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第69話 告発できない事情

「帳簿に差異はありませんね」

 ダンテが話しながら僕の方を向いた。

 これ以上、時間稼ぎはできない……ダンテの目が訴えている。

『もういいよ』

 僕は深くうなずいた。


「当たり前だろう。帳簿に細工するなどありえない」

 カリファがいきどおっている。

 僕はそろりとカリファの背後から去り、ダンテのそばに立った。

 ヴィヴィもこちらにやってくる。

「我々を疑うなんて……これだから孤児は」

 吐き捨てるように言い放ち、僕を睨んだ。


 カリファの視線をまっすぐに受けながら、僕は考えた。

 偽ネウマ譜を作って本物とすり替え、僕に罪を被せたのはカリファ。

 それはわかった。

 でも、疑問が残る。


 カリファが書いた偽物は、暗号ネウマ譜の記法——重音表記が使われている。

 なぜだ?

 暗号ネウマ譜は商団の商人、それもごく一部の者しか知らないはず。

 たまたま偶然、暗号ネウマ譜を拾った?

 もしかして、商人の誰かが外部に漏らした?

 絶対ないとは言えない。

 でも、いまのところカリファが暗号ネウマ譜を見た経緯は不明。


 もうひとつ疑問がある。

 それはカリファの動機だ。

 僕をおとしいれるため?

 可能性は否定できない。

 けど、違うように思う。

 だって、僕は自立して教会を出たから、カリファの目障り的存在ではなくなったから。

 そうなると考えられるのは……。

 お金?

 ありきたりだけど、それが目的なのだろうか?


 考えながら、ふと視線が床に向いた。

 そこに丸められて捨てられた紙が転がっている。

 ネウマ譜を書き損じて捨てたのだろう。

 特に気に留めず、視線をあげようとしたそのとき——。


 そうだ。

 あのとき、僕は書き損じた紙を捨てた。

 脳裏に当時の様子が思い浮かんでくる。

 どうにかして商人になりたくて、この小屋で暗号を考えていたときのこと。

 ネウマ譜に暗号を仕込むアイデアを思いつき、形にしようとした。

 何度も失敗し、書き損じが出て……。

 

 そのときだ。

 この小屋に出入りしているカリファが、僕の書き損じを拾った可能性がある。

 いや、きっとそうだ。

 そうでなければ、暗号ネウマ譜の記法をカリファが知るはずがない。


 カリファの目的がなんであれ、犯行方法は判明した。

 でも、そうなると重大な問題が出てくる。

 頭を抱えたくなった。

 いくら悩んでも、いまここで解決できそうにない。

 とりあえず棚上げ。

 ダンテに相談しよう。

 僕はダンテに視線を送った。

『そろそろ引きあげよう』

 目でダンテに訴える。

 ダンテは僕の視線に気づき、無言でうなずいた。


「今日のところは帰ります。調査は終わってないので、また協力をお願い……」

「二度と来るな。今日はダレッツォ修道士長さまの顔を立てただけだ」

 カリファがダンテに強い口調で言った。

「……また来ます」

 カリファの憤りを無視し、ダンテは小屋の出入り口に向かった。

 そのあとをヴィヴィが追っていく。

「あっ、そうだ」

 思いだしたようにダンテが言い、振り向いた。

「最近、多くの孤児を受け入れたそうですね……カリファ修道士副長さま」

「ダレッツォ修道士さまの意向だ」

「そうですか。支援金が減っているこのご時世に……大変ですね」

 意味ありげにダンテが微笑んだ。

「では、失礼します」

 ダンテが去っていく。

 

 僕はとても気になった。

 ダンテはカリファになにが言いたかったのだろうか、と。

 唐突に孤児の話を振ったのには理由がありそうだ。

 それはなんだだろう?


 小屋を出たところで、ダンテが僕に耳打ちした。

「犯人はカリファだった?」

『うん』

 僕がうなずくと、ダンテは複雑な表情を浮かべた。

「困ったなぁ」

 ダンテのつぶやきに僕も同意した。

 どうやらダンテも重大問題に気づいたらしい。

「なにが困ったって?」

 ヴィヴィが僕たちの話を聞きつけ、話に入ってきた。


 カリファが書いた偽物は、暗号ネウマ譜の記法が使われている。

 これは誰にも言えない。

 絶対に秘密だ。

 だから、偽物を書いたのがカリファだと証明できない……してはいけない。

 告発したら、僕の潔白は証明されるだろう。

 でも、告発されたカリファは僕を恨み、余計なことを口走るかもしれない。

 偽ネウマ譜の記法は特殊で、それは僕の書き損じに記されていた、と。

 そうなったら、暗号の件までバレてしまうかもしれない。

 絶対にダメだ。


「いや、実はいろいろと事情があって、偽ネウマ譜を書いたのがカリファだって言えないんだ」

 しどろもどろダンテが答える。

 ダンテも気づいている。

 下手にカリファを告発したら、商団側に不利益が生じるって。

 だから、ヴィヴィにぼかしつつ答えている。


「なぁんだ、そんなことか」

 ヴィヴィがほっとした表情を浮かべた。

 僕とダンテは顔を見合わせ、それからヴィヴィを見つめる。

「だったら、すり替えた犯人として告発すればいいじゃないか」

「すり替えた犯人……でも、証拠がない」

 ダンテが即答した。

「うん、そうだね。でも、証拠はこれから見つければいい」

『これからって……まさか』

 僕はヴィヴィの行動を先読みし、腕をつかんだ。


「気づいた? 次の取引きのときを狙うんだ」

「……カリファがすり替える現場をおさえるってことか?」

『ダメだ。危険すぎる』

 僕はヴィヴィの目を見つめ、激しく首を横に振った。

「大丈夫だって」

 ヴィヴィが腕をつかむ僕の腕に手を添えた。


「反対だ」

 即座にダンテが止めに入った。

「だったらどうするの? このままだとレオや商団が小領主に突きだされる」

「心配ない。そうなったら、俺が罪を被る」

 ダンテは少しのためらいもなく答えた。

『それもダメ』

 僕はダンテを見た。

 すでに覚悟を決めていたのかダンテに迷いは一切感じられない。


「悪いのはカリファだ。レオもダンテも無実の罪を背負っちゃダメ」

 ヴィヴィが厳しい口調で言い放つ。

「あたしひとりでもやる。必ずカリファの犯行現場をおさえてみせるよ」

「待て、ヴィヴィ」

 走ってくヴィヴィをダンテが呼び止める。

 でも、ヴィヴィは聞く耳を持たない。

 走っていく。


 ど、どうしょう。

 ヴィヴィを危険な目には遭わせられない。

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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