妖花、咲く1
花のように生きなさい。
お前らしく咲きなさい。
禍々しかろうが、毒々しかろうが、お前らしく咲きなさい。
それはきっと、美しいことだ。
とてもとても、美しいことだ。
そんなことを遺して、父が死んだ。
二時間前のことだ。
今後、自分の人生において、その存在は永遠に不在となる。それを理解すると、さびしいような気もするし、さっぱりしたような気もする。
はっきりしないわね、と自分に笑う。メアリ・ウェールズにとって、父親とは決して美点だけで語れる存在ではなかったので仕方がない。
恩人寄りの、敵。
あるいは、敵寄りの、恩人。
そんな感じの、あんまり気を許せないけれど、お話を持ちかけられると大人しく聞かざるを得ない、扱いに困る相手だった。
死後も扱いに困るとは思っていなかったが、ともあれ父は死んだ。生前よりは格段に扱いやすい存在になったということだ。なんて言ったって、これ以上動くこともなければ、喋ることもない。
つまり、利用し放題だ。
「私らしく咲きなさい、ね」
何の気もなく、父の最後の言葉を繰り返すと、頬が熱くなった。
あら、と不思議に思っている間に、背筋が震える。唇が吊り上がる。腹の底から、おかしさがこみあげてくる。
――ああ、そうなのね。私、今、感激している。
良いのね。私らしく振舞っても、良いのね。
素敵だわ。それはなんて素敵なことかしら。
お父様がこの身に植えこんだ怪物を、思う様に暴れさせて良いだなんて、とっても素敵!
最後の最後で、父は敵ではなかった。
教えのつもりだったのか、命令のつもりだったのかはわからない。しかし、メアリの恩人としての側面を、最後の顔として選んだのだ。
ああ、父だ。父だった。
メアリ・ウェールズは、確信する。
エドワード・ウェールズは、この人は私の父親だったのだ、驚くべきことね。
「ありがとう、お父様」
棺に納めた父に、貴族令嬢としてマナー通りの一礼を施す。
顔を上げて自慢の長髪に手をやると、どこからともなく、鮮烈な赤い薔薇がその手に握られている。
「では、哀悼と感謝をこめて……」
赤薔薇を、棺の中、父の亡骸の上に投げ入れる。
「まずはお父様の死を、徹底的に利用するわね!」
朗らかな声に、弾む足取り。颯爽としか表現できない姿で、メアリは父の葬儀を取り仕切ることを投げ出した。
ドレスのスカートをなびかせて、軽やかに向かう先は、彼女が統率する騎士団の下。
「まずは出撃準備ね。お父様の死が知れ渡れば、これまでこそこそと物影で動いていた連中が動き出すに違いないわ。これ幸いと、迂闊に、軽率に、日向にぞろぞろとやってくる」
そこを叩き潰す。
ああ、なんて楽しそう――いえ、絶対に楽しい!
だって、これまで目障りだけれど面倒で始末できなかった厄介事が、これで一気に片付くんだもの。
これを楽しまないなんて、私らしくない。
「ええ、私らしく、私らしくやるわ! 合理的に敵を枯らし、贅沢に生を養い、美しく咲き誇るの!」
歌うような宣言。
踊るような歩み。
メアリ・ウェールズ、十五歳。この日は、彼女にとって父親を喪った日であり、人生最良の日として記録される。
****
エドワード・ウェールズが死んだ。
この報せが知れ渡ると、アベルミッド王国は揺れた。特に、その震源地である王国西部は、激震と称して良いほどの動揺だった。
それも当然のこと。
エドワード・ウェールズ。
それはウェールズ辺境伯にして西部統括官という王国の重職を負う個人名であった。
簡潔に言うと、王国西部の最大権力者を意味する。
そして、それに匹敵する刻印がもう一つ。
秘密結社・混沌花の大幹部という闇色の肩書きがついており、短期的にはそちらの方がより深刻な意味合いを持つ。
それほどの影響力を一人で握りしめていた個人が、死んだのである。
ウェールズ辺境伯領の司法権・行政権・軍事権。
王国西部諸侯へ指導・査察を行える国王代理としての統括権。
そして、王国社会の影に蠢く法外の権力。
それらが一斉に宙に浮く。
ご馳走を前にした狂犬の手綱を手放したようなものだ。この場合、ご馳走とはウェールズ辺境伯領一帯を指す。
当然の結論として、アベルミッド王国西部、ウェールズ辺境伯領は、荒れに荒れる――はずだった。
天国から地獄だった。
ベジルはその日、ツイていると浮かれていた。
元々、気分は良かったのだ。にっくきウェールズ辺境伯、エドワードの奴が死んだと聞いて、昨夜は祝杯をあげていた。
そして今日、蒼ざめたエドワードの顔を踏みつけてやる心地で、意気揚々と人さらいにやって来た。
場所は、これまでエドワードが睨みを利かせていたせいで活動しづらかった、ウェールズ辺境伯領主館から近い農村だ。
この選択が、大当たりだった。
ベジルと同業者の人さらいも、ここには手を出せなかったのだろう。
若い男女が大勢いるし、おまけに美形が多い。特に、銀髪で赤い眼の少女など、少し痩せすぎているがベジルの人さらい稼業でも一番と言えるだけの美形だ。
これは大儲け間違いない。どんなに売り方で下手を打っても、しばらく貴族みたいな生活を送れる。
もちろん、稼ぎはこの村だけでは済まない。
次期ウェールズ辺境伯候補は複数いて、それぞれがそれなりの強みを持っている。
そのどれを支持するかで、西部諸侯をひっくるめて大騒動が巻き起こるだろう。文官はもちろん、武官だって他人事ではいられない。
本来領内の治安を維持し、犯罪者であるベジル達を殲滅しにやって来る騎士達も、それぞれの次期候補に圧力をかけられているはずだ。
下手に動けば、領主不在に便乗した反乱とみなされる恐れもある。
つまり、領主が死んだ今、ベジル達の天敵たる騎士団は麻痺している。
この隙に乗じない馬鹿はいない。今のうちに、向こう十年ウェールズ辺境伯領では仕事ができないほど、徹底的に村を襲って奴隷を仕入れてやる。
そう意気込むベジルは、人生でも一番の笑顔だった。
ここまでが、彼の天国。
そして彼の地獄は、領主館の方角から、馬蹄音と共に現れた。
「あん?」
それが何なのか、ベジルは理解し損なった。
これがいつもであれば、彼は即座に気づき、一番値がつく商品だけを掴んで逃げ出しただろう。
だが、今の彼にはそれができなかった。
領主エドワードが死んだ。次期辺境伯候補同士は睨み合う。騎士団は動けない。
その確信が、人さらい稼業十七年、ベジルを地獄へと突き落とす。
「お頭! 騎士だ!」
「話が違う! 奴等は来ないって話じゃなかったのか!」
ベジルの部下のうち、村の外周で見張りをさせていた男達が走りながら叫んでいる。
その、背後。
重い馬蹄音を響かせる、赤薔薇の花冠を頭に巻いた騎馬。
騎馬にまたがるのは、赤い革鎧を着て、茨を寄りあわせたような奇槍を悠々と構える騎士。
騎士が翻すのは、鮮烈な緋色の薔薇の旗。
並の馬よりはるかに力強い馬蹄音は、ベジルの部下へすぐに追いつき、追い抜いて行く。だから、繰り出された槍は、ただのついでだ。
ベジルの部下の胸を、ケーキか何かのように貫いた槍は、そのまま地面に突き刺さり、村に奇怪なオブジェを生やす。
一つ、二つと、慣れた遊びのように串刺しの作品を展示しながら、騎士達は駆ける。
彼女達の名前は、薔薇騎士団。
ウェールズ辺境伯の直轄騎士として、最初に投入され最後に引き上げる者共。数多の敵手の断末魔で彩られたその団旗は、赤より緋く染まり、人呼んで――
「血染め騎士だとぉ!?」
王国西部最強の呼び声も高い、冷酷苛烈な戦士達である。
ベジルとその一党は、真っ青になった。
ベジル達は、人さらいは人さらいでも、特殊な人さらいである。彼等は、個人戦ならば並の騎士程度には戦える。
一人の部下が、薬瓶をあおってから短剣を抜く。
「シャッ――――!」
先頭の騎士の左手側へ踏み込み、跳びかかっての刺突。
身体強化の魔術をまとった一撃は、右手で槍を構えた騎乗時の騎士にとっては、十分に致命的な鋭さがあった。
だが、薔薇の騎士達は、並の騎士ではない。
先頭の騎士は、右手の槍を左に回すことは面倒だという顔で、左手を振るった。
騎士の左手は空手である、一瞬前までは。
瞬きの間に、左手に茨が生じ、成長し、短剣より長い槍となる。後は、串刺しのオブジェが増えるだけだ。
人さらい達が、果敢にも抵抗を試みて殺された仲間に、悲鳴を上げる。
だが同時に、やっぱりな、そう思っている。
ベジルもそうだ。やっぱりな、と唇を噛む。
ベジル達が特殊な人さらいならば、薔薇騎士団も、特殊な騎士団である。
そして、その特殊は、同じ特殊なのである。
何故なら、両者は根を同じとして別れた枝葉、エドワード・ウェールズが大幹部として所属した秘密結社・混沌花の構成員なのだ。
さらに、どちらがより末端かと言えば、ベジル達の方がはるかに末端だ。彼等が結社から力を得ていようとも、薔薇騎士団の方がより多く得ている。
だから、ベジルはエドワードが死んだ時に喜んだ。
同じ組織の一員だが、エドワードは人さらいに反対し、活動を取り締まっていた。
結社の中では、人さらいの方が古くからの存在であるのに。結社の活動を支えて来たのは、自分達人さらいであったというのに。
今、ベジルは薔薇騎士達を見ているが、その背後にエドワードを見ている。自分達の稼業をここまで凋落させた張本人だ。
死んだと聞いて祝い酒をあおったが、殺せるものなら自分の手で、という思いも二桁ほど吐き出した相手である。
その憎悪の眼差しを先頭で受け止めるのは、黒髪をなびかせる少女。
村の中央、ベジル達が村人を追いこんで集めた広場に、今度は薔薇騎士達がベジル達を追いこんだ。
黒髪の少女が、騎馬から下りる。彼女は――といって、他の騎士も少なからずそうなのだが――兜をしておらず、敵を屠る最中に、その若い美貌を思う存分見せつけていた。
最後に見た死神が、見目の良い乙女であったことを、死者が幸運と思ったかどうかを知る術はない。
「こんにちは、ベジル」
メアリは見たこともない相手に、旧知のように挨拶をした。
「こんなに明るいうちから励んでいるなんて、ずいぶんと仕事に精が出るわね」
「俺の名前を、知ってんのかよ」
メアリの顔を知っているはずのベジルの方が、ぎこちない対応をする。メアリにとっては気にするほどのことではない。
もちろん、とメアリは微笑む。
「他にも知っているわ。ヤード、ライサ、メンデル……皆、あなたのお友達でしょう? 人さらいなんて時代遅れの骨董品だもの。貴族令嬢としては、懐古主義の高値がつかないかどうか、注目しておかないと」
「手前ェ……」
ベジルの視線が、さらに険しさを増す。
自分達を骨董品にしたのは、お前の父親だろう。ベジルの眼光は、恨み辛みを誰にでもわかるように表現した刃物だ。
ただ、それを受け止める相手は、その程度の憎悪をそよ風ほども気にしない図太さを持っていた。
「あら、間違っていなかったでしょう? あなた達って、今が一番高値なのよ。この後はもう落ちていくだけね」
「ムカつくのは父親譲りか、お嬢様よ」
ベジルは歯噛みして、地面に唾を吐き捨てる。
「つまりは、なにか? 辺境伯のエドワードが死んだ今、他の次期辺境伯候補者に差をつけるための功績になるから、今の俺達にはまだ価値があるってわけか」
「まあ、驚いた」
メアリは、ベジルが自分の目的を察していることに、口に手を当てて上品に感動を表現する。
「意外と頭が回るのね、あなた」
「お嬢様には、下々の者が知恵を持っているなんて、わからなかったか」
「ええ、わからなかったわ。父の命令を無視して人さらいを続けているのだから、きっと言葉がわからない野蛮人なのだとばかり」
本当に意外だったと、メアリは首を振る。
「それが、言葉がわかっても話は通じない間抜けだったなんて……。お父様の苦労がしのばれるわね?」
道理で早死にしたわけだわ。
メアリの中の父の評価が、少し上がる事実だった。肩たたきでもしてあげればよかったかしら、などと呟く。
「まあ、でも……それならなおさら、あなた達はここで刈っておかないとね。私、お父様みたいにあれこれ苦労したくないの。あなた達ごときなら、特にね」
「はいそうですか、と行くかよ」
ベジルが一段と低い声で凄み、腕の中の少女の首を締め、苦鳴をあげさせる。
羽交い絞めにされた少女は、どこからどう見ても人質だった。広場が包囲された時点で、ベジルは人質を取っていたのだが、メアリの会話はそれを一切無視していた。
人質について反応すれば、交渉せざるを得ないから。ベジルはそう考えていた。
だが、ここから先はそうはいかない。
ベジルは、人質の頬に短剣を突きつけ、この状況の打開を試みる。
「騎士を下がらせろ」
「あら、どうして?」
「村を救いに来たんだろうが、こいつがどうなっても良いのか!」
どこまでとぼける気だと、ベジルは人質の少女の首をさらに締め上げる。
それを見たメアリは、人ひとりの命を舌先に乗せたまま、羽のように軽い言葉を返した。
「別にいいわね」
自分が持つ唯一の優位、と信じていたものがあっさり崩れて、ベジルは絶句した。
「私はこの村を救いに来たわけではないわ。領内の治安を維持するために来たの。あなたのお仲間が、他にもたくさん動いているでしょう? この村は私が守るべきものの一部に過ぎないし、その子はさらにその一部でしかないわ」
メアリは深刻ぶるでもなく、足し算を解くように語る。
仮に、人質を救うとすれば、ベジル達に行動する猶予を与えることになる。その結果なにが起きるかといえば、ベジル達の逃亡、さらなる村の損害、騎士の損耗、時間の浪費といった懸念が挙げられる。
メアリは今、とても忙しい。
ベジルのような人さらいが、他の村も襲っている、襲おうとしているという情報を、メアリは入手している。
人さらい達は、メアリのものとなるべきウェールズ領の治安を乱す原因であるとともに、メアリがウェールズ領を手に入れるための手柄でもある。
今まごつけば、未来の自分が困るのだ。
「だとすれば、その子一人を生かすために四苦八苦するより、その子ごとあなたを殺した方がよっぽどウェールズ辺境伯領のため、何より私のためになるわね」
簡単で当然の帰結。
少なくとも、メアリの中で、目の前の人質問題は、始まる前から綺麗に片付いていた。
「さ、そういうわけだから、人質は無駄よ。もちろん、人質になっている子も大事な領民。無事の方が嬉しいから、解放してくれたら苦しまずに殺してあげるけど、どうする?」
最後の問いかけに、ベジルは余裕を取り戻す。
目の前の、明らかにおかしなところのあるお嬢様はなんだかんだと強気なことを言っていたが、やはり人質は有効なのだ。
メアリの内心を見透かしてやった。ベジルはそう思った。
そう思わなければ、恐怖でどうにかなりそうだった。
「もう一度言うぜ、人質が大事なら、騎士を下げろ」
「そう、残念ね」
ベジルと恐怖との距離は、あと三歩で槍の間合いとなるものだった。
「その子、すごく可愛かったから」
一歩。槍を握り直すために軽く振るう。
「あなた程度のために使うのは、もったいないけれど」
二歩。槍を放つために軽く引く。
一拍――華やかに微笑んだメアリの視線は、人質の少女に語りかける。
「私のために、死んで?」
三歩。敵を仕留めるために槍を突き出す。
慣れた動きで繰り出されたその穂先は、軽く鋭く、人質の少女の心臓を貫いて、ベジルの胃を貫いた。
「おっ、ごッ」
まさか。
まさか。
まさか。
声にならない驚愕を血反吐として吐き出しながら、何度もベジルは、現実への認識を拒否する。
ベジルに対し、メアリは言った。人質を解放したら楽に殺してやる、と。確かに言った。
そして、それは一言一句、本気だったと、ベジルの腹部に生じた激痛が教えている。
――こいつ、俺を即死させないために、人質の心臓を狙った……!
すでに、人質は男の手元から離れている。
メアリが槍を引き戻した際に、軽い人質の少女は槍に引っ張られて行ってしまった。今は、粗末な衣服の胸元を血で濡らしながら、その流血の元凶であるメアリの腕に抱かれている。
その抱き方は、優しささえ感じさせる、丁寧なものだ。今し方心臓を貫いた人質に、彼女は丁重な扱いを与えてやろうというのだ。
信じがたいことに。
胃を潰され、激痛に悶える男は、次に自分達が何を言われるか、薄々悟っていた。
そして、少女を抱えたメアリは、予想通り、ありふれた声音で宣言する。
「私が無法者に与える選択肢は二つ。我が領民を解放して楽に死ぬか。我が領民を人質にして苦しんで死ぬか。三つ数える間に選びなさい」
構え、とメアリは命じた。
赤薔薇の旗を掲げる騎士達は、忠実に槍を構える。
メアリの唇が、さらりと三つのカウントを歌い上げると、十の槍がそろって肉を食い破る。その後に聞こえてくる音について、メアリはすでに終わった物事の残響音として処理した。
メアリにとっては、そんな雑音よりも自分の腕の中の少女の方が興味に値する。
細い銀の前髪を梳いて、その表情を改める。
メアリから見ても、実に整った容貌……それはそれで興味深いが、それ以上に、その浮かべた表情が印象的だ。
笑っているのである。
諦観の微笑みでもなく、逃避の笑いでもない。
これは満足の微笑み、感謝の笑いだった。
この銀髪の少女は、「死んで」と槍を繰り出すメアリに向かって、はい、と唇を動かしたのだ。
その直後、心臓を貫かれ、死へと墜落していく刹那に、自分が本当に殺されたことを理解すると――
『ありがとう』
メアリの眼が曇っていなければ、確かにそう唇が動いたのだ。
「あなたは、一体どうして、私にそんな顔をしたのかしら」
興味深い。こんな気持ちを抱かせる相手は、メアリにとっては好ましい。
メアリは少しばかり考えて、一つ頷くと、少女の胸元に唇を寄せた。破れた服の間から、血をあふれさせる傷口に唇を触れさせる。
何のために。
血を味わうために。
桜色の唇を赤く鮮やかに染めたメアリは、しばし瞑目して、味覚に神経を集中する。
少女の血から理想の情報を感じ取ったメアリは、眼を見開いて、都合の良さを表現した。
「あなた、運が悪いのか、運が良いのか……」
少女の数奇な運命に笑いながら、メアリは髪をかき上げる仕草を一つして、どこからともなく青い結晶を取り出す。
それを少女の傷口にねじ込むと、メアリは笑う。くすくすと、声を立てて。
突然の笑い声に幾人かの騎士が挙動不審になるが、それもつかの間、メアリが予想外の拾い物への感嘆をまとめ終えるまでだ。
「さて、ここは済んだわね」
「はっ、すでに後始末の部隊もこちらへ向かっているはずです」
騎士の一人が、動揺などなかったかのように応じる。
「では、出立の準備よ。次へ急ぐわ」
再び、騎士はきびきびと了承を返す。
全ては計画通り。
父であるエドワードが死ねばこうなるとわかっていた。
だから、「私らしくするために」この難しい王国西部を最も効率よく手中にするための計画はできていた。
領主の死を好機として動き出す邪魔な勢力を、この機会に一気に駆除することは今後の計画の大前提だ。
そのための最速の解決。
人質の損害を意に介さない殺戮。
嘆きも承知で、恨みも承知。それすら何とでもできるという自信の下の断行である。
「では、次の村へ向かうわ」
「はっ。……ですが、その」
騎士が、言いづらそうにメアリに視線を送る。
「なにかしら?」
「メアリ様、その少女は連れて行かれるのですか?」
腕に抱いたままの少女の扱いを問われて、メアリはようやくそれに気づいた。
「あらまあ、どうしましょう」
「連れて行くわけには、いきますまい?」
「そうね、そうよね」
何度か、メアリは少女をその場に置こうとして、しかし銀髪が汚れるわと抱き直す。
「……私の馬に乗せて、後続部隊とすれ違う時に渡すことにするわ」
「えー、まあ、はい」
甘やかしちゃって、という風に、騎士は笑った。
彼女等の騎士団長は、身内には甘い性分であることを知っている反応だった。
拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
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しばらくは毎日更新です。序盤の区切りのいいところまで行きましたら、月・水・金の週三回更新にする予定です。
更新ペースは早くないですが、下記リンクにある他の作品ともども、よろしくお願いいたします。