第64話 猶予は三日間
ヴィヴィが僕を商売人から助けようと向かってくる。
『来ないで、ヴィヴィ』
必死に目で訴えた。
でも、ヴィヴィには届かない。
これ以上、僕にはどうすることもできない。
ただ、祈るしか。
そのとき——。
「やめろ!」
一際大きな声が辺りに響いた。
商売人たちが何事かとざわつく。
声がする方を向こうとした矢先、疾風の如く何者かが走ってきた。
正体を確認する間もなく、寄り添うように誰かが僕の横に立つ。
僕よりかなり背が高い。
長い手が視界の隅に入り、僕をつかんでいた商売人に向かっていく。
「痛たたたっ」
商売人が悲鳴をあげた。
その声と同時に僕の腕が解放された。
助かった。
痛みから解放され、ほっと胸をなでおろす。
誰が助けてくれたのだろう。
救いの主の正体を知ろうと斜め上を向いた。
視線の先に見知った顔を発見。
ダンテ——。
どうしてダンテが?
疑問が湧く。
でも、すぐに困惑に変わった。
だめだよ、僕を助けたりしたら。
僕たちは出会っても、見知らぬふりをしなければならない。
ジェロにそう言われた。
なのに……。
僕はダンテを見つめた。
ダンテは僕を見て、にっこりと微笑む。
心配するな、そう言っているみたいだ。
「レオ、なにかあったのか?」
ダンテがこの場にいる商売人たちに視線を送った。
明らかに敵意剥きだしの様子に驚いている。
商団が卸したネウマ譜に偽物が混じっている。
そう言いたい。
でも、無理だ。
「あたしが説明するよ」
ヴィヴィがダンテの前に進みでた。
「きみは?」
ダンテがまじまじとヴィヴィを見つめた。
「自己紹介はあとあと。早速だけど……」
ヴィヴィは今回の件について説明してくれた。
客観的に状況を伝えつつ、僕の主張をしっかりと代弁。
ダンテは相槌をつきながら、ヴィヴィの話に耳を傾けている。
「なるほどな」
ダンテは納得したような表情を浮かべている。
「市場に出回っている粗悪品は、レオが書いたものじゃないってわけか」
必死にヴィヴィが僕の無実を訴えている。
でも、商売人たちはそれを受けいれてくれない。
「ネウマ譜は、間違いなくここの商団が卸した商品だ」
「そうだ、そうだ」
「そうだとしても、レオが書いたものじゃないと本人が言ってるじゃないか」
負けじとヴィヴィが応戦する。
「じゃあ、誰が書いたんだよ」
「ここに連れてこいよ」
「それは……」
答えに窮する。
それがわかれば苦労はしない。
不明だから揉めている。
「商団から買ったっていう証拠は?」
ヴィヴィと商売人たちの話にダンテが割ってはいった。
「ある。ほら、納品書と帳簿だ」
商売人のひとりが紙束を差しだす。
すぐさまそれを受けとり、ダンテが調べた。
「たしかに商団の卸した商品に間違いない。写しを取っても?」
「ああ、好きにしてくれ」
商売人の許可を得て、ダンテは懐から取りだした紙に帳簿を書き写した。
「俺らは証拠を見せたぞ。今度はおまえの番だ」
「そうだ。証拠を出せ」
商売人たちが責めたてる。
証拠と言われても困る。
暗号のことは口が裂けても言えない。
ペン跡の違いを説明したところで納得しないだろう。
だったら、僕はどうすればいい?
「レオ」
ダンテが僕の肩を叩いた。
『なに?』
「俺は信じている」
『うん。僕は潔白だよ』
僕は胸を張り、ダンテを見つめた。
「レオが偽物を書くなんてありえない。きみは善良だから……」
ダンテの顔に笑みが浮かんだ。
「みんな、聞いてくれ」
ダンテは大きく手を広げ、騒いでいる商売人たちを黙らせた。
商売人たちはダンテに注目している。
「俺はレオが粗悪品を書いた採譜師じゃないと断言できる」
ダンテの発言にヴィヴィは賞賛し、商売人たちは不満そうに顔を歪める。
「商人仲間だから庇っているだけだろう」
「そうだ。客観的に見てもそいつが犯人に間違いない」
「違うというなら証拠を出せよ」
商売人たちの非難は止まらない。
「わかった」
商売人たちが口々に叫ぶなか、ダンテが言葉を発した。
それに商売人たちが反応。
辺りが静まりかえる。
「レオが書いたものじゃないと証明する」
ダンテが宣言した。
「本当だな?」
「ああ。ただし、三日待ってほしい」
「三日? いいだろう。もし証明できなかったらどうする?」
「損害賠償に応じる」
ダンテが即答した。
「失った信頼はどうしてくれるんだ?」
別の商売人が怒鳴る。
「俺らを小領主に突きだせばいい。
商売人が自らの手で犯人を捕まえれば、少しは信頼回復につながると思う」
「よし、いいだろう。三日待ってやる」
「交渉成立だ」
ダンテと商売人が握手を交わした。
商売人たちが引きあげていく。
とりあえず、難は去った。
でも、解決したわけじゃない。
先送りされただけ。
それでもダンテには感謝してもしきれない。
ヴィヴィを助けてくれたばかりか、僕に時間的猶予を与えてくれたから。
「さてと」
商売人たちがいなくなったところで、ダンテが僕を見た。
「これから……」
なにか言いかけたところで、ヴィヴィがダンテの手を握った。
「レオを信用してくれてありがとう」
ヴィヴィは満面の笑みを浮かべ、ダンテを見ている。
「いや、お礼を言われるほどのことでも」
ダンテが照れている。
「あっ、あたし、パン焼き職人のヴィヴィアナ。ヴィヴィって呼んで」
「お、俺は商団で荷運びしているダンテ」
「ダンテか……よろしくね」
ふたりはにこやかに握手を交わした。
「さぁ、これからどうするか考えないとな」
ダンテの一言でこの場に再び緊張が走った。
商団と僕は、大勢の商売人たちに罪人扱いされている。
偽物を作った採譜師、それを流通させた商団——。
商売人たちはそう認識している。
現状において、それを否定する材料がない。
でも、僕には無実を信じてくれる友達がいる。
ヴィヴィ。
それと、ダンテ。
とても心強い存在だ。
よし、行動開始だ。
まず、粗悪品を書いたのは僕じゃないと証明しなければならない。
それともうひとつ残っている。
それは……。
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