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第79話 カリファの覚悟

 カリファは僕に言いたいことがあるらしい。

 面持ちや態度がいつもとかなり違う。

 言い逃れや罪を犯した言い訳をしようとする雰囲気じゃない。

 もっと他のなにか——。

 それはとても重要なのだろう。

 嫌いな僕からの条件を受けいれるほどに……。

 

「どんな条件でも応じてやる。ただし、先に私に話をさせてほしい」

 カリファが軽く頭を下げた。

 これまでのカリファからは想像できない。

 僕に頭を下げるなんて。

 驚いたのは僕だけじゃない。

 ダンテとヴィヴィも同じだった。


『いいよ』

 僕はうなずいた。

「長年、教会ぐるみで不正行為に手を染めた。それは動かし難い事実だ。

 でも、ダレッツォ修道士長さまだけは信じてほしい」

 切実な表情でカリファが言った。

「孤児のこと、ネウマ譜のことは私が勝手にやったんだ」

 同じセリフを何度も聞いた。

 それでも言い続けるのは、カリファは他の誰でもない僕に信じてほしいからだろう。


『うん、わかった』

 僕がうなずくと、カリファが少しほっとしたような表情をした。

「修道士長さまは不正行為を良しとしていない。だから、どうにかしようと動いておられる」

『えっ?』

 僕は首を傾げた。


 ダレッツォが不正をやめようと行動している? 

 初耳だ。

 そんな素振りを一度も感じたことはない。

 ダンテもヴィヴィも驚いている。


「私を小領主さまに突きだすとき、教会の不正行為は全て私の責任だと言ってほしい」

 懇願するようにカリファが見てくる。

 僕は困った。

 それは僕が決めることじゃない。

 僕はダンテとヴィヴィを見た。

 ふたり共、困惑している。

 罪から逃れようとすならまだしも、全ての罪をひとりで背負おうとするなんて……。

 そんな風に思っているのだろう。


「これで言いたいことは全部だ。おまえの条件とはなんだ?」

 すっきりとした表情でカリファが僕を見ている。

『質問に答えてほしい。拒否も嘘もダメだ』

 ヴィヴィが僕の意思を伝えると、カリファは神妙にうなずいた。


『どうして、教会の陰《かげ》について話してくれたの?』

 僕の質問が意外だったのか、カリファが視線を左右に走らせた。

『黙っていれば僕たちに知られなかったのに』

 僕は続けて聞いた。

 カリファはゆっくりと目を閉じ、なにやら思案している。

 僕を騙《だま》そうだとか、言い逃れようとかそんな空気は感じられない。

 どう説明しようかと悩んでいるように思えた。


「なぜ、か……。なぜなんだろうなぁ」

 カリファが目を開けた。

「ダレッツォ修道士長さまには教会の光であってほしいから」

 穏やかな表情と声でカリファが答える。

「陰は私ひとりで背負う」

 大きく息を吐き、それから口を閉ざした。


 その言葉を聞いた瞬間、教会でのカリファの言動がよみがえってきた。

 僕や孤児たちへの態度が酷かったのをいまでも覚えている。

 それと同時に、ダレッツォに対しては驚くほど従順だった。

 従うではなく、崇拝に近い。

 ダレッツォに気に入られよう、認められようと動いていた。

 そのひとつが悪事だったのだろう。

 小領主たちからの要求にダレッツォを悩ませないよう、ひとりで対応した。

 足りないお金を得るため、孤児を売り、ネウマ譜をすり替え……。

 

「私はダレッツォ修道士長さまの博愛精神と採譜師として才能に憧れ、修道士になった」

 懐かしむようにカリファが語りだした。

 それをダンテは黙って聞いている。

「教会に入って修道士長さまのもとで修行をした。最初は楽しかった……けど、すぐに現実を知った」

「お金の問題?」

 ヴィヴィが口を挟んだ。

 カリファはヴィヴィを見てうなずく。


「孤児を助けるため、教会ぐるみで不正を働いていると気づいた」

 その当時のことを思いだしたのか、苦々しい顔をした。

「私は修道士長さまにそのことを問いただした」

「……俺に聞いたあの選択、もしかして修道士長さまの言葉だったのか?」

 ダンテがはっとした。


 ——支援金を補うための不正を一切をやめるか、孤児を見捨てるか。


「そうだ。当時の私はおまえ同様、答えられなかった。そうしたら、修道士長さまが言ったんだ」

 ダレッツォがなにを言ったのか気になり、僕は前のめりになった。

 ダンテもカリファの答えをいまか、いまかと待っている。

「先達《せんだつ》を責めるより、これからどうするかを考えよう……そう言われた」

 カリファは言ったあとで肩を落とした。

「修道士長さまの言うとおりなのに私は……」

 声が小さくなっていく。

 その状態まま、カリファは懺悔するように語り続けた。


 その後、大勢の孤児を支援しようとするダレッツォを助けるべく独断した。

 孤児たちを救うために、孤児たちを選別。

 生き残る可能性の高い孤児、低い孤児——。

 大勢を助けるため、犠牲にする覚悟を決めた。

 それでも不足分は補えない。

 次に考えたのはネウマ譜のすり替え。


 以前、ネウマ譜保管小屋で僕が書き損じを捨てたのを持っていた。

 それを利用し、筆跡を真似て偽物を作成。

 完成した偽物は、商人たちに渡す前日にこっそりとすり替えた。

 そのあと、すぐさま闇商人に本物を売却して支援金を補填《ほてん》。

 

 息を飲んでカリファの言葉を聞いた。

 予想したとおりだったけど、本人から改めて語られると妙な気分になる。

 ダレッツォへの崇拝心がカリファの悪の心に火をつけ、残酷な現実が消火不能なほど燃えあがらせてしまった。

 怒りしかなかったカリファの悪業に対し、少なからず同情心が芽生えてくる。

 だからといって、完全に許したりできない。


 ただ、ふと思った。

 カリファは悪人なのだろうか、と。 

 この難しい問題を僕は心の底に沈めた。

 

「……あたしも修道士副長さまに聞きたいことがあるんだ」

 話し終えて憔悴《しょうすい》気味のカリファに、強い口調でヴィヴィが問うた。

「もう隠し事をする気はない。なんでも聞いてくれ」

 怖いくらい素直にカリファが応じた。

 そんなカリファの態度に若干驚きながらも、ヴィヴィは口を開いた。

「もう何年も前の話だけど……」

 途中で話を止め、ヴィヴィはカリファの様子をうかがった。

 特に反応を示さない。

「修道士副長さまとレオが弓矢で襲われたよね……覆面男に」

 ヴィヴィの言葉に僕の体が反応した。


 覆面男——。

 脳裏に姿が思い浮かんでくる。

 その途端、首に圧迫感を感じた。


「ああ、足を射られた。それがなにか?」

 力なくカリファが答える。

「あの覆面男は誰なんだ?」

 ヴィヴィが強い口調でカリファを詰問《きつもん》した。

 その迫力に戸惑いを見せるカリファ。

 微《かす》かに口元が震えている。


「答えろ!」

 言いながらヴィヴィは足で床を蹴った。

 目上のひとに対してとる態度ではない。


 いつものヴィヴィと全然違う。

 日頃から上品な言葉使いではないけど、それなりに敬意を払って話している。

 それなのに、いまはまるで別人のようだ。

 あまりの変わりように僕やカリファ、ダンテも驚きを隠せずにいる。


「あいつは誰なんだ?」

 黙っているカリファに怒鳴るヴィヴィ。

 目を吊りあげ、眉間に皺を寄せている。


 やはり、いつものヴィヴィじゃない。

 あまりにも感情的だ。


 どうしたんだろう?

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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