第81話 小領主に突きだせない理由
カリファの犯した罪は、事情がどうあれ罰する必要がある。
その思いに変わりはないし、ヴィヴィたちも同意見だろう。
正義を貫きたい。
強く思う。
でも、残酷な現実は正義を貫く僕たちを嘲笑っている。
カリファを小領主に突きだせば、教会の陰が表沙汰になってしまう。
そうなれば、教会が窮地に陥る。
このことに気づけば、ヴィヴィもダンテも僕の意見をわかってくれるだろう。
僕はヴィヴィに向かって説明を試みた。
必死に現状を訴える。
その思いが伝わったのか、ヴィヴィの顔色が変化した。
不安そうな面持ちになり、深いため息をつく。
「うん、よくわかったよ。ダンテ……」
僕を安心させるためか、ヴィヴィが微かに笑んだ。
それからダンテに助けを求めるような視線を送った。
僕の思いを要約してダンテに伝えはじめる。
ダンテにも変化が生じた。
苦々しげな表情を浮かべている。
孤児売買の一件では、ダンテは被害者だ。
自らの手でカリファに復讐したいと思っても不思議じゃない。
それなのに、個人的な感情を封印し、荘園の法に則った処罰を選んだ。
立派だと思う。
そんなダンテに対し、僕はヴィヴィを通じてひどいことを伝えてしまった。
——カリファを小領主に突きだしてはいけない。
これまでのダンテの苦労を考えれば、言えないセリフだと思う。
でも、僕は非情にも伝えた。
ダンテのことは大事だ。
言うまでもない。
でも、僕は大局を重んじた。
ごめん、ダンテ。
僕はダンテを見つめた。
目を逸らされようが、睨まれようが受けいれる。
「……そっか、そうだよな」
ダンテが独りごち、深くうなずく。
それから僕を見た。
悲しそうな目をしたダンテと視線が合う。
カリファの罪を問えなくてがっかりしているのかもしれない。
「修道士副長さまを小領主さまに突きだしたら、教会がやったことが明るみになるもんな」
優しげな眼差しで僕を見た。
怒ってない、大丈夫だよという思いが視線から伝わってくる。
「そうなったら教会の信用はガタ落ち」
深く息を吐き、ダンテはカリファを見た。
バツが悪そうな顔をしてカリファがうつむく。
「小領主さまたちはこのことを口実に、支援金を打ち切るだろうな」
ダンテがカリファから視線を外し、宙を見つめた。
「支援金がなくなったら孤児たちはどうなるの?」
不安そうな顔をしてヴィヴィがダンテを見ている。
ダンテは視線を合わせまいと顔をそむけた。
「……教会で養えなくなる」
重い声でカリファが答えた。
「その先は……」
孤児たちの行く末を尋ねるさなか、ヴィヴィは口をつぐんだ。
聞きたくない。
考えたくない。
想像したくない。
僕たちは一様に黙りこくった。
「……突きだせないよな」
ダンテが口火を切った。
「うん、孤児たちを見捨てられない」
ヴィヴィが絞りだすように言った。
「……またしても究極の選択を迫られたな」
他人事のようにカリファがつぶやいた。
「あんたが言うなよ」
ヴィヴィがカリファを睨みつける。
カリファを罪人とし、修道士副長として扱っていない。
『ヴィヴィの言うとおりだけど、カリファは間違ってない』
僕はヴィヴィを止めた。
「だけどさぁ、罪を犯した奴が法の手から逃れるのってどうなのよ?」
自分ごとのようにヴィヴィは怒っている。
「無実のレオとダンテが罪を被るっておかしいじゃない!」
怒りはおさまらない。
「ヴィヴィの言う通りだな。カリファを突きださなければ、俺らの無実は証明されない」
ダンテが頭を抱えた。
「私を突きだして、おまえらの無実を証明するか。私の、いや、教会の陰を隠して、おまえらが罪を被るか……ふたつにひとつだ」
カリファの言葉にヴィヴィが反応した。
いまにも飛びかからん勢いで拳を振りあげる。
『ヴィヴィ!』
僕は必死にヴィヴィの腕をつかんだ。
「……そうだな。丸くおさめられないのなら、覚悟を決めるしかない」
ダンテは両手を頬に当て、気合をいれるように叩いた。
嫌な予感がする。
ダンテは言葉にはしないけど、ひしひしと伝わってくる。
最悪、ひとりで罪を背負うつもりなのだと——。
ダメだ。
ダンテはこれまで大変な思いをしてきた。
奴隷商人に売れたあと、どんな人生を送ってきたのか知らない。
苦労は当然で、それ以上の苦痛を味わった可能性がある。
だから、名前を変え、商人の弟子になって犯人を探した。
もう苦労してほしくない。
犠牲になってはダメだ。
教会の陰を表沙汰にせず、孤児たちも助けたい。
商団が信頼を取りもどし、これまで通り商売を続けたい。
誰かが犠牲になるんじゃなく、みんなうまく行く方法はないだろうか?
探そう。
安易に誰かに罪を押しつけるのではなく、丸くおさまる方法を……。
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*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。




