空席を示す。
新参者が、自分達より上座に座ったことに、下座の方からざわめきが起きる。
「メアリ様」
幹部の一人が立ち上がって声を上げる。
結社の活動資金を確保するため、人身売買や薬物取引を行う商会を任された幹部だ。
「そちらの女性は一体? 何やら、人さらいのところで見かけた女のように見えますが」
メアリが応える前に、アンナが座ったまま、蕩けるような笑みで男を見上げる。
「ええ、以前、元主人であるシャリバと共にお会いした、アンナです。お久しぶりですわ、スイエ様」
「これは驚いた。導師エドワードの方針に背いた人さらい共の愛人ではないか」
「元、愛人ですわ。それに、正確に言うならば奴隷でしたから、愛人というのもはばかられます」
「いずれにせよ、このような者が我等と同格の第三位とは! メアリ様、いささか以上に問題がありますな!」
スイエの言葉に、メアリに反抗的な幹部が口々に同意の言葉を漏らす。
「安心なさい」
こうるさいざわつきに、メアリは羽虫を払うように手を振る。
「アンナをあなた達と同格に扱っていないわ」
どこを見たらそう見えるのかと、メアリは冷たい目で下座の男達を眺める。
「この協議に先立って、導師エドワードの方針に逆らって、ウェールズ領内でも人さらいを行っていた愚か者を片付けたわ。知っているでしょう?」
三百名にもなる同僚の死を、チリを掃き清めた程度の物言いで表現され、スイエと同調者が鼻白む。
彼等は、人さらい達とつるんでいた側の人間なのだ。
「彼等の動向を教えてくれたのが、アンナよ。あなた達が何年経ってもまともな情報を上げて来なかった連中を、アンナは一度に片付けられるだけの情報を持って来た。あなた達が不出来な第三位なら、アンナは優秀な第三位。当然ではなくて?」
「不出来とは聞き捨てなりませんな。我等は長年に渡って結社を支えてきたのですぞ」
「あら、嬉しい言葉を聞いたわ。導師エドワードの方針を邪魔していた厄介者に過ぎないあなた達こそが、結社を長年支えてきた功労者であるなんて」
ゆったりと椅子に背を預けて、メアリは敵を眺める。
親子のひいき目なしに、エドワード・ウェールズの方針は結社にとって有益だった。
そもそも人さらいは、結社にとって実験台の確保のために必要だったものを、資金確保のために拡大して行っていたに過ぎない。
その実験についても、メアリが生まれた頃には目途が立っていたのだ。
エドワードは、間もなく結社の目的が達成されると見ていた。その時、結社はより無軌道な犯罪組織になるか、少しずつ社会秩序と折り合いをつけて馴染んでいくかのどちらかになる。
ウェールズ辺境伯として結社に席を置いていたエドワードは、当然後者を目指した舵取りを行う。これ以上の実験は結社の目的にそぐわないとして、その非合法活動を縮小するよう、結社の審議にかけたのだ。
この提案にしたって、急な方針転換で結社が割れることを憂慮して、まずはウェールズ辺境伯領内での人さらい活動の禁止と、その代わりに正当な対価を払う人身売買、公認奴隷商への鞍替えを促した。
奴隷の大部分を、ウェールズ家が引き取ることも約束し、約束は履行した。
約束を履行しなかったのが、先日メアリが討伐した人さらい達であり――その人さらい達から奴隷を引き取って売っていたスイエ達である。
彼等は、人さらいで手に入れた奴隷の方が利益を出せるからという理由で、約束を守らなかったのだ。
「私は、結社の長であり、結社の研究成果よ」
メアリは、女王として述べる。
「だから、私を完成させた結社のこれまでに、敬意を払うつもりはあるわ」
けれども、とメアリは続ける。
「その一方で、結社が犠牲にして来たこれまでに、責任を取らなくてはいけない」
秘密結社・混沌花は、根本的に秩序を乱す犯罪組織だ。
目的のために手段を選ばず、多くの人体実験を繰り返し、その活動を邪魔する者を葬って来た。
例えば、ウェールズ領を始めとした、王国西部の無辜の民を実験材料としたこと。初代ウェールズ辺境伯を、結社に敵対する邪魔者として暗殺したこと。
「丁度良いことに、今そこに、長年に渡って結社を支えてきた功労者がいるようね?」
メアリが、自分の左手の席に笑いかける。
「ええ、メアリ様、ウチも確かに聞きました。まったく、ご苦労様なことですわ」
人さらいに脅され、娼婦として扱われ、挙句に気に入ったからと人さらいの愛人兼秘書として働かされていたアンナが笑う。
「あたしも聞いたよ。あれらのおかげで、あたしは研究を完成させられたんだねぇ」
メアリの右手の席、実験台として連れて来られ、幸運にも実験を生き延びた後、頭の良さを買われて研究者として組織に居ついたカミラが笑う。
ちなみに、メアリの背後でジャンヌが無表情に頷いているが、色んな意味で新人の侍女は、会話の中身をわかっていない。
「これから、結社は大きく方針を転換するわ。当然よね、設立当初の目的は達成したんだもの。強い支配者を作る。ええ、おめでとう。強い支配者は、今ここにいるわ」
であるならば、これから先は、研究成果を世に問わなければならない。
どのように役に立つのか。どのように世界に係るのか。
有益なのか、有害なのか。
「お日様の当たる世界に出るんだもの。薄汚れた格好ではみっともないわ。汚れは落として、身綺麗にならないと恥ずかしいわ」
さて、この結社において、落とすべき汚れとは誰のことか。
この場でメアリの言いたいことがわからない者はいない。
否、最初からわかっていた。召喚状が届いた時、あるいはその前、人さらい達が、古式ゆかしい結社の一部が殲滅を受けた時から、わかっていた。
「俺達が、こうなるとわからないほど間抜けだとでも思ったか?」
スイエが、腹の底から湧き上がる笑みを漏らしながら、机に両腕をつく。
「所詮は飾りをつけられただけの小娘よ。新参者を幹部に任命して勢力拡大を図ったつもりだろうが、元より結社の実権はこちらにある!」
議場の外、別荘の周囲の森から、次々と魔物の咆哮が轟く。
まるで音の津波のような騒音に、カミラが顔をしかめて耳をふさぐ。
「棺草と黒蘭の配合種、狂闘士の花を周囲の森に蒔いた! いかにこの別荘を守る血薔薇の垣根だろうと、多数の魔物、それも狂化した魔物が相手に一体どれほど保つかな!」
スイエとその一派が連れてきた奴隷達も、体の各所から茨を突き出した戦闘態勢になった。
「外の魔物の上に、これだ。今頃は俺達の馬車からも同様の奴隷が出ているぞ。どうする、メアリ女王。いかにお前が我が結社の研究成果だとしても、同時に対処しきれるかな」
にやりと笑うスイエの視線の先、メアリは自分の背後の侍女に声をかけていた。
「いい、ジャンヌ。あの男が自慢している奴隷に寄生した魔法植物は、血薔薇と黒蘭の配合種なのよ。あれも第三世代になるんだけど、うちの侍女達のと一緒にしちゃダメよ? なんていうのかしら、正妻の子と愛人の子みたいな気分、というのが近いかしら」
主人の言葉に、ジャンヌはこくこくと頷く。
そのあまりに自分達を無下にした振る舞いに、スイエは机を両腕で叩く。そうしないと、目の前の女達が恐怖の権化へと変化しそうだったのだ。
「おい、メアリ! 聞いているのか!」
「聞いているわ。少なくとも、あなた達よりは」
ほら、とメアリは唇で美しい三日月を作った。
「また二つ、魔物の断末魔が聞こえたわ。屋敷の庭では、あなたの奴隷が一カ所に集まって必死に戦っているの」
「結構がんばるね。まあ、もうほとんど動けないよ」
屋敷の庭で戦闘奴隷の相手をしているカミラが、空になりかけたヒョウタンを悲しげに振りながら付け足す。
植物通信の能力を駆使すれば、植物であふれたこの場所で、遠方の戦闘を統括・把握することはあまりに容易い。
「そんなはず……ええい、この場で貴様を抑えれば外の状況など! やれ!」
スイエは、室内に連れ込んだ戦闘奴隷に命令を下す。
薬と寄生植物のため、命令に忠実な彼の奴隷は、アンナの眼差し一つで動けなくなった。
「そう、良い子ですわ。そのまま、ウチのお願いを聞いてくださる?」
色気たっぷりの仕草に、甘い花の香りが、奴隷たちの薄い自我を上書きして支配する。
結果、奴隷達は元の主人を裏切り、スイエ達をこそ押さえつける。
「馬鹿な! 支配権の乗っ取りだと!? そんなことできるのは……!」
「ご明察ですわ。でも、手遅れでしたわね」
嫣然と微笑むアンナも、第一世代の魔法植物の適合者である。
薬を併用して無理矢理使っている第三世代の花など、完全な格下だ。ましてや、アンナの適合した花は、黒蘭である。
奴隷達の自我を支配しているのは血薔薇と黒蘭の配合種を相手にするには、相性が良い。
机に押さえつけられたスイエに、メアリは下手な絵画を鑑賞するような、失笑の眼差しを向ける。
「ねえ、私達が、こうなるとわからないほど間抜けだと思ったの?」
エドワード存命の頃から、ウェールズ家にとって不仲だった相手である。決定的な対立を避けていただけで、いつかは破局を迎えるとわかっていた関係である。
当然、敵に流れる情報には注意している。意図的な欺瞞さえしている。
「私が混沌花の宿主となってから十年、完全な制御下において王女となって五年、先代の女王を倒して三年……その間、ずっとここが私の領地だったのよ」
根を張って、枝葉を拡げて、盤石の支配を敷いてきた。
「そんな私の領地にのこのことやって来て、好き勝手にできると思った?」
思ったのだろう。思うように情報を流してきたし、物資も流してきた。
魔物を暴れさせる魔法植物や、奴隷を都合よく戦力化する魔法植物など、上手い具合に秘密裏のものが手に入ったと思ったことだろう。
手に入れさせてやったのだ。
確かに、実権はスイエ達が握っていたかもしれない。
だが、実力はメアリが手に入れて来たのだ。
実権など、それが丁寧に造り上げられた後に、実力で奪ってしまえば良い。
「なるほど。相手はたかだか十五の小娘。それも、その人生の前半分を、人体改造のために寝所に縛り付けられていた世間知らず、どうとでもなる、と?」
くすくすとメアリは笑う。
「お粗末な脳みそでは難しいでしょうけれど、私が一体誰の娘であるかをきちんと考えておくべきだったわね」
彼女の父はエドワード・ウェールズ。
犯罪結社を御するためなら、自らの子を実験体に最適だとして、怪物に仕立て上げるような怪人だ。
「相手を過小評価したツケを支払う覚悟は良いかしら? 良くなくても、もう待たないけれど」
「こ、の、小娘が――!」
スイエの体が、服が破けそうになるほど膨れ上がる。見た目通りの腕力を発揮して、押さえつけていた奴隷を跳ねのける。
その姿に、カミラが珍しく腰を引いてメアリの後ろに逃げ込む。
「メアリ、約束は忘れるなよ」
「あれの相手は私だって言うんでしょ? 安心しなさい」
「ぬぅあああああ!」
カミラとメアリの会話を塗りつぶし、咆えたスイエが地面を蹴ってメアリに向かって跳躍する。
その拳が、樹木の瘤のように硬質化して、メアリに鉄槌を食らわせんと振りかぶられる。
「わざわざそんなに動かなくても」
対して、椅子に座ったままのメアリの手から、茨が伸びて迎撃する。
射程の差は明白、スイエの胸を貫いた茨の槍は、そのまま伸びて壁に縫い付ける。
「こうすれば良いだけよ」
常人なら即死。結社の第二世代でも、体内に侵入した根が回復を阻害して間もなく死ぬ。
それでも、メアリはスイエが死んだとは思わなかった。
「いくら同じ力を手に入れたところで、使い勝手がわからないようではまだまだね。この辺りが、女王と王女の差、貫録の差だわ」
「ふ、ふふ、ふふふふ」
串刺しで壁に張り付いていたスイエから、笑い声が漏れる。
「ははは! なるほど、これほどの力を持っているなら、メアリ、貴様のその腹立たしい態度も納得だ!」
「力もないのに態度が悪い、あなた達が愚かなだけではなくって?」
メアリは背もたれに体を預けて、スカートの下の脚を組む。
女王位に相応しい態度で、スイエが胸に刺さった茨を枯らして脱出する様を眺める。
「だが、それも今日までだ。貴様にもわかるのではないか。今の俺が持つ力は、お前と同じものだ」
「口を慎んだ方が良いわ」
人生最高の暴力を手にしたスイエに対し、メアリははしゃぐ子供を嗜めるような口調だった。
「確かに同じ種類の力ではあるわ。私の混沌花とあなたの混沌花は双子姉妹の関係。その気になれば、同じことができるわね」
ただし、この花は根付いた環境によって柔軟に変化する。
元より混沌――定まった形を持たないという名前そのものだ。持っている力が強大だからこそ、その変化は大きい。
例えば、先代女王は、森の狼に寄生し、魔獣の群れを率いて主力としていた。
その戦力は百年間結社が手を付けられないレベルのもので、血薔薇のような戦闘力が高いものが中心であった。女王というより将軍のような能力だったと言える。
今代女王のメアリは、騎士団以外に侍女隊、料理人、庭師、研究者と多方面の人材を持ち、それぞれに適性のある種を選んで与えている。
別荘を含めて、結社の若い人員はほとんどがメアリの子に等しい。女王と言う名前には、今のメアリの方が相応しいだろう。
さて、そこでスイエである。
彼は、先代混沌花がメアリに討伐される際に残した種を、その身に寄生させた。
本来であれば、彼に適合するはずのない種だが、そこはカミラの一案で、メアリの血肉を間に挟むことで一時的に種の反抗を抑えている。
結社としては、かなりの異論反論を乗り越えさえすれば、第二位の王女であると言って良い。
しかし、その使用可能時間はごくわずか。当然、実験もできない、ぶっつけ本番だろう。
「今のあなたに、一体何ができるのかしら?」
兵もいない、侍従もいない。たった一人の時間限定王族だ。
実際に目の前にしたら失笑物の光景だろう。
事実、メアリの薄笑みはその心地だ。
「それは、お前の体を取りこんだ後でじっくりと試そう」
「あら?」
メアリがちらりとカミラに視線を送ると、頷きが返って来た。どうやらそういう説明で、スイエに混沌花が押し付けられたらしい。
確かに、メアリの血肉を媒介に一時的に使用できるなら、メアリを取りこめばずっと使えそうな気はしないでもない。
ただ、できるかどうかは非常に怪しい。
恐らく、メアリの意思のない肉体を取りこんだところで、すぐに混沌花は宿主を乗っ取って暴れ出すだろう。
先代女王は、そうなって結社が持て余していたのだ。
「まあ、いいわ。やってごらんなさい」
軽く顎をそらして、おいでなさい、とメアリは挑発する。
ただ、それはメアリにとっては挑発を意識したものではない。上の者が下の者へと発する、命令にすぎなかった。
スイエの攻撃は、案の定、というものだった。先程の光景を再現するように、足を使って接近し、殴ろうと言うのだ。
下の下ね。メアリは軽く首を振って、足元から血薔薇を伸ばして迎撃する。
メアリが現在使える花の中で、最も戦闘に適した花がこの血薔薇だ。良く動き、鋭く、棘から血を吸って敵を弱らせ、自身を強化する。
使い慣れた血薔薇の槍衾が、スイエを串刺し絡め取る寸前、茨の軌道が歪んだ。
スイエ一人分が通れる隙間が空いたのだ。
「はは、混沌花の宿主であるお前には、自分のものを支配されるなど初めてだろう!」
混沌花の能力だ。他の魔法植物を操る能力がある。
メアリが普段使っている能力を、スイエがメアリに対して行使したのだ。
目の前に迫るスイエに、メアリはわずかに目を見開いて思った。
そうね。自分の花を操られるなんて、三年ぶりだわ。
スイエの手から伸ばされた血薔薇の棘が、ドレスの上からメアリの肢体を貫く。一本、二本と刺さった後は、すぐに十を超える。
「ははは、所詮は小娘だったな、メアリ!」
血薔薇経由で血を吸われながら、メアリはこてっと、首を傾げた。
「さっきも言ったけど――」
それは、あまりに平然とした声音だった。
「口は慎んだ方が良いわ。半端な知識を大声で咆えると、恥ずかしいわよ」
メアリの新鮮な血を吸ったスイエの混沌花が、より良質な寄生先を感知して動き出す。
当然だ。少量の血肉に釣られて「勘違いして起きた」混沌花だが、活動を維持するにはまるで足りない。
このままでは、また種子状態を取って休眠状態になってしまう。しかし、手近に良い寄生先があれば、それを宿主に繁殖することができる。
実に自然な、生物として当たり前の本能である。
不適格な宿主の胸元から、混沌花の種が根を蠢かせて這いでようとする。
そのために必要なエネルギーを、不適格な宿主から吸い尽くしながら。
「あなたは自分のことをお利口な野心家だと思っているようだけど」
スイエの心臓を引き抜きながら胸元から飛び出そうとする混沌花を、メアリは手を伸ばして迎える。
「あなた如きの利口さと野心なら、そこらの草でも持っているわ。より良い栄養を、より良い繁栄場所を。その熱心さと貪欲さならば、あなた如きは草花に勝てない。彼女達はいつだって命がけだもの」
混沌花の根が、メアリの白い手に突き刺さる。
が、メアリはすでに別な混沌花の宿主である。メアリの混沌花は、無礼な新参者に、これは自分のモノだと根を枯らす毒を送って主張する。
すると、先代の混沌花は自分が現有する栄養を鑑みて、現状では勝てないと判断した。
大人しく根をひっこめ、渋々といった風情で休眠状態の種子に戻る。
「そして、引き際を心得ている相手には、無益な殺生もしない」
引き下がった先代混沌花に、メアリの混沌花もそれ以上の攻撃は行わない。エネルギーの無駄だからだ。
「さて、私の言いたいことがわかる程度の頭は、あなた達に期待して良いかしら?」
スイエだったものに血薔薇を伸ばして、失った栄養を補給しながら、メアリは他の幹部達に視線を送る。
降伏して服従を誓うならば、扱いを考えても良い。そういう態度だ。
彼女のドレスはあちこちが血で汚れているが、傷はすでにふさがっている。気を利かせたアンナが、破れた部分が隠れるようにテーブルクロスをかけてくれる。
メアリはアンナに軽く礼を言ったが、眉をひそめて自分の服装を改める。
「美しさの欠片もないわね。早く着替えたいわ」
降伏するなら早くしろ。本当に不機嫌にメアリはそう示す。
実力差を見せつけてから、細い逃げ道を、時間を限定して用意する。動きが制限された集団というのは、実に扱いやすいものだ。
我先に平伏を始めた幹部達に、女王はテーブルクロスを羽織りながら立ち上がる。
「ジャンヌ。着替えと、お風呂の準備をなさい」
女王様の機嫌は、敵対幹部の平伏くらいでは早々治らなかった。
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エドワードの死後に起こった、メアリ・ウェールズの討伐劇。
人さらいや盗賊等の犯罪者と、巻き込まれた領民の死者は、合わせておよそ三百名とされている。
誰からともなく、この討伐を取り仕切った人物を、こう呼び出した。
――血染めのメアリ。
最初にそう呼んだのは、犯罪者の残党か、巻き込まれ守られた領民か、政治的に敵対する者か。いずれかはわからない。
恐らくは、そのいずれもが、彼女のことをそう呼んだ。
更新頻度のお知らせです。
次回更新分から、月・水・金の週三回更新にさせて頂きます。
よろしくお願いいたします。




