第7話 僕をいじめる孤児・ガイオ
ダレッツォが去り、この場になんとも言えない空気が漂った。
敵意まるだしの視線で僕を見るカリファ。
それに加えて、隙あらば攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気のガイオ。
このふたりが気まずい空気の発生源になっている。
嫌な予感がするなぁ。
不安を抱えながら、カリファの後ろをついて歩いていく。
その十数歩後ろにはガイオがいる。
敵意に挟まれ、なんとも居心地が悪い。
「ここは修道士たちが仕事を行う執務室だ」
カリファは不機嫌そうな声で言い、目の前にある小屋を指した。
「次はこっちだ、ついて来い」
カリファが大股で歩いていく。
執務室の前を通り、教会の前で立ち止まった。
「ここは教会だ。おまえたち孤児は、修道士たちの許可なく立ち入ることは許されない」
カリファは僕を見下ろし、勝ち誇ったように告げた。
僕はゆっくりとうなずく。
教会は、誰でもいつでも入って祈りを捧げられる場所だと思っていた。
この異世界ではこれが当たり前なのか。
それともこの教会だけのルールなのか。
質問できない以上、決まりに従うほかない。
「次、物置小屋に案内する」
カリファが足早に歩いていく。
教会から一番遠く、ぽつんとひとつだけ離れた場所に小屋がある。
あそこまで歩くのだろうと思っていた矢先、カリファが歩きながら指差した。
「あそこが掃除道具などがしまってある物置小屋だ。次、行くぞ」
きびすを返し、カリファが戻っていく。
「いまから行くのは、孤児たちが暮らす小屋だ。おい、ガイオ」
カリファが叫ぶと、後方からガイオが勢いよく先頭まで駆けてきた。
「なんですか、修道士副長さま」
「こいつはおまえと同じ小屋に入る。しっかり面倒をみろ」
カリファがにやりと笑った。
「もちろんです」
答えたガイオも似たような下卑た笑みを浮かべる。
「おい、おまえ。俺の小屋はあそこだ」
ガイオが顎で小屋のある方角を示した。
差した先には三軒の小屋がある。
名前の通り小さい。
一軒の小屋にすし詰め状態に寝かされるのかと思うとぞっとする。
とはいえ、寝床が確保できたのは幸運だ。
狭くて窮屈でも、ガイオにいびられても、この生活を死守しなければならない。
この世界で生き残るために——。
カリファとガイオの後ろを歩きながら、頭のなかで敷地内の地図を描いてみた。
中央に教会を配置して——。
教会から見て一番近いのは、そばにある執務室。
物置小屋は距離的に一番遠く、教会から見て北西にある。
孤児たちが暮らす三軒の小屋は、教会の北東に建っている。
敷地内の位置関係を大体把握したところで、小屋に到着した。
「ここだ」
ガイオが一軒の小屋の前で立ち止まった。
「じゃあ、ここのしきたりをしっかりと教えておくんだぞ」
「わかりました」
立ち去っていくカリファにガイオが深々と頭を下げた。
教会では修道士たちの地位が高いようだ。
上下関係。
現代世界ではそれほど厳しくない。
せいぜい部活動をやっているときくらいだ。
でも、ここでは違う。
修道士たちが一番、次は……。
ガイオを見た。
年齢的、肉体的、雰囲気的、どれをとっても孤児たちのリーダー格。
教会内でつつがなく暮らすには、敵を作らないことが重要だ。
特にリーダー的存在には嫌われないようにしなければならない。
わかっている。
でも、どうしようもない。
僕がいくら媚びへつらおうが、すでにガイオは敵対心をあらわにしている。
目の敵にされる原因が僕にあるわけじゃない。
あえて理由をあげるなら、僕が弱くて反撃しそうにない相手だから。
ガイオは弱い者いじめをしたいだけ。
ああ、困った。
「いいか、おまえ、よく聞け」
自分より強い者がいなくなったところで、ガイオの口調が攻撃的になる。
「朝、執務室でその日の仕事を修道士副長さまが与えてくれる。ただし、全員じゃない」
ガイオの説明に僕はうなずく。
「仕事がない奴は食事は薄い粥だけ」
とりあえず、最低限の食べ物は得られるとわかって、ほっと一安心。
「ただし、俺の小屋で寝起きさせてやるから、その代金として粥の半分を差しだせ」
俺の小屋?
いじめっ子ならではのおまえのものは俺のもの、俺のものは俺のもの理論。
ばかばかしい。
「なんだ、その目は。おまえ、俺に文句でもあるのか?」
あるに決まっているだろう。
言いたいけど言えないという感情が目に現れたのか、ガイオが怒っている。
「生意気だぞ」
口を開くのと同時にガイオの拳が飛んできた。
避ける間もなく、僕の頬にヒット。
体の大きなガイオのパンチは力強く、僕の小さな体がよろめく。
数歩後ろに下がったところで、ガイオが僕の髪を乱暴につかんだ。
力強い手から逃れようと必死にもがくが、ガイオから逃れられない。
五歳の子供なら泣き叫んで許しを乞うだろうが、僕は十八歳。
これくらいでは泣きもしないし、媚びへつらったりしない。
それが気に食わなかったのか、ガイオが僕の髪をつかんだまま引きずるように動きだす。
これは痛い。
思わず悲鳴をあげそうになる。
でも、幸いこの世界の僕は声がでない。
心のなかで痛いと叫びながら、必死に痛みに耐える。
十八歳の僕なら十歳くらいのガイオごときに負けたりしない。
悲しいかな、いまは小柄な五歳。
反撃できない。
逃げられない。
ガイオが飽きて立ち去るのを待つしかない。
早く終われ。
僕は祈った。
そのとき——。
「なにやってんの!」
背後から怒気を含んだ女の子の声が聞こえてきた。
「うわっ、やべっ!」
ガイオが僕の髪を放し、猛スピードでこの場から走り去っていく。
助かった。
なにが起きたんだろう?
ずきずきと頭が痛むのを我慢し、 状況を把握しようと後ろを向りむく。
すると、そこに燃えるような赤い髪を三つ編みにした少女が仁王立ちしていた。
だ、誰!?
毎日更新。
*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。